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『北風アウトサイダー』
大阪・生野の在日コリアン家族の生き様
エピソードが畳み掛けて登場
圧倒される登場人物たちの熱量

 これほど熱い作品を最近見たことがない。それが崔哲浩監督・脚本・プロデューサーの『北風アウトサイダー』(2021年/日本、150分)である。メインテーマは、大阪・生野区在住の在日朝鮮人、韓国人(本稿では以下「在日コリアン」の呼称を用いる)の、圧倒的なエネルギーをまき散らしながら逆境を生きる人々の暮らしぶりであり、登場人物は在日、日本人俳優の混成している。上映時間は150分と大変長尺であるが、一気に見せる腕力は見ものだ。
 
物語の舞台である大阪・生野区は、外国人住民の比率が21.78%(2019年統計)と、ほぼ5人に1人が外国人であり、この割合は全国第2位だ。外国人の中でも、約8割近くが韓国・朝鮮籍(22000人)で占め、東京の新宿区大久保と並ぶ大きな在日コリアンのコミュニティーである。生野区在の外国人は中国人、ベトナム人が続く。
全体の中の1万7000人は旧植民地出身者で、その子孫の1世の多くが現在では老齢化し、3世、4世の時代となっている。同コミュニティー内の御幸通商店街(JR大阪環状線の鶴橋駅と桃谷駅の間)は、大阪市内でも有数の観光スポットである。
崔監督は、この地域に生まれ育った在日コリアンに焦点を当て、彼らのたくましい生き方、直面する偏見、差別問題に鋭い視線を投げかける。

長男ヨンギ 
(C)2021ワールドムービーアソシエーション  ※以下同様

子を授かる長女ミョンヒ

ナミ(右)と両親

ミョンヒ

ホームレス時のヨンギ

葬式の後アリランを踊る人々

ガンホ(右)の結婚式

葬式

ガンホとヤクザ他

乱闘前の大ヤクザ集団

物語の中心

 物語の舞台は、キム家のオモニ(韓国語で母親の意)が経営する「オモニ食堂」である。この食堂を女手1つで切り盛りし、4人の子供を育て上げる女性(永田もえ)を中心に物語は進行する。
大阪・生野区の仕舞(しもた)屋が「オモニ食堂」であり、オモニは皆にコリアン料理を提供し、時に貧しい同胞にも「元気出せや」とばかり、無償で食事をごちそうする。彼女は周囲の人々にとり精神的支柱である。ちょっと不思議な食堂で、食べるだけでなく、歌も歌える大衆酒場の趣もある。
彼女の子供たち4人は既に成人し、長女のミョンヒ(櫂作真帆)が仲間の女性たちを束ね営業している。そこへ、いろいろな人間が出入りする。ちょうど、戦前のフランス名画『舞踏会の手帖』(1937年/ルイ・ジューヴェ主演、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)のような一種の回転ドラマだ。 
  


オモニの葬式

 キム一家の大黒柱であるオモニが他界し、身内、友人たちが集まり葬式が行われる。僧侶の読経が終わり、説教の段となり、最前列のキム家の三男ガンホ(上田和光)が戒名についていちゃもんをつけ始め、葬式は大混乱。とんだお見送りとなる。
その後、食事会となり、最後は朝鮮の代表的な民謡『アリラン』を全員で歌い踊る。ここに、在日コリアンのエネルギッシュな一面が既に見て取れる。前へ前へと出るガンホのような人間は、エネルギッシュな一面、ぶつかり合いも多い。



オモニの親切心

 
葬式の後の場面、在りし日のオモニのエピソードが挟まる。インサートとして「オモニ食堂」に次男チョロ(伊藤航)が、婚約者の朱美(田中あいみ)を連れて現れる。17年前のことで、過去のフラッシュ・バックは白黒画面となる。
本作は登場人物が多く、見る側はしばしば混乱するが、白黒のインサート場面が筋を整理する役割を果たす。
ここに崔監督の脚本の冴(さ)えが見られる。登場人物場面が多い分話が込み入るが、冗漫さがなく、流れに緊張感があり、見せどころを飽きさせず、きっちり見せている。崔監督の脚本・演出振りは並ではない。
そして、チョロと婚約者登場の場面へと再び戻る。初対面の若い朱美に対し、オモニは「気に入らねば、いつでもチョロを放り出してもよい」と緊張気味の若い朱美に優しく接する。
これで、彼女はすっかりオモニに認められたこととなり、新カップル誕生と相成る。このように、オモニの他人に対する思いやりが深く、キム一家はオモニを大黒柱とし、彼女を立てる。



