『アンテベラム』
現代の人種差別問題と直接結びつく展開
着想が際立つ異色のスリラー
米国の奴隷制度を真っ向から非難 |
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着想が際立つ優れたスリラー・ジャンルの社会派もの作品を、今回は紹介する。米国映画『アンテベラム』(2020年/脚本・監督:ジェラルド・ブッシュ、クリストファー・レンツ、106分)である。米国の奴隷制度を真っ向から非難する内容であり、現代米国の人種差別問題と直接結びつく、メッセージ性が高く、見る側は社会的主張とあり得ないと思うストーリー展開に釣り込まれる。
冒頭、米国の大作家ウィリアム・フォークナーの小説『尼僧への鎮魂歌』の中の有名な一節「われわれは歴史を乗り越えようとあがきながらも、それに縛られている」が、大きな伏線となっている。
フォークナーファンを自認するブッシュ監督は「過去の教訓から何も学んでいないし、それどころか、連中に悪巧みの数々を思いつかせる余地を与えてしまい、それが何度も繰り返される」のが『アンテベラム』であるとし、人種差別の本質を語っている。
警察官の不適切な拘束方法によって殺害された黒人男性ジョージ・フロイトの死をきっかけとして、米国における警察の残虐性に彩られた人種差別の長い歴史性に、今一度向き合う社会運動が活発な現在をとらえる作品だ。
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ヴェロニカ
(C)2020 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. ※以下同様
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女性奴隷に言い寄る司令官
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プランテーションで綿摘みをするエデン
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講演中のヴェロニカ
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エデンと僚友
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プランテーションを脱出するエデンと教授
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愛娘とヴェロニカ
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米国の南北戦争とは、1861年から65年まで続いた南部と北部の「内戦」である。南部は北部のアメリカ合衆国から分離独立を目指した。この内戦の争点の1つが奴隷制度である。
同制度の拡大に反対のエイブラハム・リンカーンが1860年の大統領選に当選する。この当時、奴隷は個人の所有財産であったことから、リンカーン自身は奴隷制の廃止について宣言していない。
特に南部は農業への依存度が高く、奴隷労働を必要としており、北部は工業が発達し、定住的労働者を必要としない経済形態の違いがあり、そこに南北戦争の遠因があると考えられる。
南部・農業州では、大量の黒人奴隷の労働力の必要に迫られ、奴隷の受け皿としてプランテーション(大規模農園)が設けられる。冒頭の美しい風景は、まさに画に描いたような南部の風景である。
中央に白い木造のしゃれた邸宅が据えられ、周辺は、きれいに刈り込まれた芝生、草をのんびりと食(は)む馬が数頭、そして庭には美しく着飾った白人の監視役の女性と幼い娘、言うなれば、南部貴族のたたずまいだ。
その庭園を少し進めば、木造の作業場と男性奴隷たち、次いで、太陽の下で干される大量の真っ白なシーツと、メイドのユニフォーム姿の女性奴隷たち。その前を馬にまたがる南軍兵士の隊列、女性奴隷たちは直立不動の姿勢で並び、それを見送る。
厳然たる階級社会の一端を覗(のぞ)かせる。王様とそれを取り巻く兵士たちと従僕の図式が、いかにも南部と思わせる。
兵士に代わり、奴隷監視兵士の一団が登場する。馬上にうつ伏せになり縄でくくりつけられた、若い女性奴隷エデンの姿が現われる。もう1人の黒人奴隷は手を縛られ、体ごと馬に引かれる。馬上の女性奴隷は、これから起こるであろう悲劇を見ざるを得ない。
