『花椒(ホアジャオ)の味』
別々に育った異母姉妹3人の生き様
境遇の違いの面白さを前面に
廃業寸前の火鍋店の再興に協力 |
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見終わった後も気分が良く、もう少し見ていたいと思わす作品が稀(まれ)にある。それが、香港作品『花椒(ホアジャオ)の味』(監督・脚本ヘイワード・マック、プロデューサー・アン・ホイ、ジュリア・チュー、原題『花椒之味/英題「Fagara」』118分)だ。香港映画界の重鎮的存在であるアン・ホイは、今作では監督ではなくプロデューサーとして、若い女流監督の背中を押す役割を担う。
本作は、若い3姉妹(異母姉妹)の生き方を描き、スタークラスの女優を起用している。さらに、作品の捻(ひね)りとして、一緒に暮らしたことがない彼女たちの境遇の違いの面白さが前面に押し出され、それが、それぞれの個性となり、いい味を出している。
この作品は、エイミー・チャンの「我的愛如此麻辣」(私の愛はこんなにスパイシー)が原作となっている。香港の魅力、中国的日常の描写が強調され、親子、姉妹間の愛情の細やかさが見ていて心地よい。
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火鍋店前の3姉妹
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火鍋店
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亡き父親
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3姉妹、ルージー(左)、ルーグオ(中)、ユーシュー(右)
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店での3姉妹
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葬式の時、父親に呼びかける3姉妹
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ソファで寝入る3姉妹
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料理中のユーシュー
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病院の廊下で、医師(左)、ユーシュー(右)
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婚約者(左)とユーシュー(右)
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火鍋
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朝の散歩、母(左)、ルージー(右)
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重慶にて、祖母(左)とルーグオ(右)
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話の中心は3姉妹だが、彼女たちの内面には、子供を捨て、別の女性へ走った父親(香港のミュージシャンで俳優のケニー・ビー。火鍋店の主人役だが、なかなかの好男子ぶり)へのわだかまりがあるが、一方では父親を慕う気持ちも強い。
長女ユーシュー(香港の人気歌手兼女優のサミー・チェン。彼女のコンサートの切符は入手困難、かつ出演作はヒット確実と言われるトップアーチスト)は、疎遠となっていた父親が店(火鍋が名物)で突然倒れたため、病院に駆けつける。だが、既に父親は亡くなっている。遺品のスマホから自分に似た名前を見つけるところから、3姉妹の物語は始まる。
葬儀の日、台北(タイペイ)から次女のルージー(メーガン・ライ=台湾の俳優、歌手、モデルで活躍。役柄がビリヤードのプロで、黒で固めボーイッシュな装いの格好良さは並ではない)、重慶(チョンチン)から三女ルーグオ(リー・シャオフォン=中国の女優、役柄はアパレル・ネットショップを営む、若く明るい活発な女性)がやって来る。
異母姉妹3人は全くの初対面で、いささかぎこちない。父親の葬式は儒教に則(のっと)り、いろいろと細かい約束事があるが、いかにも中国風で、最後は火を使っての踊り、とにかく派手で実ににぎやかだ。しかし、3人の1人が仏教徒であるが、そのようなことは無視するアバウトぶりには笑える。
