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『サムジンカンパニー1995』
会社の不正な行為を内部告発
学歴社会の韓国で高卒女性社員が活躍
娯楽作品ながら奥の深い作品に

 またまた韓国から威勢がいい、ちょっとトウのたった30前の女性たちを主役にした青春ものが飛び出す。それが『サムジンカンパニー1995』(2020年/イ・ジョンピル監督・脚本、韓国、110分)であり、韓国の若手監督の元気の良さが画面からにじみ出ている。娯楽映画のタッチの作りであるが、なかなかどうして奥が深い。
 
1979年に軍事独裁政権下、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺、80年に光州事件が起き、再び独裁政権下、全斗換(チョン・ドゥファン)大統領が武力で政権奪取する。それに対する民主化勢力が、98年にエース金大中(キム・デジュン)大統領を選出、韓国が大きく変わる時代となる。
本作では、独裁軍事政権の崩壊後、91年に起きた斗山(とさん)電子の有毒なフェノール流出による水質汚染事件をモデルとしている(タイトルは財閥「サムスン・グループ」をもじっている)。90年代はイケイケドンドンの好況の時代であり、95年を世界の未来のための改革と前進を強調し、『グローバル元年』と命名、高揚感に満ちていた。

女性3人組  (C)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & THE LAMP All Rights Reserved.  ※以下同様

一斉のコーヒー淹れ

外国人社長

女性3人組

ジャヨン

ユナ

ボラム

社長と対峙する女性たち

英語塾

会長の息子の常務

登場人物と韓国の学歴社会

 韓国は猛烈な学歴社会で、大学の権威は高い。現実にあったことだが、遅刻しそうな大学受験生をパトカーに乗せ、定刻内に受験会場に無事送り込む、ウソのような話がある。大学はソウル大学が一番とされ、政財界のトップは同大学出身者が多い。
この学歴が幅を効かす中で、高卒はワンランク落ち、どんなに頭が良くとも、お茶くみ、コピー、そして補助作業のパーツ扱い。圧巻は高卒女子20人くらいによる一斉のコーヒー淹(い)れ。男性社員の好みの濃さ、砂糖量、ミルクの有無を熟知した作業ぶりは笑いを呼ぶ。
制服が義務付けられている高卒社員は、私服の学卒とははっきり区別されている。韓国若者の憧れの的である、財閥系会社勤務は人気があり、そこの社員バッジを付けるだけで箔が付く。
30歳に手が届く高卒ヒラの女性3人組が主人公であり、彼女たちが大財閥相手に真っ向から不正追及の烽火(のろし)を上げる。正義漢が強い3人組、会社相手にひと泡吹かすところが、本作の復讐コメディーたる由縁である。笑いの部分も手抜きがない。
血の気の多いイ・ジャヨン(コ・アソン)は、会社が毒性の強い汚染水を川に流している現場を目撃し、同僚と調べ始めるが、出て来た検査数値のでたらめさに驚き、真相を探る決意をする。自己中心で長身のスタイル抜群のチョン・ユナ(イ・ソム)、そして、会計部で天才的な数学能力を持ち、ずり落ちそうなメガネのシム・ボラム(パク・ヘス)が仲間に加わる。
男性社員たちによる私的飲食の不正領収書の処理にうんざりするボラムは、新しい会計プログラム作りが夢である。この3人、新しい時代の若い女性たちで、政府がぶち上げたグローバル元年にあやかり、これからの時代は英語とばかりに英会話教室に入学。そして、各人自己紹介することになる。
この時の英語は、わが国のカタカナ英語とおっつかっつなのだ。そのレベルで堂々と話す彼女たちの強心臓に、いかにも前へ前へと出る韓国の女性の面目躍如たるものがある。
ラストの場面、この英語力で、居並ぶ外国人役員をタジタジにさせるド迫力は見もの。この社内の英語熱は会社が「TOEIC」600点以上は、ヒラの上"代理"に昇進させるとの発表の結果である。 
  


