『ボーダー 二つの世界』
独特の面白さで注目の北欧ミステリー
一味異なる怪奇性が魅力に |
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アリ・アッバシ監督
(C)Meta_Spark&Karnfilm_AB_2018
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ここ数年、独特の面白さで評判の「北欧ミステリー」が映画化されている。わが国で人気の高いアガサ・クリスティーものはオーソドックスで、既に名作の仲間入りを果たし、数十年を経ている。ほかの推理ものが持てはやされる中、「北欧ミステリー」が注目され、人気ミステリーの一員に加わった。従来の推理ものとは一味異なる怪奇性が加わり、新たな魅力となっている。その「北欧ミステリー」として公開される新作が『ボーダー 二つの世界』(2018年/アリ・アッバシ監督、スウェーデン・デンマーク製作、スウェーデン語、110分)である。
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税関の二人 ヴォーレ(左)とティーナ(右)
(C)Meta_Spark&Karnfilm_AB_2018 ※以下同様
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ティーナ
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コケをむさぼり食うヴォーレ
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港湾
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父親(右)とティーナ
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ヴォーレ(左)とティーナ(右)
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沼の中で愛し合う2人
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ヴォーレ(左)とティーナ(右)
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通と呼ばれる「北欧ミステリー」ファンを除けば、わが国での知名度はいまだ低い。2000年代にスティーグ・ラーソン(スウェーデン)が発表した「ミレニアム・3部作」が注目を浴び、「北欧ノワール」として全世界に知られた。
「ミレニアム」の第1部が2005年に刊行されベストセラーとなり、「読まないと職場の話題に付いて行けない」と言われるほどであった。しかし、作者のラーソンが2004年に心筋梗塞で急死した。彼は第2部まで書き上げていたが、その後は別の作者の手により第6部まで書き継がれ、全世界で800万部以上売り上げた。
第1部の「ドラゴン・タトゥーの女」以来、北欧ミステリーがその存在感を増し、第2部、第3部も映画化されている。
第1部『ドラゴン・タトゥーの女』は、ある雑誌記者が実業家の不正を暴くが、逆に名誉棄損で有罪となる。この事態を不審に思った大企業前会長が、女性助手のリズベットを使い、事件の詳細を調べ直す。そこで判明したのが36年前の連続殺人の真相であった。名誉挽回とばかり、ジャーナリストはこの再調査を引き受け、有能で、身体にドラゴン・タトゥーを彫り込むリズベットが協力する。
おどろおどろしい筋立てであるが、そこが推理小説の醍醐味(だいごみ)で、世界的な大ヒットとなった。いわば「北欧ミステリー」の先駆け的作品である。
『ドラゴン・タトゥーの女』の原作者の急逝により、本作はその後継的作品要素を持っている。
原作はヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストで、多くの加筆がなされた。リンドクヴィストの原作は、しばしば現実的な労働者階級のキャラクターの設定があり、それをいかに日常生活につなげるかの難しさがある。彼の物語には極端で、超自然的要素が含まれるが、可能な限りの信ぴょう性と、物語との整合性に工夫を凝らしている。
− 巧妙な人物造型
物語の主人公は、女性港湾税関官吏のティーナ(エヴァ・メランテル)。彼女のケモノ的容姿は、白人中心のスウェーデンでも人間離れしており、ここが作品展開上重要な要素となる。
