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『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』
観客を引き付ける米国映画
大統領の才女とダメ男の恋の行方

 米国映画のラブ・コメディー『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』(ジョナサン・レヴィン監督、125分)が、新年早々から公開される。肩の凝らない軽妙なコメディーには違いないが、米国というより、ハリウッド独特の脚本と企画の良さをつくづく感じさせる。金を取る以上、観客を満足させる精神が貫かれている。

 
企画の意図はいたって簡単である。物語の芯はシンデレラ物語を逆にしている。ここが企画の最大の狙いだ。登場人物は中年のダメ男。女性には、美人の米国初の女性大統領という設定である。
この中年カップル、女性のシャーロットは、ハリウッドの美人スター、シャーリーズ・セロンが演じ、現在44歳の女振りは見事なものである。彼女は「男性のためにすべてを投げ出さないタイプの役柄に惹(ひ)かれた」と出演の抱負を語っている。
片や、むくつけき中年男、フレッドには不細工なセス・ローゲンが扮(ふん)し、コミカルな雰囲気を全編にまき散らしている。地位も社会的肩書も異なる2人の恋の行方が、見る側の興味をそそる。

フレッド(左)、シャーロット(右)   (C)2019 Flarsky Productions, LLC. All Rights Reserved. ※以下同様

外遊中のシャーロット(左)とフレッド(右)

愛の芽生え前の2人

大統領(左)とシャーロット(右)

仕事中のチーム

パーティーの一コマ

パーティーの花形シャーロット

チームスタッフと

25年前の2人

仕事の合間のシャーロット

フレッド(左)とシャーロット

米国映画の鉄則

 この物語のひねりこそ、ハリウッド流の金を取る必殺技であり、ヨーロッパ映画とは根本的に異なる。ハリウッド作品の予算は、けた違いでスケールが大きい。多大な製作費をかける米国映画は、国内で観客動員数12億人といわれる興行収入から製作費の半分を、残りを海外で稼ぐ回収の方程式を作り上げている。EUや日本ではこのようにはいかない。
巨大な予算の執行のため、ハリウッドは独自のシステムを敷いている。監督に編集権がなく、プロデューサーの仕切りで予算を管理し、無駄な出費は許さない。この点が、米国へ招かれ、作品製作をするフランス人監督が嫌うところだ。
編集があって初めて自分の作品となるのがフランス流である。監督が編集決定権を持つフランス映画では、少ない予算でも好きに撮り上げることが可能であり、1960年代のヌーヴェルヴァーグの製作はこの方式といえる。
筆者はパリで一度、コスタ・ガブラス監督(代表作『Z』〈1969年〉、『戒厳令』〈72年〉)にインタヴューした際、「監督に編集権がない映画作り」に不満を漏らしていた。その証拠に、大概の監督は米国で1本撮ればすぐに帰国してしまう。
しかし、どんなに幼児化した米国映画でも、客を楽しませるという一線は譲らない。映画とは莫大な予算が掛かる文化産業であり、この鉄則を米国映画は守り続けている。本作も脚本の良さに加え、筋の展開が人を引き付ける要素である。そのために脚本とスター女優が欠かせない。  
  


出来る女とダメ男

 見どころが詰まった見事な脚本
映画界出身で無能と言われる現大統領(レーガン大統領への当てつけの匂いがする)が、再び映画界に戻りたく、国務長官であるシャーロットに次期大統領の話を持ち掛ける。頭が切れ、美ぼうで人間関係の良いシャーロットに白羽の矢を立てる。
切れ者で野心家でもあるシャーロットは、またとないチャンスと、内心こぼれる笑みをこらえ、「してやったり」の心境だ。しかも米国初の女性大統領とくれば、引き受けない手はない。
一方、ダメ男のフレッドは学卒のジャーナリストで、反体制的思考が邪魔し良い仕事に恵まれない。この彼、反体制的論調を売り物にする地方紙の一記者であったが、自社が保守系大メディアに買収される。反権力志向の従来の所属紙が、大メディアに擦り寄ることで延命を図ったのである。直情径行なフレッドは、その場の雰囲気で辞表を叩きつけ、あえなく失業となる。



2人の出会い

 
失業中のフレッドは大学以来の親友で、現在、別の新聞社の黒人社長に窮状を訴える。親友を何とか慰めようと、彼をあるパーティーへ連れて行く。そこはシャーロットが主賓として出席する、お偉いさんの集まり。フレッドは気後れしながらもシャンペンをガンガン飲み、周囲を見渡す。
視界に入ったのは1人の美女、国務長官のシャーロットであり、彼女は小学校時代の初恋の人であった。野球帽にパステルカラーの安物ジャンパー姿の場違いなフレッドに気付いたシャーロットは、少女時代の思い出を必死にたぐり、やっとフレッドと確認する。
2人は昔話に花を咲かせ懇意となる。この格差には笑える。パーティー姿のシャーロットのお相手が、ホームレス風の中年男、誰も2人が幼なじみとは思わない。



チームの一員

 疎遠だった幼友達の何十年ぶりの再会。高位高官に上りつめたシャーロットは、フレッドの頭の良さを覚えており、側近の反対を抑え、彼を政策ライターに抜擢し、ここで失業男フレッドも胸をなで下ろす。大統領を狙う彼女、何か新しい政策のアピールを考えており、適材適所のフレッドに目を付けたというところ。
チーム入りしたフレッドのあまりにひどい服装を見て、「もっとましな服を」と係員に命じ、出て来たのが中世の海賊風で、超古典的な代物。シャーロットは、これが女性かと思えるほどの大笑い。お祝いパーティーでの、この辺りの軟硬織り交ぜての脚本の工夫は見事なもの。緩急自在とはこのことである。
その後、シャーロットは国務長官から女性初の大統領となる。
政策作りでパートナーの2人は、しょっちゅう顔を合わせての口論。いつもシャーロットを立て、自分は引くフレッド、2人の仲はあっという間に縮まる。
2人は性的関係を結ぶ。この性の扱いがちょっとほかとは違う。女性の方が積極的で、一戦交えた後、もう一度とフレッドに申し込むが「とても、とても」と彼は尻込み。性衝動は男性の独占物で、女性が従う従来のパターンをつき崩している。
つまり女性大統領としての「たしなみ」をかなぐり捨て、「女性だけが引っ込んでいることはないでしょう」との主張。これは、性は楽しむものとする欧米文化の反映であり、観客の女性も「そうよ、そうよ」とヒザを打つ、この仕掛け、女性の留飲を下げさせる物語の運びのうまさであり、現代風俗をうまくとらえている。



ファッションの魅力

 国務長官(日本でいえば外務大臣)は、仕事柄、世界各地を飛び回る。その各地でのファッションが、中年の彼女の魅力を一層引き立てている。
ハノイのパンツルック、リオのソフトハット、この年になって初めて華開くファッションである。若すぎず年も重ねていない女性、このファッションの見せ方も観客を楽しませる。



本作の作り

 物語自体は、特に珍しい題材ではない。では、それをどのように料理するかが、作り手の腕であり、観客はしゃれた料理を今か今かと待っている図式が明瞭に見える。
初の女性大統領の出現、男女の力関係の逆転と、そこから発せられるおかしみ、凸凹コンビのシャーロットとフレッドの好対照、そして明るい性と、数多くの見どころが脚本に詰まっている。ここに米国映画の強さがうかがい知れる。見て楽しい1作である。






(文中敬称略)

《了》

2020年1月3日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

映像新聞2019年12月23日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家