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『無聲』
台湾のろう学校で起こった衝撃的な事件
多様な社会問題を詰め込み描く
密度が濃い新人女性監督の初長編

 ろうあ者に対するすさまじい性暴力とその波紋を描く、台湾の新人女性監督作品『無聲』(むせい/2020年/コー・チェンニエン監督、台湾、104分)の公開が待たれる。作品自体、非常に重いテーマを扱い、その言わんとすることは、見る者の胸に鋭く突き刺さる。
 
本作は、2011年に台湾全土を震撼させた、南部のろう学校、特殊教育学校での性的暴行、集団セクハラ事件の実話を基にしている。この学校は、聴覚障がい者を受け入れ、生徒たちは耳が聞こえず、声を発することができない。このような無音の世界で起きる、障がい者に対する性的犯罪の悪らつさには、耳にするだけで胸が痛む。
そのおぞましい校内犯罪が直近の2年間で127件を数えることは、とても尋常なこととは思えない。無音の世界に放り込まれる被害者の少年、少女たち、訴える手段を持たぬ弱い人々だけに、気の毒を通り越し、何とかならぬかとの思いを強くする。

ろうあ者の少女ベイベイ 
(C)2020 Taiwan Public Television Service Foundation, Oxygen Film Co., Ltd., The Graduate Co., Ltd. and Man Man Er Co., Ltd. All Rights Reserved.  ※以下同様

チャン少年とベイベイ

被害生徒をかばうワン先生

性被害にあうろうあ者の少女ベイベイ

イジメの主犯格のユングアン

バスの中での性被害を加えるイジメ組

チャン少年

主人公たち

 主人公は、ろう学校へ転校してきた少年、チャン(リウ・ツーチュアン)。彼はろうあ者で、今までは普通学校に通っていたが、勉強について行けず、心無いイジメに遭い転校となった。
冒頭、彼が駅から逃げる老人を追いかける。財布を取られたチャンは、男を捕え殴りつける。その時、パトロール中の警官が通りかかり、窃盗犯と共に警察へ連行される。
彼は、自分は被害者と筆談で説明する。窃盗犯は「財布は拾った」と逆のことを言う。警察は大事な財布を取られたチャンがあまりに興奮し、筆談では意が伝わらず、窃盗犯の肩を持つ。
そこへ登場するのが若いろう学校のワン先生(リウ・グァンティン)で、通訳として呼び出される。被害者のチャンは、ろうあ者の舌足らずの説明が全く受け入れられない状況に陥る。この場面で、社会に受け入れられにくい彼らの困難さが語られる。彼らは、一般世間から置き去りにされ、主人公の女子生徒への性的暴力を生む土壌が浮かび上がる。
この学内における被害者の少女がベイベイ(チェン・イェンフェイ)である。気の善いろうあ者少女を自然体で演じるチェンは、本作で台湾映画界の若手スターとなる。 
  


学校内の明暗

 当初、チャンは今までの学校と異なる雰囲気のろう学校が大いに気に入る。学校創立100年の記念パーティで、ポップスに合わせ踊るベイベイに目を止める。2人の最初の出会いで、出だしは順調である。
翌朝、登校のためスクールバスに乗るが、車内は生徒でいっぱい、一団の少年たちが大騒ぎをしている。その時、後部座席の様子をおかしく思い、目をやるとベイベイが少年たちに下半身裸にされ、集団で暴行を受けている。おぞましい光景だ。
この一件、バスの中の生徒たちは知らんぷり、運転手も含め誰も注意せず、その上、1人が唇に指を当て「誰にも言うな」の合図。ベイベイは声を上げることも叶わず、少年たちに乱暴されるまま、ろうあ者の悲劇である。
生徒たちの沈黙を知りながら見ぬふりの他の人間も共犯であり、彼らにも責任がある。日本社会の見て見ぬふりは、外国でもあることと強く意識させる。
この光景に仰天するチャンは、初日に警察で会い、通訳をしてくれたワン先生に直接訴える。このようなことは有り得ないとの表情だが、先生が話を聞くとベイベイは泣きながら、暴行は1,2度ではなく、ある時は下着を強引に脱がされる目にも遭っていると、集団暴行について語る。
チャンも直接事情をベイベイにただす。彼女の答えが何とも予想外なのだ。彼女は、ほかの暴力を振るう生徒と一緒に自分をイジメてもよいと言う。さらに彼女は「学校には自分の居場所がある。耳も口をきけない人間にとり、外へ出れば役立たず扱いで、その上外の世界では孤独を味わう。そのほうが怖い」と嘆く。
その上、彼女は現状を諦めているのではなく、周りの大人たちが変わらねばどうにもならないことを体験的に感じている。
再度チャンは彼女にただす、「ずっと黙っているのか」と。彼女は、イジメっ子たちは普段は良い子で、彼らを裏切れないと、意外な返事が返ってきた。これらの暴力に対し、同性の女先生に訴えても、「ちゃんと嫌と言ったのか」と冷たい対応で全く相手にされない。孤立無援なベイベイ。
チャンの再度の頼みで、ワン先生も動き、女性校長と直談判する。彼女は「被害に遭った子には気の毒だが、学内のことは、学校の評判を傷付けないためにも、問題を大きくしないで欲しい」と、まるで被害者の立場に立っていない。保身に汲々(きゅうきゅう)とする校長の対応。正義感のあるワン先生は憤まんやるかたない表情だ。
加害者の少年たちの合言葉は「一緒に遊ぼう」で、この語がベイベイを集団で犯し、そして一緒にサッカーを楽しむのである。



