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『少年の君』
孤独な優等生の少女と不良少年との純愛
高校でのいじめ問題を背景に
後半部での転調で作品全体に弾み

 中国映画界では、今や中堅に位置する監督作品が公開待ちである。それは『少年の君』(2019年/デレク・ツァン監督、中国・香港、135分、英題:BETTER DAYS)であり、テーマ、着眼点、脚本の練りが良く、良質な青春ものに仕上がっている。中国が舞台ではあるが、現代的な都市風景が多く取り入れられ、今までとは異なる風景が楽しい。
 
冒頭、タイトルバックには『少年の君』の製作意図が提示される。本作が「学校における、いじめ防止の一助となることを目的としている」と。中国の高校でのいじめ問題がメインとなる。
それ以上に光彩を放つのが、優等生の高校生、チェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)と、ストリートに生きる少年シャオベイ(イー・ヤンチェンシー)の、若い2人の純愛物語である。出会うはずのない2人が惹(ひ)かれ合う設定は、よく用いられる手法だが、本作では2人の俳優が物語展開のけん引車的役割を果たしている。
次の場面、英語授業のクラスでは、若い女性の先生(成人後のチェン・ニェン)は、「to be used」と「was used」について教えるが、この場面は暗示的である。同じ「used」でも「to be used」の方が失った意味が強くなると説明。ラストに、もう一度この場面が映し出される。

主人公シャオベイ少年(左)とチェン・ニェン(右) 
(C)2019 Shooting Pictures Ltd., China (Shenzhen) Wit Media.Co.,Ltd., Tianjin XIRON Entertainment Co., Ltd., We Pictures Ltd., Kashi J.Q. Culture and Media Company Limited, The Alliance of Gods Pictures (Tianjin) Co., Ltd., Shanghai Alibaba Pictures Co., Ltd., Tianjin Maoyan Weying Media Co., Ltd., Lianray Pictures, Local Entertainment, Yunyan Pictures, Beijin Jin Yi Jia Yi Film Distribution Co., Ltd., Dadi Century (Beijing) Co., Ltd., Zhejiang Hengdian Films Co., Ltd., Fat Kids Production, Goodfellas Pictures Limited. All Rights reserved.  ※以下同様

坊主頭の2人

自殺した女生徒に上着を掛けるチェン・ニェンと周囲の傍観

チェン・ニェンとシャオベイ少年

シャオベイ少年

チェン・ニェン

キスさせられる2人

体育館で、チェン・ニェン、後方イジメっ子

ゲームセンターの2人

イジメッ子から逃れる2人

チェン・ニェンの人物像

 高校3年のチェン・ニェンは童顔のかわいい少女だが、無表情を装っている。進学校に通う彼女は成績が良く、北京の大学志望校は北京大学か清華大学のようだ。
勉強に没頭する彼女は母子家庭である。母親は何やら訳あり商品を販売し、購入者たちがクレームをつけに、大勢で自宅に押し掛けドンドン戸を叩くことは珍しくない。しかし、すべては娘のためと、仕事を続ける。自慢の娘との2人の絆(きじめ)は強い。
現在の状況から抜け出す手段が、娘の北京の一流大学進学で、それは2人の希望の光でもある。母親はクレーマーを避けるために、仕事場で寝起きし、チェン・ニェンは1人暮らしである。 
  


2人の出会い

 そんなある日、彼女が学校からの帰宅の途中、1人のストリート・チャイルドとおぼしき少年がチンピラヤクザに絡まれ、殴る、蹴(け)るの暴行を受ける現場に遭遇。すぐに携帯で警察へ通報するも、チンピラどもは、さらに2人に襲い掛かり、抑え込まれて顔中傷だらけの少年にキスをするよう彼女に強制する。
その後、警察を恐れて退散。少年シャオバイはどこへ行くとも言わず、オートバイにチェン・ニェンを乗せ、チンピラたちに脅し取られた金を払い、壊れた携帯を直しに修理屋へ連れて行く。
そして着いたのは少年の家で、高速下のバラックのような建物、中も雑然としている。少年は無愛想に即席ラーメンで彼女をもてなす。何を話したらいいのか分からず、2人は黙々とラーメンをすする。この光景、まだあどけなさを残す年少者のままごとのようで、ほほ笑ましい。
彼は、彼女がいじめの標的になっていることを知り、「金を払えば、お前を守ってやる」と、とんでもない提案をする。少女は寝台、少年はソファで別々に寝る。口では「下心あり」と悪ぶる少年だが、彼女に手は出さない。
翌日からは、少年がガードマン代わりに、彼女の後について行く。しかも無料で。ちょっとストーカーのようだが、彼は約束どおり彼女を守る。街中でフードを愛用する少年は、いかにもチンピラ然として、そこがおかしい。



