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『国家が破産する日』
韓国政財界の実話を元に映画化
1997年の経済危機を描く

 韓国の1997年の経済危機を描く『国家が破産する日』(2018年/チェ・グクヒ監督、韓国、114分)は、衝撃的タイトルだ。22年前、タイ・インドネシアから始まったといわれるアジア経済危機が、韓国へも飛び火した。この経済危機は、一般には「IMF(国際通貨基金)危機」と呼ばれている。IMFは、国際連合の一角を形成する専門機関で、1945年に設立、国際通貨システムの安全維持などを目的としている。

ハン・シヒョン(中)韓国銀行通貨政策チーム長
 (C)2018 ZIP CINEMA, CJ ENM CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED

執務中のシヒョン

IMF専務理事

韓国側代表とIMF専務理事

IMFの会議

投資家ユ・アイン

投資家ユ・アイン

工場経営者カプス

IMF危機

 韓国の社会派の政治に関する作品は、ノンフィクションの装いをこらしながら、鋭く社会の矛盾に切り込む面白さがある。例えば、チョン・ドゥファンが起こした虐殺事件、光州事件(1980年)を扱う『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)、警察による拷問死から始まる民主化運動『1987、ある闘いの真実』(17年)、北へ侵入した工作員のサスペンスドラマ『工作 黒金星と呼ばれた男』(18年)などに代表される作品群である。
特に『タクシー運転手 約束は海を越えて』は、主演のタクシー運転手に扮(ふん)したソン・ガンホの明るさが、暗い事件と好対照で、興行的にも1200万人動員の大ヒットとなった。
本作『国家が破産する日』は、日本では、あまり知られていない韓国の経済危機(IMF危機)を巡る、韓国政財界の実話の映画化であり、それにフィクション部分が加わり全体を構成している。  
  


韓国の好況

 韓国銀行 通貨政策チームが活躍
1996年にOECD(経済協力開発機構、1961年に設立)入りした韓国は、97年はアジアの一国として国際的知名度を獲得した年だ。OECD加盟は、アジアでは2番目の国家であり、国民は国際舞台への足掛かりとしてとらえた。
当時の同国は、日本のバブル現象化(90年終了)後10余年遅れの好況に沸いていた。韓国バブル化に乗じ、IMFが介入してきた。
本作の発端は、脚本のオム・リンミンによれば、バブルとは正反対の潮流に棹(さお)さす、小さな新聞記事から想を得たようだ。そこには、経済危機に対処するために韓国銀行(日銀に相当)通貨政策チームの存在が記されていた。
そのチーム長が女性のハン・シヒョン(キム・ヘス)で、本作の主人公として、縦横無尽の活躍をする。彼女がまとめた報告書には、経済危機が非常に近い将来やってくると認(したた)められていた。しかし、報告書は、10日間総裁の机の上に置かれたままだった。
対策チーム長シヒョンは、やっと目を通された報告書を国民に知らすべきと強く主張するが、銀行とライバル関係にある財務局次官パク・デヨン(チョ・ウジン)に、「混乱を招くだけ」と拒否される。そして、上司の判断により国家破産の危機は非公開とされ、国民は危機を知ることなく、バブルに酔いしれた。



若き企業家

 
政府の危機に対する見解をいち早く耳に入れた若き金融コンサルタント、ユン・ジョンハク(ユ・アイン)は、勤務先を辞め独立の投資家へ転身、投資を募る側にまわる。彼は、自らの知る経済危機について講演会を開き、自説を訴える。しかし、人々は、現在の好況を信じ切り、彼の話には全く耳を貸さない。これが1997年の韓国の一般人の心情であったのだろう。


もう1人の犠牲者

 重要な登場人物の1人として、ある工場経営者ガプス(ホ・ジュノ)を設定している。彼は政府がウソをつくとは思わぬ、根っからのお人好しで、百貨店からの大量注文を受ける。喜び勇んだ彼は、相手の口車に乗せられ、普通ならば現金取引のところ手形決済の条件を飲まされる。ここから彼の苦難の人生が始まる。
政府は困難を伏せ、一般市民は、安易に状況を受け入れ、目先の効く投資家は鼻をうごめかしかける。これに対し、シヒョンの政策チームは、周囲からじわじわと真綿で組を絞められるように後退させられ、少数派となる。



