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『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』
コンゴではびこる女性への性暴力の惨状
被害者を救済する婦人科医師
TBS製作のドキュメンタリー

 衝撃的な作品だ。アフリカのほぼ中央のコンゴ民主共和国(以下コンゴ)では、内乱状態が現在も続き、多くの女性が、それも10万−20万人単位で性暴力を受け続けている。広大な面積を持つ同国、豊富な地下資源以外で、国民の貧困度がほぼ世界最下位である事実を多くの日本人は知らない。このコンゴを舞台とするドキュメンタリーが『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』(2021年/立山芽衣子監督、製作:TBSテレビ、75分/以下『ムクウェゲ』)である。
 
タイトルの『ムクウェゲ』は、婦人科医師で、同時に人権活動家としても知られる、デニ・ムクウェゲの名をとっている。彼は、コンゴ生まれの今年67歳で、同国で蔓延(はびこ)る女性への性被害の惨状を訴え続けている。2016年、講演旅行で来日時にもコンゴの女性たちの窮状を訴える。
本作の製作はTBSテレビで、立山監督は同局所属の報道番組(『news23』)のディレクターを9年にわたり務め、現在は外信部デスクとして活躍する女性ジャーナリストである。

ムクウェゲ医師(右)と患者 
(C)TBSテレビ  ※以下同様

患者の女性たち

職業訓練を受ける被害女性たち

診察中のムクウェゲ医師

護身術訓練の被害女性たち

被害を語る少女

ムクウェゲ医師

コンゴについて

 アフリカ中央部に位置するコンゴは、既述のコンゴ民主共和国、コンゴ共和国、アンゴラ国北部のエリアの3国から成立し、15世紀頃までコンゴ王国という1つの国であった。その後、1960年にベルギー領からコンゴ民主共和国(面積は日本の約8倍)と、フランス領からコンゴ共和国が独立する。
独立後、両国とも内戦が多発し、その傾向は現在まで続く。コンゴ民主共和国は、1971年に国名がザイールに代わり、1997年にまた現在の呼称へと戻る。 
  


性被害

 武装勢力によるこの性被害は、コンゴ女性へ向けての性的嗜好(しこう)を満足させるためでなく、より悪質な意図を持っている。単なる個人に対するレイプではなく、コミュニティーの分断を狙う目的で組織的に実行される。その被害数も生半端ではない。
この悲劇の中心地は、民主共和国の東部、ブカブで、同地は「女性にとって世界最悪の場所」と呼ばれる。この20年の間、ここでは40万人以上の女性が性被害を受け続けている。信じ難い数字だ。中には8歳の少女、酷いものは3歳の乳のみ児までレイプされる。まさに、地獄の沙汰だ。
この性犯罪多発の遠因は、1994年隣国ルワンダでの100日間で80万人の虐殺事件に端を発する。この虐殺を逃れて、ルワンダ難民が周辺国へ流れ込み、コンゴ東部にも押し寄せる。難民に紛れ込む虐殺実行犯の多くの兵士が、難民キャンプを軍事化し、そこへ、ルワンダ政府軍が国境を越え攻撃を仕掛ける。これがコンゴ闘争の始まりである。
コンゴは鉱物資源が豊富に埋蔵されている。それらは、金、ダイヤモンド、錫(スズ)といったレアメタルである。スマートフォン(スマホ)にはなくてはならぬ、これらレアメタルを日本はコンゴに頼っている。
この豊富な資源を政府軍、武装勢力が狙い、その手段として、女性への大量のレイプを実行、住民女性たちが住むコミュニティーを破壊し、恐怖の支配をもくろむ。



病院の建設

 
この事態に対し、婦人科医のムクウェゲは、1999年、ブカブにパンジ病院を建て性暴力被害者の救済に当たる。レイプによる肉体的破壊以外に精神的ケアもして、女性たちが村へ戻り生活できるように職業訓練を施し、加害者を訴追するための法的支援を行う。彼の手により5万人の女性が救われる。
1959年、ブカブ生まれの彼はパンジ病院を建て、年間2500−3000人の女性に対応する。パンジ病院は、10−20棟の偉容を誇り、その存在は圧倒的である。これだけの病院を建てる彼は、相当な経営能力の持ち主であろう。