壮絶ないじめ

 
クラスメートの女子生徒が飛び降り自殺をした時、チェン・ニェンは、周囲の生徒たちが傍観しスマホで写真を撮る中、遺体に自分の上着をかけてやる。彼女の勇気は称賛に値するが、イジメっ子の3人組は気に入らず、次の標的をチェン・ニェンに定める。壮絶ないじめの始まりだ。
リーダー格のウェイは、際立った美少女で、成績はチェン・ニェンと並ぶほど良く、家庭も裕福である。家庭内のウェイは模範的に振る舞い、良い子、ブリっ子を演じる。両親も彼女には大満足の様子。しかし、標的の前では悪意の塊に変身する。
チェン・ニェンのマンションの壁には、母親を中傷するたくさんのビラが張ってあり、悪智恵に長けるウェイはそれをスマホで撮影し、皆にその映像を流す。無関心を装い、後60日に迫る全国統一入試(高考)の勉強に没頭してはみるものの、とても集中しにくい状態に陥る。そこに少年が登場し、一息つく。この脚本の運びが極めて巧みだ。



同級生

 彼女のクラスの同級生は、ウェイたち3人のチェン・ニェンへのいじめを見ているが、誰も声を上げない。日本人の見て見ぬふりはよく見られるが、中国も同様であることを本作で知るところである。
いじめの餌食となった少女が飛び降り自殺をし、次はチェン・ニェン、さらに新しいカモを物色中のイジメ組に対し、ただ傍観するだけの周囲。犯罪に手を貸しているとしか言いようがない。
自分がいじめられないように行動、言動に注意すればよく、他人はどうでもよいとする生き方、その醜さが強く描き出されている。演出は畳み掛けるリズムで、メリハリを利かせている。脚本ともども、演出にも力がある。いじめられるチェン・ニェンが声を上げないのは「ことを構えたくない」の心情で、試験勉強だけに集中する。



集団暴行

 イジメっ子たちの暴力はエスカレートする一方で、遂に事件が起こる。チェン・ニェンの帰宅途中、彼女たちはチンピラたちを伴い、行く手を阻み、殴り、蹴り、髪にバリカンを入れる、さらに、チェン・ニェンが一番大切にする教科書をズタズタに引き裂く。
この行為、優等生に対する嫉妬(しっと)から発する悪意なのだろうか。彼女に非がないだけに考え込んでしまう。このいじめに対する行動の理不尽さが強く打ち出され、作り手のいじめに対する認識が明確に示される。


転調

 いじめられた後、少年の家に戻るチェン・ニェン、彼が介抱し、乱れた頭髪を思い切りよく丸刈りにする。そして、彼も長髪を刈り込む。ここから、作品のテーマが転調し、後半は前半のいじめをより深く掘り下げる。
前半部の壮絶ないじめ、後半部の警察の捜査と、ミステリータッチとなる。丸刈りになったチェン・ニェンは数日後、全国統一大学試験に臨む。
豪雨の当日、試験場へ向かう生徒たち。雨の中、工事現場の泥の中から死体が発見される。いじめをしていた同級生ウェイである。警察は既にいじめの事実を把握し、少年とチェン・ニェンに疑いを向け事情聴取をする。
若い刑事は、チェン・ニェンに同情的だが2人は自分が犯人と主張する。互いの罪を1人が被る心情である。2人はキスをするだけの間柄だが、精神的に互いを信頼し合う。結びつくはずのない2人が相手へ向ける思いやりは、見ていて大変美しい。
校外でチェン・ニェンは、イジメっ子のウェイから、数々のイジメ行為を警察に通報しないように懇願されるが、「何をいまさら」とばかりに無視する。ウェイは彼女にすがるように近づき、チェン・ニェンは手を払うが、ウェイは運悪く階段から転落し、絶命する。過失致死であり、警察も2人から自供を得、少女は逮捕され4年の刑に服す。
テストの英語授業の場面が再び映し出され「to be used」の意味が、青春の一端の「喪失」であることが想像できる。
タイトルの『少年の君』は、チェン・ニェンであり、少年・少女の甘ったるくない純愛物語である。むしろ辛口で、背景として、いじめの存在がある。そこから、異なる社会階層に属する若い2人の純愛物語が派生する。
いじめと、その後の警察ものへの転調は、作品全体に弾みをつけ、多くの人に感動を与える。長尺ではあるが、たるみがなく、作り手の言わんとすることは確実に届いている。明暗を強調する映像には、強じんさがある。お薦めの1作だ。





(文中敬称略)

《了》

7月16日より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほか全国公開

映像新聞2021年7月5日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家