シヒョンの反攻

 ただ攻め込まれる一方のシヒョン側も黙っておらず、わずか3人の部下で銀行のずさんさ、銀行間当局の怠慢という驚くべき実態を調べ上げる。
一方、彼女を目の上のたんこぶ扱いのパク次官は、非公開を主張しながら、密かに財閥に情報を流す。政官癒着である。投資家のユンは、韓国通貨ウォンの暴落前に投資家たちとドル買いに走る。ウォンが暴落すれば必然的にドルは上がるからだ。
ここで、不思議でならないのは、1998年2月25日に大統領が金泳三(キム・ヨンサム)から民主化の切り札、金大中(キム・デジュン)に代わり、民主化がわずかながらも命脈を保ったが、彼がこの困難に対処したかどうかがはっきりしない。作中で、この点は無視している。最高権力者である大統領が手をこまねいていたのか、疑問だ。



社会不安

 食器工場に大量発注し、支払いは手形とした下請け町工場経営者ガプスだが、会社のもとには連日債権者が押し掛け、取り付け騒ぎとなる。経済不安の悪い前兆である。自宅などの売却で当座の支払いをと考える中小の経営者ではあるが、若手の投資家のユンは、先を見越し、値下げし始めた不動産を買い占める行動に出る。
当然ながら、企業の連鎖倒産が始まり、金融機関も危うくなり、自殺者が相次ぐ。このため、危機を予測したシヒョンの政策チームと、財政局次官ハンは収拾法について真っ向から対立する。
ハン一派はIMFに支援を求める。しかし、シヒョンは、もしIMFが仲介すれば国の経済全般に介入し、指導権を握られ、韓国経済の足腰を一層弱くすると懸念し、IMFの支援に反対する。
シヒョンの政策チームと、米国の影がちらつくIMFと政府の財政局が鋭く対立する。しかし、シヒョン側の経済政策の具体性が本作では述べられていない。頭の良い女性官僚が1人、国家財政機関に立ち向かっているとの印象が強く、対立と彼女の方策を作品『国家が破産する日』で示さねばならない。





シヒョンの最後の抵抗

 本作の最大の見せ場は、韓国側代表の一員たるシヒョンとIMF専務理事との一対一の攻防である。韓国政府内の財政局次官パク・デヨンら親米派がIMFの介入を強く望み、最後にはシヒョンはチームリーダーのポストから外れ、孤立する。
しかし、彼女は自国の親米派やIMF専務理事を向こうに回し、大論戦を挑む。米国の息の掛かったIMFは、金利の値上げと外国人投資家の自由な活動を認めるように迫る。もし、韓国がこの提案を飲まねば、会談は中止と恫喝(どうかつ)する。それに対し、シヒョンは、多くの中小企業の倒産、失業者の増大を恐れ、さらに、ウォン高による財政不安も相まって、反対の論陣を張る。
また、裏でIMFは次期大統領と目されているキム・デジュンにも、この提案を突き付けていた。シヒョンは「IMFの最大の使命である、経済の独立性の保証との原則に反する」と主張する。彼女は正論を述べるが多勢に無勢の中、孤軍奮闘する。恐らくIMFの後には米国の強い意向が反映されていることは、作中で匂わされている。
1997年に韓国は550億jの支援を最終的に受け入れざるを得なかった。しかし、2001年にはこの借入金を完済した。これらの状況、本作では詳しく触れていないが、既にIMFからキム大統領には情報が渡ったようだが、民主化の旗手たる同大統領も座視する以外なかったと推測される。
1人の真っ当な女性シヒョンが国家財政の危機に異を唱えたが、一敗地にまみれる結果となる。しかし、シヒョンに代表される女性の真っ当さこそ、本作で描きたいところであろう。作りが図式的な欠点はあるが、2作目の若手監督チェ・グクヒの熱気に富み、エネルギーあふれる本作は、韓国映画の力(りき)を感じさせる。また、主演のシヒョンの強い意志を感じさせる表情、彼女の存在が作品を大きく盛り上げている。






(文中敬称略)

《了》

11月8日からシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次ロードショー

映像新聞2019年10月21日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家