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『霧の中の少女』
イタリアのミステリー作家が初監督
凝ったアイデアで複層的な展開

 謎に満ちた推理ものが登場する。『霧の中の少女』(2017年/ドナート・カリシ監督・原作、イタリア、128分)であり、タイトルからして幻想的なミステリー臭を感じさせる。とにかく謎がふんだんに散りばめられ、その面白さを例えて言うならば、日本では横山秀夫(代表作『半落ち』、『64(ロクヨン)』など)の警察小説のようだ。

 
カリシ監督の原作は、いまだ本邦では翻訳されていない。活字の映像化は、どうしても原作の説明を省く傾向があり、本作もこの例にもれない。つまり説明を省略して映像化することで、「どうして」の疑問符が付きやすい。ここが映像化の面白味でもあり、謎の深化を一層高める効果もある。 本作にも頭を抱え込む箇所があるが、そこが案外ミステリーの醍醐味(だいごみ)とも言えよう。

ヴォ―ゲル警部    (C)2017 COLORADO FILM PRODUCTION ※以下同様

ヴォ―ゲル警部とフローレス医師

連行されるマルティーニ教授

失踪した少女の家の前で祈る人々

ヴォ―ゲル警部

ヴォ―ゲル警部(左)

2人の主要人物

 舞台は山奥の田舎町で、かつて栄えたリゾート地、アヴェショーである。見事な景色を誇り、なぜ、昔のようなにぎわいが今は失せたのか不思議だ。
登場人物は、引退間近な精神科医、フローレス(ジャン・レノ、71歳/代表作『グラン・ブルー』〈1988年〉、『レオン』〈94年〉など)と、ヴォーゲル警部(イタリアの誇る名優トニ・セルヴィッロ、61歳/代表作『グレート・ビューティ/記憶のローマ』〈2013年〉、『LORO〔ローロ〕欲望のイタリア』〈18年〉など)の2人で物語は展開される。この初老男の円熟した芝居が本作の売りの1つ。 
  


敏腕警部の回想

 少女失踪事件を巡り深まる謎
少女失踪事件の責任者としてローマから山間(やまあい)の町、アヴェショーにやってきたヴォ―ゲル警部は、その捜査の任務を終えローマにいるはずが、なぜか真夜中にアヴェショーに舞い戻る。どうしてローマに帰らなかったのか。
彼は交通事故の後遺症で記憶が混濁している。そこで警察は、地元の精神科医フローレスに捜査協力を依頼する。引退間近の彼は、最後のひと仕事として引き受ける。
フローレスがヴォ―ゲル警部の聴取を開始すると、彼は少女失踪事件について重い口を開く。物語は数週間前のクリスマス・シーズンにさかのぼり、ヴォ―ゲル警部自身の回想が始まる。これが、ただの回想ではなく、事件の真相に触れ、新たな結末が用意される。



警部の現場入り

 
敏腕警部ヴォ―ゲルのヤリ口は、マスコミを動員しての犯人あぶり出し作戦といわれている。物的証拠のない事件で、無から有を捏造(ねつぞう)する、危険極まりない手法で、時に冤罪(えんざい)を引き起こす。
彼は、この事件を誘拐と断定し、失踪した少女アンナ・ルーの両親の記者会見を用意する。娘を失って悲しみ嘆く両親の姿をテレビで流し、事件を世間に注目させる作戦である。そして、その注目の拡大化を期し、ヘリコプターや山岳救助隊を動員し、より大げさに見せる工作も忘れない。
さらに、ここからがヴォ―ゲル警部の真骨頂のメディアの利用である。昔なじみの女性ジャーナリスト、ステッラ(ガラテア・ランツィ)に特ダネを他社より早く渡す引き換えに、事件の警察側発表をガンガン流す取引である。それによって、事件をイタリア全土で注目させる魂胆なのだ。
このヴォ―ゲル警部の作戦が功を奏し、大勢のマスコミが、この小さな田舎町に集まる。後は網を広げ、引っ掛かる魚を待つだけとなる。



