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『春江水暖(しゅんこうすいだん)』
4人兄弟と老母を中心に物語が進行
根底には中国伝統の家族主義
山水画絵巻物を思わす景観背景に

 中国映画の傑作が公開される。タイトルは『春江水暖(しゅんこうすいだん)』(2019年/グー・シャオガン監督、中国、150分)。一家族の年代記であり、景勝の地、杭州・富陽(フーヤン)の美しさに、ただただ感嘆させられ、古来、中国に伝わる山水画絵巻物を思わす景観を背景とし、物語が進行する。そして、都市の再開発による近代化、古き中国と新しい中国の対比、水と緑をたたえた自然が絵巻物のように散りばめられる。大河小説を思わす自然と人間を中心とする構成が、見る者を引き付ける。

  元来、中国人は家族の絆(きずな)が強い。本作では4人兄弟と老母を一家の中心に据え、家族の織り成す人間くさい日々の営みが、作品に重層観を与えている。
冒頭は、派手な宴会シーン。数々の料理と地元名物のスズキ料理が座を盛り上げる。座の中央に1人の老婦人が機嫌よく座っている。今宵(こよい)の主役、グー家家長の母の誕生祝いで、4人の息子、その配偶者、そして親戚が集まっている。
会場は長兄・ヨウフーの経営する「黄金大飯店」であり、招かれた人々は声高に話し、座は盛り上がる一方である。

霊隠寺の2人、ジャン先生(左)、グーシー(右) 
(C)(C)2019 Factory Gate Films All Rights Reserved  ※以下同様

宴会

グーシー

2人の兄弟

亀川閣

グーシーと祖母

黄金大飯店

家族構成

 話の中心となる4人兄弟は、監督自身が語るように、筋書きに多様性をもたらす意味で重要なのだ。
長兄の妻フォンジュエンは強い性格の持ち主で、長兄一家の実質的仕切り役。彼女は後に、娘グーシーの結婚を巡り周囲とギクシャクする。
次男・ヨウルは漁師。海のような大河の水上での生活が気に入り、職住一体の船で起居。この彼、長兄の飯店に魚を卸すが、支払いが滞っている様子。兄弟の中ではおおらか性格で、兄弟間の陸地でのゴタゴタには一歩引き、積極的に関与しない。
三男のヨウジンは職業不詳だが、アウトローの様子。トラブルメーカーで、身内やそれ以外から借金を重ね、一家にとっての厄介者。長兄の嫁からは借金返済を促される日常。当然この2人は不仲。困った男であるが、離婚した妻との一子、ダウン症のカンカンを引き取り、生活を共にする。金銭問題に付きまとわれながらも、ヨウジンは本気で父親の役割を自身の義務と心得ている。
四男は独身者で、モノに執着しない性格。さして女性に関心があるわけでなく、再開発の工事現場の労働者。周りは、何とか良縁に巡り合うことを期待するが、彼の動きは遅い。
もう1人、重要な役割を果すのが、長兄の娘グーシー。叔父たちのアクの強い嫁と異なり、心優しい幼稚園の先生。中年太りの叔父たちの中で、ほっそりした体格の彼女。彼らは何とか金持ちに嫁がせようと、口ぐちに良縁を勧めるが、グーシーは受けない。
彼女は英語教師ジャン先生と恋仲で、何とか叔母たちに結婚を認めてもらおうと苦心惨憺(さんたん)。中国では、金を稼ぐ人間は成功者で、社会的地位も高いところがあるが、どうも薄給の学校教員はランクが下のようだ。中国社会にはびこる拝金主義、「銭っこ、銭っこ」の現象であろう。 
  


家族の集い

 話のけん引役はヤクザ者の三男と、純愛を貫こうとするグーシーである。
しかし、兄弟間の、時として起こるさざ波にもかかわらず、季節の行事ごとに、家族全員が集合するあたり、古き良き中国の伝統が守られている。拝金主義と裏腹な、中国人独特の信条としての年長者を尊ぶ社会的雰囲気は、確実に残っている。
これもグー監督の狙うところである。その一例が、母の誕生会で、親族が並び一礼する場面だ。そして、その後に、母は全員に赤い袋の紅包(ホンパオ)を渡す。ちょうど、お年玉やお祝儀のようだ。



