『海辺の彼女たち』
3人のベトナム人女性を主人公に描く
日本での技能実習生の失踪問題
現実に横行する不正義を訴える |
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移民の問題は、世界的に解決せねばならぬ状況にある。米国へのメキシコ移民、アフリカ大陸からヨーロッパ諸国への移民など注目されるが、わが国でも例外ではない。外国人労働者は移民の一形態である。本稿では、アジアからの技能実習生問題を取り上げる。映画『海辺の彼女たち』(2020年/藤元明緒監督・脚本・編集、日本・ベトナム、88分、日本語・ベトナム語)が、この問題について鋭く現状の不備を訴えかけている。
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3人のベトナム技能実習生 (C)2020 E.x.N K.K. / ever rolling films ※以下同様
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漁港での労働
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妊娠したフォン
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雪と戯れる技能実習生
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互いの境遇を慰め合う技能実習生
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逃げだす技能実習生
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仲介業のベトナム人
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技能実習制度の本来の趣旨は、開発途上国の「人づくり」に寄与することを目的としている。一定期間、技術実習生として日本で受け入れ、技術や知識を学び、本国の発展に生かす、1993年からの制度だ。彼らが故国に帰り、日本に対して抱くであろう好印象を皆に伝えることも、この制度の狙いである。経済的には、日本の工業製品の購入者となることを期待するのは当然であろう。しかし、好印象を覆す事例が多く見られる。
日本の場合、一見、政府はアジアの人材育成のお手伝いをしている形だが、本来の趣旨を外れ、単なる安い労働力をアジアの国々から受け入れ、安価な労働力として搾取する実態がある。彼らは労働力として各国政府の許可のもと、その国に移り住み、主として、3K(危険、きつい、きたない)の労働力として扱われている。
本作の場合、ベトナム人のケースを取り上げ、長時間労働、貧しい生活環境を押し付けられている実態を暴いている。政府は受け入れを表明するが、内容の実態には踏み込まない。例えば、実習生用住居、適正な労働時間の不正の是正については腰を上げる様子が見られない。
統計によると、実習生の数は2016年で22万人、19年には41万人に上る。出身国は中国が多かったが、現在はベトナムが多くを占めている。まともな受け入れ企業はあるものの、低賃金や長時間労働の温床となっている職場も少なくない。
本作は、制度の本来の趣旨に外れる企業に焦点を当てている。大げさに言えば、20世紀初めの中国、朝鮮に対する徴用工問題の尾を、現在まで引きずっていることへの告発である。
藤元明緒監督は1988年生まれ(当年33歳)、大阪府出身、アジアを中心に劇映画、ドキュメンタリーの製作活動をしている。長編初監督作品は、日本に住む、あるミャンマー人家族の物語を描く『僕の帰る場所』(2017年製作/日本・ミャンマー)である。この作品は、2017年の第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で2冠を受賞、33の国際映画祭で賞を受けている。
『海辺の彼女たち』は長編2作目、サン・セバスティアン(スペイン)国際映画祭の新人監督部門に選出された。新人監督作品が、国際映画祭に出品されることはなかなか難しく、海外で認知度を高めることは、藤元監督にとり、今後の製作活動にプラスに働く可能性が大きい。
ちなみに、彼の夫人はミャンマー人であることを付け加えておく。