犯人候補の登場

 不審な白いオフロード車がきっかけとなり、所有者である高校の教師、マルティーニに疑惑の目が向けられる。仕掛けに魚が引っ掛かるように、マルティーニが手繰り寄せられる。彼はアンナ・ルーが通う高校の先生で、事件当日は午後のアリバイがない。
マスコミは、マルティーニの犯人説をガンガン流す。白い車が写り込んだ動画にマルティーニの姿が見られる。ヴォ―ゲル警部は、マルティーニが犯人であることを印象付けようとする。動画を撮ったのは、失踪した少女に思いを寄せるマティア少年で、彼はなぜかヴォ―ゲル警部を尾行する。
一方、ヴォ―ゲル警部はこの動画をマスコミにリークし、そしてイタリア中の大衆に向け自説を振りまき、犯人を特定し、名を挙げようとする。それには、彼がかつて扱った『破壊魔事件』(内容がはっきり説明されていない)で無実の男を死に追いやった負い目を挽回(ばんかい)する意図もあった。



怪弁護士の出現

 マルティーニに1人の弁護士が名乗りを上げる。彼はマルティーニに罪を全部かぶれと、トンデモない提案をする。そして、かつての「破壊魔事件」では、無罪の男が釈放され、巨万の補償金を得たが、家族や友人たちから見放され自殺をした経緯を語る。
結局、マルティーニは逮捕され、事件の幕引きが図られたが、1本の電話により様相が変わる。



マルティーニ無罪説

 ヴォ―ゲル警部に「マルティーニは無罪」と告げるのは、地元の老女性弁護士、ベアトリーチェ(グレタ・スカッキ/往年の美人女優が車いすの老女として登場。老いて盛りを過ぎた美人女優の生き難さがまざまざと見せつけられる)である。
彼女によれば、30年前に6人の少女連続殺人事件があり、犯人は見つからなかったとのこと。その犯人は「霧の男」と呼ばれ、その男がアンナ・ルー殺人事件の真犯人であると、新たな情報を提供する。
この証言をつぶすために、警察は見返りを提案するが、ベアトリーチェは拒否。「30年間、妄想女といわれ続けたが、今こそ、警察の謝罪を」と要求する。この時点で、マルティーニ犯人説が崩れ、彼は釈放される。





その後の展開

 ヴォ―ゲル警部は事件捜査後、なぜかローマではなく、アヴェショーに戻ってきたことは前述した。その説明は画面ではされない。
それに続き、物語は事件の謎解きへと移行。無罪釈放となったマルティーニだが、実際は猫探しを理由にアンナ・ルーを誘拐・監禁し、殺害した。しかし、死体は未発見。
かの怪しげな弁護士が、再び登場する。彼は、高額な補償金の請求訴訟をマルティーニに勧める。弁護士の狙いは、彼が無罪となった場合の補償金目当てであった。
警察は、30年前の少女殺害事件の再調査に追い込まれ、ヴォ―ゲル警部は解任。そして「破壊魔」冤罪事件の容疑で逮捕される。発見されたビデオテープには彼のマルティーニ殺害の様子が写る。
ラストには、釣り好きな精神科医フローレスの自宅で、6本の疑似餌が発見される。それぞれ色が違い、30年前に殺害された6人の少女の毛髪で作られたものと推測される。多分、フローレスが犯人と匂わす。
このように、「霧の男」の存在、マルティーニの少女殺害、ヴォ―ゲル警部のマルティーニ殺害、30年前の6人の少女殺害と、ラストに来て過去の事件が一斉に現れる。だが、その動機についての説明が省かれている。
一因として、活字(原作)の表現(原作)をすべて映像(映画)に置き換える困難さが挙げられる。あるいは、故意の説明省略により、謎を深めることを目的としたのかもしれない。意図的な説明省略であれば、相当な知能犯だ。元来ミステリー作家の1作目の監督作品であり、ミステリーの味付けを濃くする意図ともとれる。
本作は、今までにない複層的展開で、アイデアは相当に凝っている。怪作と呼ぶべきミステリーか。






(文中敬称略)

《了》

2月28日からkino cinema横浜みなとみらい他全国順次公開

映像新聞2020年2月24日掲載号より転載

中川洋吉・映画評論家