出演者は豪華布陣で、ユーシューの婚約者には大物俳優のアンディ・ラウを起用、もう1人のボーイフレンドの放射線科の医師は、台湾の人気歌手リッチー・レンで、香港でも俳優として活躍する。これらの大物出演者をえそろえるあたり、プロデューサーのアン・ホイの広い人脈をうかがわせる。あくまでも推測だが、アン・ホイから声が掛かれば、皆受けるのではなかろうか。
父親の経営する火鍋店は、店名がスバリ「一家火鍋」で、大概の客は火鍋を頼む。この鍋は、汁(あるいはソース)が濃茶色で、激辛に仕上げられ、そこへ客はそれぞれ野菜や肉を注文する。
汁には多種類のスパイスが入れられ、赤色の小さい粒状の豆のようなものがタイトルの「ホアジャオ」で、激辛でしかも痺(しび)れるような風味を特徴としている。
ある時、歯痛に苦しむルーグオは姉たちに無理やりこの赤い粒を口に入れられ、「辛い!辛い!」と言いながらも歯痛が治るほどの効き目で、漢方薬の一種らしい。この亡き父親の店の火鍋、「ホアジャオ」は味の決め手になっているようだ。
父親の出奔(しゅっぽん)により、3姉妹は母子家庭で育った。
長女のユーシューは旅行会社のOL、同じ北京でも父親とは別の暮らし。次女でプロのビリヤード・プレイヤーのルージーは、台北で母親と暮らすが、実の母娘とは思えないほど折り合いが悪く、「ビリヤードを仕事にするより、もっと堅気の仕事を」とことあるたびに意見し、2人の口論は絶えない。女性同士の口げんかは男性と比べ、遠慮がないだけにやりとりが厳しい。
三女のルーグオは、実母が父親と別れた後カナダへ渡り、彼女は重慶に住む祖母に育てられる。「早く結婚を」と迫る祖母をルーグオはうるさがる。しかし、2人の仲は極めて良い。
このように、3姉妹の育つ環境による感性の違いが、物語の主調であり、それに付随し、小ネタが散りばめられる組み立てが極まっている。若くして、大先生のアン・ホイにその才能を認められたヘイワード・マック監督の脚本・演出は、時に日常性の描き方に見る者の心をつかむうまさがある。
いったんは郷里の台北、重慶に帰ったルージーとルーグオは、姉のユーシューが継いだ店を手伝うために、再び北京に現われ、廃業寸前の火鍋店の再興に3人が協力し合う。
しかし、物事すべてがうまく行くはずもない。ある時、亡き父親の残した火鍋の元の汁が底をつき、火鍋が献立から消え、いつもの客たちも口々にクレームをつけ、「火鍋をやる時には知らせろ」と言い残す。最大のピンチだ。
3人は火鍋のレシピを父親が残していないか家中探すが、1冊のノートと新聞の切り抜きだけで、期待したレシピではない。このノートを読むと、彼がそれぞれの娘について書き残している。これを読んだ彼女たちは非常に満足気の様子。父親と娘の自然な気持ちがにじみ出る一幕だ。
肝心の汁の味は、姉妹たちの工夫で何とか父親の味の復元に成功し、店のにぎわいを取り戻す。満席の活気ある火鍋店はスタジオセットだが、はやる店の雰囲気が実によく出ている。このように細部への気配りも、作品自体のクオリティーの底上げに寄与している。
ルージーとの折り合いの悪さで、互いを傷つけてしまうことに気付いた母親は、思い切って台北の川の堤防への散歩に誘う。母の気持ちに薄々気づき始めたルージーは、散歩の途中で母親と腕を組み「ゴメン」と発する。これまでの互いを傷つける口論、ツッパリを反省する一言であり、見る側は感動する。うまい演出だ。
一方、仲は良いが結婚話でルーグオを悩ます祖母は、孫の行く末を案じ、この話を持ち出す。だが、内心は孫に面倒を見てもらいたい気持ちもある。ある日、2人は重慶名物ロープウェーの見える丘の上で、孫は祖母に「一生面倒を見る」と宣言。祖母を安心させる。
この2組の家族の結びつき、中国独特の家族愛の強さがじっくりと描かれる。人の持つ善良さ、暖か味が満ちあふれる。
姉妹は、それぞれの道を歩み始める。長女のユーシューは長年父親との関係に悩み、婚約者との一緒の暮らしに踏み込めず状態であったが、妹たちもそれぞれの道を見出し、巣立つ。ユーシューも婚約者と話し合い、やっと結婚を決意し、彼に従い、店を閉じ異郷で暮らす算段となる。
3人3様の生き方、すべて話し合うことでのみ解決の糸口を見出す。ラストのタイトルバックの歌の一節「待ち望んだ愛、きちんと思いを話そう」は象徴的である。
人生、大波、小波があり、それを乗り越えて初めて安寧が得られることが、本作の隠れたメッセージである。
今年の外国映画ベスト5に入ると踏んだ。
(文中敬称略)
《了》
11月5日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
映像新聞2021年10月18日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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