物語の出だしは、100円均一ストアで売っているような大きなバッグに服を詰める様子が映し出される。主人公はベトナムの3人娘、フォン、アン、ニュー。暗闇の中、人影がうごめき、ブラインドが閉じられる。両手に大きな荷物を持った3人の、深夜の脱走劇だ。
彼女たちは技能実習生で、今いる職場で3カ月働き、1日15時間、残業代もなく酷使された挙句の決心である。逃げる際、1人は「次の休みに振り込む」と電話する。彼女の送金に頼る故郷の家族への連絡であろう。
フェリーを使い、次の目的地へ行くと、そこにはベトナム人男性が待ち構え、彼女たちを新しい職場へと送り込む。舞台は雪深い港町、青森県陸奥半島の外ヶ浜町で、見るからに寒々とした風景が広がる。
仲介の同国人は、紹介料(大企業が政府予算から莫大な委託料を公然と受け取っているが、こちらはもぐりの委託業者)の半分をその場で受け取り、残りは毎月の給料から支払う。貧乏人を食い物にするビジネスだが、技能実習生で、今や不法就労者となった彼女たちは払わざるを得ない。
あてがわれた宿舎は、トタン張りの漁師道具の倉庫の片隅だ。暖房はストーブ1つ。とても人が住める環境ではない。それでも、彼女たちは故郷の家族への送金のため、この境遇を受け入れざるを得ない。
実習生たちの不法就労の弱みに付け込み、日本人雇用者は劣悪な賃金と長時間労働を押し付け、当然あるはずの受け入れ担当官庁も、この不当な扱いを放置。アジア諸国間の友好が第一義のはずの制度は形骸(けいがい)化し、建前のみとなる。
当然、パスポートや在留カードも雇用者が預かったまま。われわれ日本人の知らぬところで、戦前の中国、朝鮮での犯罪行為が、今も白昼堂々とまかり通っている現実がある。
2017年には、実習生を保護し、本来の目的に沿った活動をするため、「技能実習生法」が施行された。実習先の変更が可能となったものの、依然として失踪者数は減少せず、不法就労者は後を絶たない。一番失踪者が多いのはベトナム人である。
彼女たちの新しい仕事は、寒風吹きすさぶ北国の港で、水揚げされた魚の仕分けと、漁船が使う浮標(ブイ)の表面の付着物の削り落しである。水揚げされた魚を発送するための重い箱詰め込みだ。
この重労働中にベトナム娘の1人、フォンの体調に異変があり、妊娠が疑われる。毎日の労働がきつく、遂に倒れてしまう。アンとニューは心配し、「病院へ行こう」と勧めるが、在留カードを取られた実習生にとり成すすべがない。
日本に来る前に妊娠したと思われるフォンに対し、仲間の1人は「相手との連絡が取れないのなら、堕すしかない」と言えば、「それはひどい話」、「育てられるの?」と厳しい意見の矢が飛ぶ。
それを受けてフォンは、父親となる男性に「もし、もし、どこにいるの?これを聞いたら電話して」と故郷に電話をするが、逃げてしまった相手からの反応は当然ながらない。フォンにとり、行くも地獄、去るも地獄だ。
ファンは、同じ職場のベトナム人青年から、5万円で偽造の保険証と在留カードが入手できるという話を聞く。彼女は家族への送金を遅らせ、なけなしの貯金を叩き、この話に乗り病院へ行く。
病院の受付で保険証はすんなり通り、いよいよ診断となる。悪くすれば警察へ引っ張られ、不法就労者として本国送還は免れない。それを恐れるアン、ニューの心配に耳を貸さずの行動である。
検査の結果、妊娠が確実となり、モニターの胎児の姿を見て思わず「小さい」とつぶやくフォン。子供を産む願望も芽生え始める。しかし、状況はそれを許さない。当座は堕胎薬を飲み、一時しのぎをする。産めば職を失い、強制送還、堕せば悔いが残る。八方塞がりだ。しかし、本作は、解決策を提示しない。できないのが実情であろう。
藤元監督は、現実に横行する不正義を告発し、皆で考えようとの立場をとる。おそらく、これしか方法が見つからなかったのであろう。
難民問題、付随的に起こる人身売買、問題の根は深い。今現在できることは、多くの人がこの問題に関心を持ち、声を上げることしか考えられない。藤元監督の訴えが少しでも多くの人々へ届くことを、何としても期待したい。
(文中敬称略)
《了》
5月1日よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
映像新聞2021年4月26日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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