このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『復讐者たち』
ホロコーストで妻子を失った男の行動
大仕掛けの残虐な復讐計画の行方
ナチス狩りグループに参加

 ナチスものの映画はいろいろあり、ヒトラーが中心の物語であれば、興行的にも安定した数字が取れるとされている。ヒトラーのブランド化である。この従来のナチスものから、犠牲になるユダヤ人の復讐へと視座を変える作品が、近日公開される。それが『復讐者たち』(2020年/ドロン・パス、ヨアヴ・パス兄弟共同監督・脚本、ドイツ・イスラエル製作、110分、原作「Plan A」)である。
 
舞台は1945年、敗戦直後のドイツのニュールンベルグを中心に展開される。主人公マックス(アウグスト・ティール)は貧しい身なりで、ある家の前に立つ。ちょうど食事の支度中の主婦は、不審に思い夫を呼ぶ。マックスと家の主人とは、戦争前までは隣人同士で顔見知りであった。この家はもともとマックスが住んでいたが、彼の収容所送り後に入居したものである。
家の主人は、マックスが家を取り戻しに乗り込んだと思い、鉄砲を手に彼と向き合うが、マックスは、生き別れになった妻子の消息を尋ねに来ただけなのだ。奇跡的にアウシュビッツ収容所から生還した彼にとり、大事なのは妻子の消息であった。しかし、家の主人には関係のないことで、銃座で昔の隣人を殴る。
ホロコースト帰還者が故郷に戻ると、自分の家に他人が当然のように住み着いている話は珍しくない。また、手に入れたユダヤ人財産を現地住民が返還を拒否し、殺人(殺されるのはユダヤ人)に発展する場合もある。
殴られ動けないマックスに、家の主人は「終戦でユダヤ人は安全だと思うな」と憎々しげに言い放ち、家の中へ入る。踏んだりけったりのマックスである。ユダヤ人所有の家・財産をドイツ人が自分の物にする行為は、間接的なナチス犯罪協力であり、ナチスが悪でドイツ国民はそうではないことはあり得ず、国民もナチスの犯罪行為に加担するのと同じことだ。
ここでマックスは、ナチスやユダヤ人を密告したり、家を奪ったりしたドイツ人に復讐する決意を固める。そして、廃墟となったシナゴーグ跡でたき火をし、野宿をする。このマックスの描き方、勝者であるにもかかわらず、社会的には敗残者扱いだ。
ユダヤ人をおとしめるドイツ人は決して少なくない。民族的にアーリアンを優生学上、優秀とみなし、この理由づけにより600万人のユダヤ人が虐殺された事実は明白で、人類史上、最悪の民族抹消劇である。
復讐する心を被害者が持つことは至極自然であり、理解できる。しかし、本作では、死者を思い復讐心を持つ以外に、納得できる説明が果たしてあるかを問うている。

主人公マックス 
(C)2020 Getaway Pictures GmbH & Jooyaa Film GmbH, UCM United Channels Movies, Phiphen Pictures, cine plus, Bayerischer Rundfunk, Sky, ARTE  ※以下同様

アンナとマックス

組織の打ち合わせ

グループ「ナカム」幹部とアンナ

ユダヤ人旅団ミハエル

英軍指揮下、ユダヤ人旅団ミハエル

ユダヤ人旅団のマックス

マックス

ユダヤ旅団との出会い

 妻子の消息を求めるマックスは、たまたまナチスに降伏を突き付けた連合軍の一翼を担う、英国軍の指揮下にあるユダヤ旅団と出会う。彼らはパレスチナからやってきた兵士たちで、ナチス狩りを目的としている。
ナチス崩壊後、幹部や親衛隊は一般ドイツ市民の間に潜り、姿を秘めており、彼らを探し出すのは困難である。このグループが見つけ出し、銃殺したのはわずか数十人と、600万人のナチスのユダヤ人虐殺と比べはるかに少ない。
一方、ナチス関係者は巧みに一般市民の中に紛れ込んだ。ローマのバチカンの手助けにより、南米へ逃亡する幹部クラスもかなりいる。このことは、コスタ=ガブラス監督の『ホロコースト−アドルフ・ヒトラーの洗礼−』(2002年、原題「AMEN」/日本未公開、DVDのみ)に詳しい。
ちょうど、戦時中のわが国で、治安維持法により赤狩りの尖兵(せんぺい)となった特高(特別高等警察)の存在と酷似している。本来なら戦犯として捕えられてもおかしくない人々の多くは、戦後、警察や出来立ての自衛隊にもぐりこんだ事実が伝えられている。
広島で兵役に服していた新藤兼人監督による、似た話がある。敗戦の翌日、軍隊内で今まで威張り散らしていた将校たちが、権威の象徴であるヒゲをそり落とし、何とか戦犯になることを避けた実話だ。
スネに傷のある人間の逃げ足の速さ、ずるさには多くの人に怒りを覚えさせるであろう。ましてやホロコーストの生還者であれば、忘れえぬ記憶となり、終生脳裏に残るのは当然である。 
  