彼女は独特の臭覚の持ち主である。ある時、下船する客の中の身なりのきちんとした男を「何か臭い」と怪しむ。同僚の男性税関史は、取るに足らぬことと彼を通関させようとする。
しかし、ティーナは異常な執念深さで、男性の携帯の提出を要求。男は抵抗し、携帯内のチップを慌てて?み込もうとするが、ティーナに没収される。このチップの内容が後の事件の伏線となる。
ティーナは、もう1人の乗客ヴォーレ(エーロ・ミロノフ)にも目をつける。彼もティーナ同様、体毛の濃い、一見ヒマラヤの雪男のような容姿で、ティーナと共通点がある。怪しい男だが、特に取り調べの理由もなく通関する。ただし、身体検査で男性のヴォーレは膣を持ち、両性保持であることが判明、男性税関史を驚かす。この人間離れした2人の男女の出会いが、怪奇的であり、物語の芯となる。
人間離れした男女の出会いと謎
容ぼう怪異のティーナとヴォーレは、互いに醜い共通点があることから、次第に親近感を覚える。ホームレスのヴォーレは通関後も、どこへ行く当てもない。ティーナは見兼ねて、彼を森の中の自宅に連れ帰る。その途中、彼は木のコケや昆虫をむさぼり食う。
彼女は、自称、ドッグショーを営むローランドと同棲しているが、愛あっての共同生活ではなく、1人よりは誰かが居る方がましと考えるティーナの意志である。ヴォーレは、離れで暮らすことになる。ローランドも正体の分からぬ男で、どうも他に懇意な女性がいるらしい。
怪しいチップの出現を、ティーナは動物的勘を働かせ、それが幼児性愛犯罪であることを突き止め、税関でのチップの持ち主が逮捕される。欧州での幼児性愛は、わが国と比較にならないほど人々の嫌悪感を招き、社会問題化している。
一方、ティーナとヴォーレはますます親しくなり、2人が沼で全裸でじゃれ合い、最終的に合体する。その交わりがまさに怪奇的な「北欧ミステリー」の真骨頂である。
ティーナの膣から、ペニスがにょきにょき出始め、ヴォーレの膣にまとわりつく。2人とも両性人間なのだ。ちょっと、目をそむけたくなるエゲツなさだが、この着想は見る側に驚きを与え、原作者の狙いでもある。彼ら2人の異形は増量と4時間を掛けてのメーキャップでなされた。
ティーナとヴォーレの正体が割れ、その事実を彼は彼女に語って聞かす。2人はトロルと言われる種族に属し、生まれた時は体中が毛だらけで、尾もついている。この異形な生き物、片やティーナのようにスウェーデン社会に同化し、一方ヴォーレは野生のまま成長する。
このトロルという種族は、自ら同胞を探すことを全くしないため、その実態は不明。作中、フィンランドの北部に暮らしていることが匂わされる。彼らの異様さは、染色体異常が原因とされている。いかにも医学的根拠のありそうな説明、文学の世界の産物めいている。
チップの持ち主と若い妻は、警察の取り調べで犯行を自供する。そこには少数民族抑圧問題がからんでいる。ここが、ラストの大ドンデン返しとつながる。
それがティーナの父の告白である。彼には子供がおらず、ある精神病院からトロルの子供を貰ったことを明かす。その病院には、多くのトロルが捕らわれ、虐待されている。ヴォーレもこの病院で生まれ、差別されながら育ち、社会の半端者のような扱いを受けてきた。
成人しホームレスになった彼は、そのことを根に持ち、幼児性愛グループの一員となり、白人への復讐を誓う。最後は、警察に追われ、船から投身自殺し、残されたティーナは白人社会の一員としてとどまる。
原作者リンドクヴィストは、社会的背景としてトロルを取り上げたが、彼が指摘するように、今でも存在する、少数派民族への抑圧や迫害の事実を暴露している。この辺りの社会性も「北欧ミステリー」の特徴であり、本作でも、その点を強調している。
少数派をサーカスの見世物のように扱う非人間性は、『ボーダー 二つの世界』の隠れたメッセージとも考えられる。その隠れた部分を、開けた国スウェーデンの汚点として白日のもとにさらけ出している。
個人的体験として、旧知の友人のスウェーデン人も、この隠れた事実を薄々知っているフシがあった。愛が歪んだ形を取り、最後は自滅する恐さが本作から感じられる。同時にミステリーとしての面白さを味わわせてくれる、見て面白い作品だ。
(文中敬称略)
《了》
10月11日からヒューマントラストシネマ有楽町・ヒューマントラストシネマ渋谷他
映像新聞2019年10月7日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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