『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
米現代文学の寵児と呼ばれた小説家
波乱に満ちた生き様に迫る
録音された170人の証言を網羅 |
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米国の現代作家、トルーマン・カポーティ(1924−84年)は、一世を風靡(ふうび)し、文学以外での話題も絶えなかった。文学的評価は高かったものの、彼の存在は人目を引き、スキャンダラスの面も多く、立ち居振る舞いは毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばする(※=ほめたりけなしたりする評価が半分ずつの意味)。その彼の絶頂期は1960年代であるが、今はあまり人の口に上らなくなった。この彼の生き様を描くドキュメンタリーが『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』(2019年/イーブス・バーノー監督、米国・英国合作)である。
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カポーティ (C)2019,Hatch House Media Ltd. ※以下同様
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パーティでのカポーティ
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モンローと踊るカポーティ
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カポーティ
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カポーティ、後方がアンディ・ウォール
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カポーティ
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1960年代の彼は時代の寵児(ちょうじ)で、話題になることも多く、日本でも文学者を中心に、彼に興味を持つ人々が存在した。頂点は『冷血』(66年)のころであろう。キワモノ的彼の行動と文学の落差の面白さが、余計に人をひきつけた。しかし、彼の評判も一過性のものであった。そして、忘れられていたカポーティが、死後36年ぶりに映像でよみがえった。
本作は、作家・俳優のジョージ・プリンプトンによるカポーティの評伝『トルーマン・カポーティ』(97年)をベースにしている。わが国でも99年に野中邦子翻訳版が新潮社から出版されている。著書に関しては大部分が既に新潮文庫に収められ、映画は後追いの形である。
このカポーティ伝、97年に刊行されながら、映画化されるまでに23年の年月を経ている。遺作の『叶えられた祈り』(86年/未完、死後に出版)では、ニューヨーク社交界の著名人たちの生態が生々しく描かれているところがネックとなったと推測される。
本作に登場するテープには、ジョージ・プリンプトンが録音した170人の関係者の証言が網羅されている。プリンプトンはカポーティの生涯をたどり、「君の思い出を聞かせてくれないか」との一声からテープは始まる。この先からバーノー監督の出番である。
すごいのは、そのテープ内容を表す映像がきちんと付けられ、肉付けがされていることだ。多分、この映像探しからの作業で、かなり時間が取られたであろう。
例えば、テープに収められたインタビューを追うとするなら、当時のジャーナリストを登場させ、彼の肉声でカポーティを語らせる。これは大変な作業と想像できる。この作業に当たったのが、黒人の若手監督バーノ―であり、本作が第1回作品となる。
もともと演劇を勉強したバーノーは、オバマ元大統領夫人ミッシェルのアドバイザーであり、ホワイトハウス(オバマ時代)ではソーシャル・セクレタリー(社交事務を扱う個人秘書)を務めた。彼の経歴からして、上流社会の事情に詳しいと見られる。
トルーマン・カポーティは、20世紀米国文学を代表する作家である。彼は1924年、米国・ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。ゲイであることを公言した超著名人であり、流行作家でもあった。幼いころから母方の親戚をたらい回しされた。
