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『かば』
伝説の中学教師の実話を基に描く
差別される人々との真心あふれる交友
1985年の大阪・西成を舞台に

 大阪・西成(一般的に釜ヶ崎と呼ばれる)を舞台とする『かば』(2021年/川本貴弘原作・脚本・監督、2時間15分)は、コテコテの大阪モノである。そこの公立中学校の教壇に立つ、「かば」先生と呼ばれる伝説の教師が主人公である。作品を通し、見る者は“ホンマモン”の西成に接しられる。
 
時代は1985年、バース、掛布、岡田の「バックスクリーン3連発」など強打でファンを熱狂させた、地元阪神タイガース優勝の年だ。
バブル景気を迎えようとするご時世で、世の中の矛盾が集まったかのような特別な地域がある。それが本作の舞台、西成である。そこの住民たちは、差別、偏見、貧困、校内暴力などの問題を一身に背負わされている。住民たちは、外からは色メガネで見られがちだ。
作品は、実在する荒れた中学校の教師「かば」先生(蒲益男〈かば・ますお〉)の実話を基に製作される。「かば」先生は、多くの人々に惜しまれながら2010年に58歳の若さで逝去した。

教室での「かば」先生 
(C)「かば」制作委員会  ※以下同様

ワルの4人組と喧嘩相手(右)

「かば」先生と加藤先生(右)

転校生で喧嘩早い良太

教え子由貴(左)と「かば」先生

野球部コーチの加藤先生

同僚の先生と話す「かば」先生

「かば」先生

良太宅(家庭訪問)在日に父親たちに絡まれる

「かば」先生と加藤先生

同僚の先生たちと加藤先生

由貴

物語の出だし

 本作の出だしが快調で、その後の展開に期待を持たせる。冒頭、通天閣を臨む繁華街が映し出され、『かば』の舞台背景の一端としてお目見えする。次に、喫茶店にたむろするワルたち、彼らは「かば」先生(山中アラタ)の中学校の生徒だ。
そこへ「かば」先生が乗り込み、「早く学校へ行け」と一喝。ワルの少年たちは、そそくさと立ち去る。朝の授業前からこのあり様。少年たちはワルぶっている。茶髪、リーゼントなどで極める姿、そのツッパリぶりがおかしい。
同じ朝、出勤途上の「かば」先生が新聞少年から朝刊一部を買い、小銭を渡す。少年は全く無愛想で、故意に自分をふてくされ風に装っている。「かば」先生は全く気にせず、不躾(ぶしつけ)な挨拶と思っている。2人は、先生、生徒の間柄で、しかも、担任のクラスの子であるらしい。
23歳の新米教員、加藤愛(折目真穂)は、何やら緊張の面持ち。母親の用意した味噌汁を立ったまますすり、お出かけの様子。妹が「何や、ビシッと極めて」と、いつもと違う姉の様子をいぶかしむ。姉は「今日は学校の初日や」と応じる。
彼女は保健体育の臨時教員で、今日から出勤、張り切っている。女性の先生の勤務先が、ガラの悪い西成とは、よほど行き手が少なかったのであろうか。
このように、朝の一連の動きがポンポンと飛び出す、小気味のよい運びである。 
  


裕子の家

 序章で登場人物をひと通り紹介し終わったところで、1人の女の子が登場する。裕子(さくら若菜)だ。忙しそうに台所に立つのが彼女で、1人で切り盛りする姿はまるで一家の主婦的存在だ。彼女の家は、家庭を顧みない母親、在日朝鮮人で酒浸りの父と幼い妹。父は失業し、生活保護を受け、そのお金で一家は糊口(ここう)をしのいでいる。貧しいが、裕子の存在で明るさがある家庭だ。彼女は朝の支度を終え、妹を連れ登校、「かば」先生の教え子だ。


初授業

 
加藤先生が最初の授業で教室に入ると、ワルどもを中心に生徒は教壇に背を向け座っている。担任の「かば」先生が彼らを叱ると、ようやくクラスは正常に戻る。ここで加藤先生は、完全に自信喪失だ。
次いで体育では、野球少年たちと相対峙する。自信喪失の彼女、シゲを頭とするワルどもは、なぜか野球部が多い。野球の実技で、若い女性先生をへこまそうと意気の上がる生徒たちを見返したい彼女である。



