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『コレクティブ 国家の嘘』
ルーマニアの公権力による構造汚職
医療制度に蔓延する不正を追及
クラブ火災から発覚した真実

 ルーマニアの公権力による構造汚職の実態に迫るドキュメンタリー『コレクティブ 国家の嘘』(2019年/アレキサンダー・ナナウ監督・撮影、製作、ルーマニア、ルクセンブルグ、ドイツ、ルーマニア語・英語、109分/英題『COLLECTIVE』)は、衝撃的な作品だ。2015年10月30日に起きた首都ブカレストのクラブ「コレクティブ」の火災に端を発する作品である。
 
ルーマニアは、日本から遠く、地味な東欧の小国であり、日本人にとりなじみの薄い国の1つである。
われわれがルーマニアについて知る事柄の1つは、ドラキュラであろう。もともとドラキュラは、アイルランド人の作家ブラム・ストーカーによる恐怖小説『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)の作中の主人公である。そのモデルは15世紀のワラキア(現ルーマニア南部)公、ヴラド・ツェペシュ3世とされ、彼自身、ルーマニアの人物と長い間思われてきた経緯がある。
次に有名なのが、女子体操選手のナディア・コマチネであろうか。彼女は17歳(1976年)の時、オリンピックで史上初の「10点満点」を獲得、白いレオタードから「白い妖精」の愛称で呼ばれる国民的英雄で、現在もルーマニア体操協会の会長を務める著名人である。

記者会見のトロンタン記者 
(C)Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019  ※以下同様

保健相

生存者の1人のやけど跡

車内の保健相

新聞社内の打ち合わせ

市民デモ

会見中の保健相

大臣室での会議

トロンタン

ルーマニア国とは

 ルーマニアの国土は約24万平方?で、近年の人口は約2000万人と、日本よりも小さい。国土はセルビア、ハンガリー、ウクライナ、ブルガリアと国境を接する東欧諸国の一員で、第二次世界大戦後、ソ連の衛星国として東欧社会主義圏を構成する。
1956年のスターリン批判を機に体制が変わり、西欧諸国へ接近、独自路線と多面外交へと方針転換する。国名をルーマニア社会主義共和国に変更し、時のニコラエ・チャウシェスク第一書記の独裁政治体制が1965年から始まる。
一度はソ連圏から離れ、独自路線を歩む国家がチャウシェスク独裁となり23年間同体制は続くが、1989年に東欧革命の嵐が起き、民衆暴動により、チャウシェスクは政権のトップから引きずり落とされ、処刑される。その後、親西欧路線がとられ民主化が進む。2007年にはEUに加盟し、西欧の一員となる。
一応、民主化路線が定着したかのように見えたが、2015年10月30日のクラブ「コレクティブ」での火災事故をきっかけに、その背後にある政権の腐敗体質が次々と明るみに出る。その実態を衝(つ)くのが本作『コレクティブ 国家の嘘』である。
希望をもって迎えられた民主化体制下で起きた腐敗・汚職事件であり、人々が理想とする社会主義圏の堕落が世界各国で起きているのが現状である。人々の期待を背負い登場する勢力が、いつの間にか特権階級の腐敗の温床となることが、ルーマニアでも起こった。 
  


物語の発端

 既述の、2015年10月に首都ブカレストのクラブ「コレクティブ」での火災を、物語の発端とする。非常口の閉鎖が大事故の原因といわれ、27名の死者と180名の負傷者を出す大惨事となる。
しかし、一命を取り止めたはずの入院患者が次々と亡くなり、最終的に死者数は64名に上る。助かる命が失われる原因は、病院で使用された基準以下の、水同様の消毒液だった。
やけどの後の感染症防止のために皮膚に塗り消毒することは必要不可欠であるが、その効果がなかったため多数の第二次の死亡例が発生する。詐欺まがいの医療行為であり、1人のスポーツ紙記者が調査に乗り出す。