2人の男女の奴隷はプランテーションからの逃亡失敗者で、元の場所に戻されるところだ。執拗に声を上げ抗議する男性奴隷、その彼をあざ笑うように「楽にしてやる」とピストルで射殺、兵士たちも当然の成り行きと見ているようだ。
周囲の奴隷たちも悲痛な思いを胸の内にしまい、下を見たまま作業を続け、残酷な殺人劇を見まいとする。男性奴隷に対しては口を利くことの禁止、女性奴隷に対しては絶対的従順が要求される。プランテーションは白人支配の社会なのだ。この光景を、馬にくくりつけられたエデンは凝視する。
女性奴隷のエデンは綿摘み、そして残忍な監視長の囲い者にされ、彼と別の棟に住む。後半、現代に場面が展開し、主人公は黒人奴隷問題を専門とする社会学者で、ベストセラー作家のヴェロニカの出番となる。夫と娘の3人家族で、公私ともに順風満帆な毎日を送る黒人女性の成功者である。
この1人2役を演じるのが歌手で女優のジャネール・モネイ(出演作『ムーンライト』〈2017年〉、『ハリウッド』〈20年〉など)である。本作の成功の一因は彼女にあるほど、黒人女性の対照的な生きる姿を演じて見せる。
本作の組み立ては、3部構成となっている。第1部は、広大なプランテーションが舞台。女性奴隷エデンが中心である。『風と共に去りぬ』を思い起こさせる、南部独特の優雅な田園風景の美しさは息を飲むほど。プランテーション全体の説明の簡潔さは緑豊かな南部そのもので、きわめて印象的な場面で、本作の見どころの1つだ。
物語は、その南部の後ろ側に焦点を当て、19世紀の奴隷制度の実体を暴く作りだ。
そして、都市に住む、同じ黒人女性ヴェロニカが現代に登場する。その展開の意外性に圧倒される。ちょうど、ジェットコースターの頂点から急落下の状況のようだ。これは見事。
主人公の1人ヴェロニカは、黒人女性を代表するインテリで、社会的活動も積極的な行動派。彼女は、ある白人女性からオンラインで講演依頼を受ける。その女性は美人ジャーナリストで、しかも高学歴、その上、時たま米国のTVニュースで見かける、自信満々といった風情のタイプであり、ニューオーリンズの会場へヴェロニカを引っ張り出す役割を担っている様子だ。
ヴェロニカは、講演会で自著『生きるための仮面を捨てて』を参考とし、長年仮面を被らねばならぬ黒人奴隷の歴史をひも解き、聴衆から盛大な拍手を受ける。
この辺りからハナシがスリラー・ジャンルの様相を帯びる。講演会の後、女性同士でディナーを取り、タクシーでホテルに戻る。エレベーター内では、同乗の幼い少女は親から「彼女と話してはダメ」と指示され、ホテルの白人従業員は口に出さぬ見下した態度、誰かに見張られているようだ。目に見えぬ恐怖が迫りくる。
案の定、タクシー内に隠れていた男性に首を絞められ意識を失い、過去のプランテーションへと運ばれる。すべては事前に仕組まれているらしく、スリラーは進行する。まるで悪夢のように。
綿摘み奴隷にさせられるヴェロニカとエデンは、どう生き延びるか秘策を練り、脱走を試みる。エデンは同僚の黒人奴隷と一緒に逃げるが、看守長に見つかり彼は斧の一撃で死亡する。
ヴェロニカは、重傷を負う仇敵(きゅうてき)である看守長を背後から殴打する。そして馬にまたがり、プランテーション内の戦闘態勢の兵士たちの目も気にせず進む。彼女の目に入るのは、現在の街の様子だ。
この意外な、ジェットコースター的大転換の謎を解き明かすきっかけとなる印があるが、これは見てのお楽しみとする。
冒頭のフォークナーの小説の1節がそのまま再現される。過去の奴隷制が、現在の人種差別とつながる現実がこの小説の1節どおりとなる。
本作『アンテベラム』は、奴隷制度が現代とつながっていることを明らかにする。まさにヴェロニカが講演で語る「白人至上主義と悪質な父権社会のシンボル」の発言が、本作の言いたいところであろう。
スリラー・ジャンルの装いをジェットコースターよろしく、急転直下の転換、見る側の興味をそそるハナシの運びのアイデアは秀逸である。そして、現代の米国に残る人種差別に対し、声高に異を唱える作り手の意識の高さは見逃せない。
(文中敬称略)
《了》
11月5日から全国ロードショー
映像新聞2021年10月11日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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