加藤先生の逆襲

 シゲは自分の投球を打ってみろと挑発する。ここが前半のハイライトで、彼女は、勝ち誇るように投げ込むシゲの球をスコン、スコンと外野へ飛ばす。シゲは、想定外の彼女のバッティングに打ちひしがれ、逆に彼女は「ざまぁ」と相成る。ちょっと劇画風展開だが、彼女は学生時代、野球部に所属し、大阪の大会に出ていた経験者である。
教室では生徒たちの先制パンチを食らい、フラフラになりながらの起死回生の逆転劇である。この時を境に、彼女は生徒に溶け込み始める。そして、チャー子のあだ名を頂戴(ちょうだい)する。
西成の中学校で、「かば」先生を頂点に多くの人間が出てくるが、先生に言わせれば、西成の魅力の1つは人間の面白さとする考えには納得させられる。



転校生

 1人の陰気な少年、良太が「かば」先生のクラスに転校してくる。何でも、前の学校でケンカして退校になったらしい。口は利かず反抗的な良太は、すぐに不登校児となり、学校へ姿を現わさなくなる。
その彼を心配し、「かば」先生は良太の家庭訪問をする。良太の家庭は在日朝鮮人で、焼肉屋を営んでいる。この父親と親類の人たちはガラが悪く、「かば」先生を煙たがり、家に上げない。
良太に会えずじまいの「かば」先生は、このようなことでめげない。いちいち怒っていては、体が持たないということだろう。彼は学園ものに出てくる、やたらテンションの高い教師ではなく、むしろ論理的に振る舞い、家庭訪問もいとわない、辛抱強い教師である。
冷たい扱いを受けた彼は、後日、良太宅に乗り込む。マッコリ1本を手土産に。この父親を丸め込むための作戦がズバリ当たり、父親は先生と親しく杯を交わす。そして本命の良太を説得し、登校にこぎつける。


由貴

 ある夜、「かば」先生は仕事を終え同僚と一杯やり帰宅の際、駅のホームで見覚えのある若い女性(由貴)が、男性と楽しそうに一緒にいるのが目に入る。卒業した教え子であることには気が付くが、名前を思い出せない。その後、先生は仕事帰りの由貴(近藤里奈)とばったり会う。彼女は「かば」先生のことをよく覚えており、親しく話す。そして、彼女を自宅まで送り届ける。
先日、由貴が駅のホームで話していたのは、東京から西成に出張で来たサラリーマンで、何かのきっかけで意気投合し、2人で飲み屋ののれんをくぐる仲となる。彼女の憧れる東京から来たサラリーマンの豊は、すっかり親しくなった由貴に「西成なんか性に合わなく、気味が悪い」と話す。
思わぬ彼の発言に、驚きと失望を隠せない由貴だが、自分の出自を明かすことをためらう。西成の中の部落出身であることは誰にも話さない。絶対的秘密である。親しい豊にも打ち明ける勇気はない。そして、2人の仲は消滅。部落出身の負い目が身に沁(し)みる場面だ。
教師たる「かば」先生の描き方が良く出来ている。彼の熱血型ではない一面が強調され、人と争わず、話し合いを求めるタイプの教師像が作り上げられる。演出の狙いであろう。
物語の構成は「かば」先生を中心とするが、転校生、良太の在日朝鮮人家族、同じく在日の裕子の家族、部落出身の由貴、父親が刑務所で服役しているシゲ、そして、保健体育のチャー子こと、加藤先生の家庭などへも足を踏み入れ、生活環境を丸ごと映し出している。
生活者としての個々の人間の観察は興味深い。「西成の人間は面白い」が「かば」先生の持論である。彼は、その面白い人間たちの理解者として、控え目に振る舞う。
ここに本作『かば』の人間観察力のすごさがみられる。西成を拠点とし、差別される人々との、真心あふれる交友は、世間一般の従来の物差しでは測れない魅力が詰まっている。人間自体の面白さとコテコテに描かれる大阪、川、橋、夜の喧騒など、観光的スポットとはほど遠いが、これぞ大阪と思わす、すべてが心地よい。





(文中敬称略)

《了》

7月24日から新宿ケイズシネマほか全国公開

映像新聞2021年7月26日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家