登場人物

 
調査の先陣を切ったのが、スポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」の記者のカタリン・トロンタン(当時47歳)。彼はスポーツ専門でありながら調査報道も担当し、本事件解明の突破口を開いた。
やけど患者の死因についての内部告発をするのが、ブカレスト大学病院の麻酔の女医カメリア・ロイウ(当時47歳)で、トロンタンに資料や証言を提供する。彼女の勇気ある告発に触発された医師や関係者は、ルーマニアの医療制度にまん延する不正の告発に乗り出す。
被害者代表として、この事件で息子を失ったナルチス・ホジャ(同49歳、エンジニア)が選ばれ、被害遺族の1人としてトロンタンに協力する。
女性の被害者である若き建築家テディ・ウルレァヌ(同29歳)は重度のやけどを負い、指は切断せねばならず、美ぼうの彼女の容姿は大きく変わる。しかし、自らのやけど跡を写真で大胆に披露し、アートで災害のトラウマを克服するために前向きに生き始める。
ほかにトロンタンの新聞社の仲間たちが頻繁に顔を出す。



観察映画

 前半はトロンタン記者を中心に被害の実態について述べている。ナナウ監督は自作を「観察映画」と定義している。ちょうど日本でいえば、想田和弘監督作品と思えばよい。ナレーション、インタビュー無しを標榜(ひょうびょう)する作風である。実際にはインタビューの積み重ねにより主人公ちに近づく手法だ。存在するものをじかに突き付け、見る側の懐へ深く食い込むスタイルを特徴としている。
この観察映画で、トロンタンは、工場側のインチキ消毒液の実態を明らかにし、その儲(もう)けは300近くの病院へリベートとして配られたことを調べ上げる。そのリベートは、工場側の投資であり、自社商品の売上拡大策である。おまけに、迷宮入りの工場長の謎の死と、サスペンス張りに事件は展開される。
釈明に追われる保健省幹部は、ルーマニアの医療制度はドイツ並みと口にする。ハナシの筋からルーマニアの経済の実態はドイツと変わらぬとする主張で、インド人がやたらと英国の名を持ち出し、権威付けするやり口と変わらない。このでたらめな状況に対し、国の腐敗に不満を持つ人々が抗議デモをし、保健相を更迭させた。



新大臣任命

 新保健相に任命されたのが、33歳の若き金融スペシャリストであり慈善家でもあるヴラド・ヴォイクレスクだ。慈善家とは耳慣れない肩書きだが、ウィーンで学業を終えた彼の活動の代名詞と言えるもの。
ヴォイクレスクは、ガンを患う子供たちを支援するNPO団体を立ち上げる。そして、ガン治療薬を入手できない患者のために、オーストリア、ドイツ、ハンガリーからルーマニアへ薬を密輸入し、患者の権利を守る活動をする。
その彼が新保健相に就任し、局面が大きく変わる。医療行政にメスを入れ、政官癒着のもたれ合いの撲滅に傾注する。トロンタンの調査活動に対し、大臣室を開放し、カメラを入れ、情報をオープンにし、旧来の悪弊を断ち切ろうとする。
例えば、ブカレストの大病院の理事長の例が取り上げられる。彼は受け取ったワイロで外国の病院を取り込み、国内病院を買収、利益を外国に持ち出し、蓄財する汚職を公然として巨万の富を築き上げる。周囲ではこの不正を知る人が多いが、理事長本人の政官財での顔の広さで、告発の芽を潰し、人々は無力感に襲われ黙り込むのが常態である。
しかし、なぜか新保健相の在任期間(2016年5月−12月)は短く、せっかくの改革は不発に終わる。この経緯を作品では説明されない。知りたいところだ。
不発に終わったものの、人々が声を上げる大切さが作品から伝わる。
全体に「観察映画」の持つ事実関係への寄り添いは、きっちりと成されている。
権力の腐敗と抵抗、苔(こけ)むすようなテーマだが、今一度、考えさせる力が本作にはある。






(文中敬称略)

《了》

 

2021年10月2日シアター・イメージフォーラムほか

映像新聞2021年9月20日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家