組織の陰謀

 有害物質排水問題を上司へ直訴するが、相手にされない。数学に強いボラムが中心となり、検査値の低さに着目。本当の数値をたどると、結果は488倍と、あっと驚く数値が浮かび上がる。明らかな偽造だ。そして、米国の製薬会社へ直談判するため、3人は小銭を積みダイヤルを回す。
1990年には今のように携帯は普及しておらず、皆、街中の電話ボックスからの通話。この辺り、90年代の時代相がよく出ている。街の様子やファッションが統一され、時代考証も丁寧な仕上げだ。



フェノールの垂れ流し

 
この有害物質フェノールの垂れ流し、わが国の水俣病事件を起こした企業チッソ(当時は日本窒素肥料)と酷似している。この問題、社会的な発言と関心がなければ、政治は動かない。それを3人組が会社内でやったところに行動の価値がある。
現場近辺に住む男性の肌のただれに尋常でないものを感じ、ここから3人組は動きだす。数値の偽造については、数字に強いボラムが担当。行動派のジャヨンは、会長の息子で将来の社長候補とみられる常務の常宿に侵入し、資料を物色する。
この常務、高級ホテルの広い特別室を借り上げている。そこには、金魚鉢が飾られ、危うく有害物質と共に川に流されるはずの金魚が泳いでいる。この金魚は汚染される前の川の象徴で、全編を通して登場する。
事件を耳にした上層部は、汚染の指示系統の手がかりを探るが、男性の幹部社員たちの責任のなすり合いが始まる。結局、下っ端である3人組の1人の事務的ミスと結論付け、彼女が責められる。よくある図だ。
責任のある幹部たちは、保身のために一斉に逃げ出すことを想像すればよい。インチキ数値を盛り込んだ示談書を被害者に提示、言葉巧みに了承させ、安い補償金で逃げ切り、責任者の処罰は霧の中というおなじみの図式である。



トッポギ会議

 韓国の街中の屋台では、オレンジ色のモチのような食べ物を売っている。人々のおやつの定番であるトッポギ。その屋台で3人組は鳩首協議。日本なら、差し詰めタコ焼き会議か。トッポギに韓国のお国柄が見えるようだ。若い女性が真っ昼間、屋台でおやつをほおばる描写は、韓国映画の変化も感じさせる。
以前、具体的には1970年代辺りには、女性が不幸を背負い紅涙を絞る作品を見受けたが、現代は、女性が困難に立ち向かい闘う姿を写し出している。撮る側の意識が随分変わってきたことは、時代の流れだ。
その闘う彼女たちも、常務が逮捕され、手元の資料も検察の手に渡り、打つ手がなくなり苦境に陥る。そこで、ジャヨンは「刀を抜いたままでいいのか」と、ほかの2人に発破をかける。



修羅場

 一敗地に塗(まみ)れた3人組は、このままでは引き下がらず、「抜いた刀を収める」場を探し、とうとう切り札を探し当てる。このラストの落とし込みが鮮やかで、脚本の腕を感じさせる。
韓国映画がここにきて勢いを持ち、好調を維持している原因は脚本の力の向上にある。話が面白く、娯楽性がある上、韓国の時代性が的確に加えられているところがミソである。
いつもは皮肉屋で自己愛が強いユナは実務に長け、一発逆転を狙える資料を社内から見つけ出す。書類のタイトルは"Bear Hug"(ハグする熊)である。この書類により、垂れ流し事件を起こさせ株の評価額を下げ、会社の信用を落とし乗っ取る陰謀が明らかになり、その巨悪が外国人社長であることが判明する。
書類を手に20人余りの高卒社員が外国人社長と対決する。最初は「たかが若い女」と甘くみていた、米国人社長率いる乗っ取り投資家グループは、思わず後ずさりする。
3人組は、株主の多数派形成のため、東奔西走し投資家グループを上回る信任状を集め、彼らを粉砕。まさに、「一寸の虫にも五分の魂」を地で行く話だ。そして、この対決、女性陣はカタカナ英語で極めてしまう。
米国を中心とした投資家グループ暗躍の実話の映画化だが、この種の経済闘争は実際に日本でも横行している。最後のドンデン返しの見事さ、若い3人の行動力は女権向上の証しであり、韓国社会の変化をとらえている。
娯楽作品だが、ばかにしてはいけない。作り手の言いたいことは確実に届いている。






(文中敬称略)

《了》

7月9日シネマート新宿ほか全国順次ロードショー

映像新聞2021年6月21日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家