ナミの進学

 チョロと朱美には高校生の1人娘ナミ(秋宮はるか)がいる。彼女は長男ヨンギの娘だが、訳あってチョロ夫妻の一員となる。彼女の目下の悩み事は大学進学である。
周囲は朝鮮大学校行きを望むが、歌の好きな彼女は日本の大学進学を望む。父親自身は、働く意義を家族、そして祖国のためとし、朝鮮大学校を希望する。養母の朱美は、朝鮮大学校へ行けば日本との縁が薄くなり、いわば「つぶしが効かない」が持論で、日本の大学進学をナミのために思い描いている。
この進学問題、在日コリアンにとり悩ましい問題であり、日本社会で生きるか、祖国(北朝鮮)に尽くすかは一大問題である。就職で差別に遭う周囲の様子を知る彼女は、日本の大学に入り、収入の安定する公務員になる気持ちでいる。ナミにとり、自分の将来を他人が決めることの不満を抱えている。この進学問題、常に在日コリアンを悩ましているようだ。



長男ヨンギの帰郷

 オモニの葬式に、キム家の兄弟たちは参列するが、長男のヨンギ(崔哲治監督自身が演じる)の姿は見られない。実は彼、17年前に家を出たまま消息不明の状態にある。オモニは長男の不在を嘆き、兄弟たちは彼の突然の出奔(しゅっぽん)に不快の念を持ち続ける。長男の責任を果たしていないと。
そのヨンギは盲目のサンミと結婚し、1女をもうけたが、ヨンギの嫁に対するモラハラ「目が見えないくせに」の一言が周囲の不興を買い、いたたまれず17年前に家を出たきりで現在に至る。のちにサンミは自殺、残された娘のナミは次男一家の一員となる。壮絶な家族の物語である。
ある日、突然ヨンギが「オモニ食堂」に顔を出す。すっかり零落したヨンギは、弟ガンホにわずか3万円を無心する。兄の窮状を見兼ねて、次男チョロが「オモニ食堂」の下働きとして兄を雇い入れる。これで、4人兄弟がそろい、食堂を切り盛りする。
一方、進学で迷うナミは大学をあきらめ、自主的に兄弟たちと共に食堂を手伝う決心をする。
兄弟たちは、兄への積年の不満を内面にしまい込み、家族の絆(きずな)を優先させる。この辺りの心情、在日コリアンの生き方の濃さが見られる。本気度の違いであり、この心情をコテコテの在日の生き方の反映として吸い上げている。演出は監督の力量をもろに反映している。
ほかに、ヨンギが消息不明だった間、彼と小劇団の女性との東京での同棲生活、在日コリアンたちに影を落とす南北問題(この辺りは今ひとつ対立の原因を知りたいところ)の深刻さ、経営難の「オモニ食堂」に同じ在日コリアンのヤクザ組織による借金返済の催促、思い余り長女ミョンヒが返済のための売春―など、エピソードが次々と登場する畳み掛けの鮮やかさがある。
150分の間にエピソードがぎっしり積み込まれ、苦難あり、情ありの在日コリアンの境遇が活写され、同時に登場人物たちの熱量に圧倒される。とにかく飽かせず、見る者を引き込む在日パワーの炸裂である。
崔監督はもともと総連系(北朝鮮)であったが、今は民団系(韓国)とのこと。コテコテの浪速流であるが、撮影は東京で、オーディションで選ばれた俳優、崔監督ともう1人以外は日本人という。崔監督の自伝的要素の強い作品だが、同監督の在日への愛が太い芯(しん)となっている。
これだけの熱量、本気度、登場人物たちの濃さに引き込まれ頭がクラクラすること必定である。
本作、2022年のトップクラスの作品だ。とにかく気合が違う。





(文中敬称略)

《了》

2月11日よりシネマート新宿、他にて全国公開

映像新聞2022年2月7日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家