母は美ぼうの持ち主で、上流社会への強いあこがれを持ち、息子トルーマンには愛情を注がず、48歳の時に自殺する。この彼女の死が、後の息子の生き方に大いに影響を与える。
彼は17歳でニューヨークに移り、「ザ・ニューヨーカー」誌にコピーボーイ(雑用係)として入るが、後に解雇される。19歳の時の初作品『ミリアム』(45年)でオー・ヘンリー賞(米国の文学賞)を受賞し、「アンファン・テリブル」(恐るべき子供)として世間の注目を浴びる。
そして、23歳の時に初の長編『遠い声 遠い部屋』(48年)を出版、その早熟な天才ぶりで、文壇でも若き天才作家として存在が認められる。その後、中編「ティファニーで朝食を」(58年/オードリー・ヘップバーン主演、ブレイク・エドワーズ監督)が映画化され、ヒットし大きな話題となる。
66年には取材に6年かけ、『冷血』を発表(この作品も映画化される)。実際に起きた一家6人の殺人事件を追う、新しいタイプの文学作品として認められる。この『冷血』が新しいノン・フィクションというジャンルを確立する。これにより、彼の作家としての名声を一段と高めた。
本作では、カポーティの文学的側面より、むしろ彼の人間的考察がメインとなっている。
カポーティ自身は小柄なやや肥満体で、決して見栄えする人物ではない。そのことは、本人も自覚しており、いかに自分を目立たせるかに腐心する。学歴のない、田舎出の若者が、ニューヨークへ出て、どのように成功するかが一大関心ごとであった。
まず始めにゲイであることを公言する。当時のゲイを見る世間の目は否定的で、マイナーな存在であった。その偏見を彼は逆手に取った。そして奇矯なスタイル、ド派手な服装、ソフトハットにマフラー、派手なネクタイで自身を目立たせる。
その彼は、違う自分を演じ、座の中心に自らを置くことに成功する。話すときは女性的だが、受けを狙う大笑いをして見せる。TVのインタビュー番組で「マーロン・ブランドは頭が悪い」と毒舌を吐く。これが大受け、周囲に人が集まる。
彼は有名人であり、人々は「一度は会いたいと思うが、一度会ったら二度と会いたくない」と印象付けるタイプである。彼の立ち居振る舞いのわざとらしさ、得意然として踊る様は、小柄のせいもあり、絵に描いたようなチンチクリンぶりであることが、映像を見ればよく分かる。例えば、マリリン・モンローとのダンスシーンのように。
ニューヨークの社交界には大勢の美女たちが自身の美しさを競い、その何人かの女性たちをカポーティは「スワン」と呼び、親しく付き合う。超のつく有名人の彼と付き合う特権を与えられた、ごく一部のご婦人たちだ。
それは、ジャクリーヌ・ケネディの妹、CBSテレビ社長夫人のベイブ、美人でスタイルの良さが売りのスリム・キース、富豪夫人のグロリア・ギネス、イタリア・フィアット社長夫人マレッラ・アニェッリといった面々である。
彼女らは、努力とお金のかかった美しさを誇り、芸術性もあり、皆金持の亭主を持つ、人生に退屈した女性たち。超の付く有名人であるカポーティは、その彼女たちの虚栄心を満たすに十分であった。
彼はゲイであることを最大の武器としたフシがある。女性たちは警戒心を緩め、彼との他愛のないゴシップ話や、時にはキワドイわい談を楽しむ。女性たちにとり、ゲイは安心な存在なのだ。
文学に関しては順風満帆で、『冷血』もヒットしたが、遺稿となる『叶えられた祈り』で墓穴を掘る羽目となる。この小説、社交界の暴露話で、CBCテレビ社長夫人のベイブは、夫の生理中の女性との血染め情事の話をばらされ、怒り心頭、彼を社交界から追放し、ほかのスワンたちも彼の元を去る。
彼はもともと、母親の自殺の件もあり、社交界への軽べつの念があった。その現われがこの暴露となる。しかし、『冷血』後の作家カポーティは、ゲイが集うディスコ「スタジオ54」の定連にくら替えし、そこでもVIP扱いであった。しかし、アルコールと薬物中毒に苦しみ、60歳で他界する。
1960年代のベトナム戦争の時期に、その対極の退廃文化に身を任せ、破滅した1人の男の浮き沈み人生、強引にわれわれの知らぬ世界に引き込む感もある。
20世紀の米国文学を代表する1人の男、カポーティを映像で再現する本作、人間そのものが描かれ、見応えがある。
(文中敬称略)
《了》
11月6日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
映像新聞2020年11月2日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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