ナチス残党狩りへの参加

 さらに、妻子の消息を探し求めるマックスは、ナチスの残党狩り(英国軍には秘密)への参加を決意する。同時に、戦後多くのユダヤ人を収容する難民キャンプで妻子の消息が判明する。
難民キャンプでのこと、1人の女性が、尋ね人告知板に張り付けたマックス手描きの似顔絵を持って現れる。彼女は、強制収容所で妻子と一緒だったが、2人はガス室へ送られたという事実を告げる。薄々感じていた予感が現実のものとなり、絶望するマックスであった。
そして、さらなる復讐心をたぎらせ、たまたま森の中で会った、別のパルチザン・グループに接近する。このグループは「ナカム」と呼ばれ、森の中に潜伏し、ナチスへの復讐のため、600万人を殺すことを目的とする最過激グループである。
英軍指揮下のユダヤ人旅団が物足りなくなっているマックスは、この過激パルチザン・グループ「ナカム」と行動を共にする。このグループは、ナチス狩りを上回る復讐を考えている。水道水に毒を流し、ナチスの残党はおろか、女性、子供まで巻き込む大仕掛けの復讐計画である。
この極端な600万人殺しの大量復讐計画は、本作原題の「プランA」と呼ばれものである。



3つ巴のパルチザン・グループ

 
ユダヤ人による復讐を目的とするグループの1つが、マックスが最初にコンタクトを取った英軍指揮下のユダヤ人旅団であり、全員、パレスチナ出身である。このグループの行動計画に対し、「ユダヤ人のイメージを失墜させ、新たな建国の夢を脅かす事態を懸念する」という内部の意見があった。
一方、パレスチナにも軍事組織「ハガナー」が存在し、「ナカム」の「プランA」を阻止する動きがある。英軍指揮下の対ナチス部隊・ユダヤ人旅団に対し、「ナカム」の活動にブレーキをかける依頼をしていた。「ハガナー」自身は、新しい国つくりと、国際世論を敵にすることを避ける意図を第一義とした。
これらのパルチザン・グループの3つ巴のつばぜり合いが、脚本の狙いどおり作品を盛り上げる。どのエピソード1つ取っても、人の興味を惹(ひ)き、それらは物語の土台となり、力強さをもたらせている。ユダヤ人パルチザン同士の暗闘として、もう1つの物語もできるくらいだ。



アンナ

 「ナカム」に傾倒するマックスは、幹部の1人であるアンナ(シルヴィア・フークス、オランダ)と知り合う。彼女は架空の人物だが、「ナカム」のリーダー、アッバ・コヴナー夫人で、パズ兄弟監督は、この彼女からインスパイア−され、アンナ像を設定する。
息子マナハムを収容所で失い、この1件で彼女はトラウマに陥り、就寝中うなされ、息子の名を呼ぶ母親役は、個性の強い役柄をこなせる彼女向きだ。妻子を失うマックス、同じく息子を失う若い母親のアンナの2人は同じ境遇で、互いに信頼を寄せる間柄となる。本作、唯一の華やぐ人間世界が画面を彩る。
アンナの夫コヴナーは実在の人物。イスラエルの高名な詩人で、「ナカム」の指導者である。ニュールンベルグを本拠とし、「プランA」のために毒物をイスラエルに求めに行くが、結局調達できず、「プランA」を放棄せざるを得なくなる。
この頓挫(とんざ)劇、仕返しとはいえ、罪のない人々を巻き込み、600万人を殺せば、戦後のイスラエル建国は実現しないと考えるのが妥当な見方である。超過激派の「ナカム」の方針の放棄により、国家建設が順調に進んだと、結果としては結論づけられる。
マックスの場合、復讐の気持ちを抑え、建国のためにドイツからイスラエルに戻ることが、彼自身の復讐となる。もちろん、マックスにとり、ナチスの大虐殺、妻子を失う無念は終生残るであろう。しかし、彼の選択も復讐の一形態である。





(文中敬称略)

《了》

7月23日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネクイントほか全国公開

映像新聞2021年7月19日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家