ワン先生の家庭訪問

 
事態の深刻さを認めるワン先生は、ベイベイの自宅へ家庭訪問をする。今の環境から抜け出すための転校を勧めるため。彼女は、祖父と母との3人暮らしである。ろうあ者故に、家父長の祖父は、その扱いに困り、ベイベイを学校へ行かせず、自宅に閉じ込めていたことが分かる。
ワン先生は、自分が彼女を送り迎えするから、このまま通学させてほしいと話すが、祖父は彼の好意あふれる提案を頑なに拒否する。「もし、ベイベイが孕(はら)んだりすれば大変」と。



チャンへのイジメ

 ワン先生と共にベイベイへの性的虐待に声を上げるチャンに対し、イジメ組は夜間多数で彼を寮内の一室に閉じ込める。
そこには、この犯罪少年たちのリーダーのユングアン(キム・ヒョンビン、韓国)が待ち構え、もう1人捕まっている年少の少年の下半身にいたずらをすることを命じる。その光景を映像に収めるタチの悪さ。男性もイジメの餌食で、チャンはこの映像で加害者とされる理不尽さ。



イジメ組の主犯の後遺症

 イジメ組の主犯のユングアンは、家が裕福らしく、しかも成績優秀で、「俺は誰も怖くない」とうそぶく太々しさ。「一緒に遊ぼう」の司令塔で子分を動かし、自分は直接手を下さない狡猾(こうかつ)な少年。この手の人間は、常にイジメの世界におり、日本でも見られる現象だ。
この彼、ある1本のメールで進退きわまり、リストカットをし入院。それは小学生以来、長年にわたり、美術教師から性的被害(小児性愛)を受け、長い間、その後遺症に苦しむ。彼には過去の悪夢の再来である。
加害者は教員で、卒業式で定年退職の表彰を受ける。彼には有力者とのコネがあり、この不祥事は未露見となる。


さらなる困難

 集団性暴行に幾度も会うベイベイは、祖父の案じた通り妊娠する。窮余(きゅうよ)の一策として、モグリの婦人科で堕胎手術をすることに。ベイベイの一大事とばかりワン先生とチャンは街中駆けずり周り、病院を探し出す。
無事に手術を終えるも感染の恐れがあるため、ベイベイはしばらく入院する。常に明るく振舞う努力をする彼女だが、子供を産めない体となる。「一緒に遊ぼう」組の罪深い行為の犠牲者である。



事件の匿名投書

 マスコミへの匿名投書で、ろう学校事件が大々的に知れ渡る。この件、台湾中の話題となる。校長は懲戒免職、文科省次官も謝罪。事件を通し、絆(きずな)を深めるチャンとベイベイ、本作は一応ハッピーエンドで終わる。
本作はコー・チェンニエン監督(39歳)の長編第1回作品だ。作品の密度の高さには感嘆させられる。
性犯罪を軸にし、傍観する周囲、管理者の責任回避と事実の隠ぺい、少数の良心的人物の存在などの社会問題を104分の作品に押し込む、作品的密度の濃さ、並の力業ではない。彼女は言うべきものを持つ作家である。厳しい内容だが一見に値する。








(文中敬称略)

《了》

2022年1月14日からシネマート新宿ほか全国順次公開

映像新聞2022年1月3日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家