元兵士の証言

 立山監督の視点は、加害者たる元武装集団の兵士へも向けられる。そのうちの1人の青年は故郷に戻り、ひっそり暮らすが、周囲は彼がレイプ犯、虐殺の手先であることを知りながら、遠巻きに眺めている様子が画面から薄々感じ取られる。
レイプについては、彼はこの性被害が女性に恐怖心を与え、社会支配に結び付くことを認めている。元兵士は「約200人の女性をレイプし、11人を殺した」と淡々と語り、彼からは反省、贖罪(しょくざい)の意志は見て取れない。自身も武装勢力に拉致され、仕方なく上官の命令に従っただけで、もし拒否すれば、死ぬほどの暴力を受ける恐怖がある。
この「上の命令」の釈明は、ナチス兵士の弁解と驚くほど似ている。彼の望みは学校で勉強することであり、平和時なら武装勢力に加わらないはずである。レイプ実行犯の罪は問わねばならぬが、この元兵士自身も犠牲者の1人と見ることもできる。



資源の大国コンゴ

 資源大国のコンゴでは、政府軍、反政府武装勢力が資源の獲得を狙い、内戦状態を起こしている。本来は国民の物であるはずの資源は軍の資金源となり、国民には何の恩恵をもたらさない。
世界的に見て、国連の開発計画の人間開発指数では、188カ国(国連加盟国の総数)中179位とほぼ最貧困国である。つまり、軍は、鉱物資源を独占的に得て外国へ売り、自らの軍隊の資金調達に充てている。そして、社会の半数を占める女性の口封じ、民族の分断を狙い性被害の矛先を彼女たちへ向けている。
当然のことながら、資源マネーの一端は権力者の懐を肥やし、彼らは危なくなれば財産を持って国外へ逃げ出し、身の安全を図るのであろう。不公平、貧乏の悪循環である。ムクウェゲが口を酸っぱくして何度も主張するように、武装した権力者が全く処罰されない事実が今なお続いている。コンゴは無法国家と化している。




ムクウェゲ医師の見解

 ムクウェゲは、本来医師でありながら、体や心が傷ついた女性の診療に当たっている。同時に、彼は女性たちの立場を訴え、世界中を講演して回る。2016年には訪日し、その折に、テレビ・ディレクターで本作の監督立山芽衣子と会い、これが本作製作の動機となる。
ムクウェゲはコンゴ女性の置かれた境遇を訴え、世界中の人々にこの蛮行を伝えている。「コンゴ」の名は聞いたことがある人は多いが、性被害の悲劇については多くの人は知らない。同国の女性の悲劇を訴えた功績で、2018年にはノーベル平和賞を受賞している。
彼自身、反政府、武装勢力側からの殺害の脅迫を度々受け、一度は故国を去るが、コンゴ女性の「私たちが先生を守る」の声に押され、家族と共に再びパンジ病院に戻っている。現在は、国連軍の警護の下、病院内で起居し、傷ついた多くのコンゴ女性の診療に当たっている。
彼は、日本はスマホ用のコンゴ産レアメタルの輸入国で、両国の結び付きは強いと語り、さらに、彼の好きな日本の言葉は「利他」(他者を思う心の意)であるとしている。他方、このコンゴの悲劇を失くす方法は、性犯罪者を処罰することが大切と説いている。40万人の女性を犯した犯罪者は、現在まで誰1人罰せられていない。
本作、今まで知らない事実を的確に知らしめ、問題の本質を明らかにし、具体的な解決を提示している。数々のエピソードに迫真性があり、作り手の思いが見る者へ伝えられ、構成の手際の良さがある。見るべき1作である。






(文中敬称略)

《了》

3月4日より全国順次公開
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか

映像新聞2022年3月7日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家