変化する季節

 
本作のもう1つの主役が富陽(フーヤン)一帯の景勝だ。長江の支流となる富春江沿いにあり、この辺りが杭州。
グー監督は富陽出身で、同地こそ江南水郷地帯で、大河がとうとうと流れ、山河豊かな地として古来多くの芸術作品に描写されており、本作の撮影の舞台でもある。
この風光明美な景色を描いたのが、13世紀の著名な画家、黄公望(こうこうぼう/1269−1354年)の手になる水墨の山水長巻『富春山居図(ふしゅんさんきょず)』であり、グー監督もこの山水画から想を得ている。
脱線するが、筆者がパリに住んでいた時に会った中国人から、富春江を含む、杭州(浙江省の省都、上海から南西へ200`b)へは是非行くようにと勧められた、中国7大古都の1つだ。
風景自体、日本の観光地と比べものにならぬほどのスケールを誇り、とても河とは思えないほど幅広い富春江、夜景が美しい満月の夜、大河上に浮かぶ亀川閣の2階建ての楼閣など、今まで見たことのない多くの景色を見せてくれる。
カメラはこの大自然をロングでとらえるが、その規模の大きさにはただただ息をのむばかりだ。この自然をバックに、一家族の生き方を重ね合わせるグー監督の手腕は並みでない。



近代化の盲点

 この杭州の富陽の山水画のような景色にも、現在は再開発の波がいや応なく押し寄せている。この事例で有名なのは、北京五輪(2008年)による強引な環境破壊で、古き良き都市を壊してのビル群が建設された。都市の宿命であるが、何とも残念なことである。
2022年には、杭州でアジア競技大会の開催が予定(コロナ禍で開催は危ぶまれる)され、中央政府は、国威発揚とばかり力こぶを入れている。




家族間の問題

 誕生会中に脳卒中を起こし、病院に送り込まれる老母は、息子たちの家に引き取られた後に老人ホーム入り、三男のダウン症の息子カンカンは重病になり、借金まみれの三男は起死回生とばかりの賭博事件で逮捕と、いろいろと問題が続出だ。
しかしグー一家は、降り注ぐ難題とは別に、家族の集いは決して欠かさない。中国伝統の家族主義で、グー監督もこの視点は外さない。
杭州は現在、中国のシリコンバレーと呼ばれ、最先端企業の一大拠点がもう1つの顔で、世界的な通販会社「アリババ」の本社所在地でもある。




明るい話題

 母たちの反対で難航するグーシーの結婚問題が一家の悩みである。一家は、なんとしても金持との良縁を望むが、彼女は教師のジャン先生と生きる気持ちには変わりない。
ここで登場するのが、認知症かと思われていた老母の鶴の一声で、グーシーの結婚の支持を表明、周囲を慌てさせる。彼女は親に言われ2度結婚した過去があり、グーシーたちに自分のような思いはさせたくなく、孫娘の肩を持つ。
家長の一声で決まり、さすが敬老精神に衰えを見せない中国社会の伝統である。




大作の中身

 大河小説を思わす本作は、2019年のカンヌ国際映画祭で、批評家週間のクロージング作品の栄誉を射止めた。撮影に2年を要したが、実は低額予算作品なのだ。出演者の大半は4兄弟中心の親戚で、風景描写はB班を仕立てればこと足りる。撮影も、季節を追う方式で、その時期だけのスタッフの召集である。
今年33歳(1988年生まれ)の若手監督の長大作であり、頭を使えば、壮大な長編第1回作品の製作は可能なのだ。
本作は頭と熱量のたまものである。構成の良さが、ずぬけており、見る価値はある。




(文中敬称略)

《了》

2月11日からBunkamuraル・シネマほか全国順次公開

映像新聞2021年2月1日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家