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『メイド・イン・バングラデッシュ』
女性の社会的地位と低賃金問題を強調
人権尊重、労働環境の改善促す
「世界の縫製工場」を舞台に描く

 バングラデッシュから若手女性監督作品が登場する。『メイド・イン・バングラデッシュ』(2019年/ルバイヤット・ホセイン監督、製作国:フランス・バングラデッシュ・デンマーク・ポルトガル、95分)である。同国女性の人権の尊重、労働環境の改善を強く促す1作だ。アジアの小国における人々の生きる闘いが、見る側の共感を呼ぶ。特に女性の労働環境の劣悪さの実態が描かれ、アジア圏女性の生き難さが、今一度認識させられる。
 
バングラデッシュは2度の独立を経て誕生する。最初は1947年イギリス領インド帝国解体による印パ分離独立、および1971年の西パキスタンからの独立である。その東パキスタンがバングラデッシュとなり今日に至る。
インドからの独立はイスラム教が、西パキスタンからはベンガル人の民族アイデンティティそれぞれが基盤となっている。バングラデッシュの宗教はイスラム教、国語はベンガル語と若干複雑だ。人口は約1億6400万人、国土は日本の約4割、14万7000平方メートルと、小国の部類に入る。

縫製工場 
(C)2019 - LES FILMS DE L'APRES MIDI - KHONA TALKIES- BEOFILM - MIDAS FILMES  ※以下同様

シム(主人公)

女性たちの集まり

上司に問い詰められる女子労働者

街行くシム

パートナーと共に、シム(左)

値切る外資発注者

国内産業

 本作で強調されるのは、女性の社会的地位と低賃金問題だ。その一端が公になるのは、2013年4月24日にバングラデッシュの首都ダッカ近郊で起きた、8階建てビル「ラナ・プラザ」の崩落事故である。犠牲者は、死者1127人、負傷者2500人以上で、その多くがビルに入居する縫製工場の若い労働者であった。
この事故により、大手アパレルブランドの下請けの実態が世界的に知れ渡り、バングラデッシュの低賃金労働と劣悪な労働環境が明らかになる。
同国は『世界の縫製工場』と言われ、世界のファストファッションの担い手である。そこには「ZARA」、「H&M」、「ユニクロ」、「GAP」などの著名会社が名を連ねている。この外資系大手が、同国の低賃金労働発注元である。 
  


労働者の貧困

 劣悪な労働環境の支え手たる女性労働者と切っても離せないのが貧困である。この国中にまん延する貧困の犠牲者たる彼女たちの日常次元の問題に、ホセイン監督は目配りと配慮をもって対処している。女性が女性のために何かできぬかを考え、思いを巡らせている。そのいくつかの実例を作中に盛り込み、貧困問題の本質への踏み込みを試みている。
物語の舞台は、既述の縫製工場であり、70人近い若い女性たちがミシンを踏み、布を縫っている。この工場労働、年配女性はいない。この労働は体力的にきつく、若手ばかりになっている。彼女たちは1日に10時間以上、週6日働き、稼ぎは良くて月給100ユーロ(邦貨約1万3000円)である。
国家の収益の最も多く占めるのが、同国の有力産業である縫製工業で、全労働者の80%が女性で占められている。その彼女たちの貧困の上にバングラデッシュの経済は支えられていると言っても過言ではない。



貧しい食事

 
女性たちの食事の場面にホセイン監督は注目する。1日の仕事を終え、夕食の材料を買い、家路へと向かう。主人公シムは、家に帰れば、働かないパートナーとの夕食の支度をせねばならない。
彼女の稼ぎにすがって生きる若い男は、サービスのつもりで「今晩は俺が作る」と口にすれば、すかさずシムは「コメがない」と切り返す。また、ある時は、青唐辛子と卵4個を求め夕食とするが、その質素さは日常的で、4個の卵が主菜で、後は米だけといった案配だ。
工場では、各人プラスチックの食器に米と少しのスープのようなおかずが昼飯。日本人ではとても考えられない簡素な食事である。このような食事に耐えながら、女性たちは長時間労働に携わる。これが普通であることをホセイン監督は強調している。ドキュメンタリーに近い手法で、人々の日常をすくい上げている。



男性優位の社会

 仕事に疲れ、帰宅し、夕食の支度をするのは女性の役割で、国によって事情は異なるが、筆者の知る限り、アジア圏は特にこの傾向が強く、わが国でもその例にもれない。気候の良いアジア圏では、男性は仕事もせず、1日中ぶらぶらしていることも珍しくない。
このことは、女性の労働過重負担をもたらし、当然ながら女性の社会進出を阻むことにもなり、ホセイン監督はその点への配慮を忘れていない。女性が3K労働(きつい・汚い・危険)を押し付けられている間は、やはり貧困問題はついて回る。この点が、バングラデッシュの女性の権利の遅れとなっていることが、本作が強く主張するところである。
この問題をどのように解決するかを問うのが本作のメインテーマであり、作り手の視点が女権の向上へと向けられている。



女性労働者と労働組合

 日々の労働で体力的、肉体的に一杯いっぱいの彼女たちの最初の一歩は、労組結成である。ある時、心ある労組の女性指導者の1人、ナシマはシムに声を掛け、労組の集会への参加を勧める。ナシマは、利発で働き者のシムに目を付けたのである。
労組について何ら知識を持たぬ彼女であるが、ある時、給料の遅配に怒る同僚たちが男性上司に掛け合うのを見て、彼女は労働者の集会参加を本格的に決意し、同僚たちと一緒に集会に参加する。
最初は、労組結成の署名集めから始める。次いで、残業代未払の要求には同僚たちは乗り気であった。しかし、男性上司の脅し、夫の反対のため、後退者が続出する。「女だてらに労組とは何事か」との男性からの心ない攻撃に、自主的に動く経験が少ない女性労働者の動きは鈍りがち、よくある話である。
この古くて新しい問題を、丁寧に事実関係を拾い見せる作品の作りはクラシックだが、説得力がある。多くの女性労働者が辛酸をなめる様子が痛いほど分かる。そして、女性の組合運動の指導者の熱い思いは、女性だけでなく、男性の胸を打つものがある。




闘争の壁

 さまざまな圧力にも屈せず、シムは、時に孤立しながら、組合結成の署名を担当役人へ届ける。何としても組合登録のサインを要求するものの、壁は厚い。役所の下部役人に散々待たされ、ようやく責任者と会う段取りをつけるが、この責任者も逃げ腰だ。
政治自身が右傾化し、労働者を安く使い、現状の変化を拒否する政治体制の大波をくぐり、やっとの思いでサインを獲得する。
この初期の労働運動については、既に多くの国々で映画や小説などで描かれ、先駆者の苦しみを知る機会をわれわれは得ている。しかし、同じアジア圏の人々の苦しみが、バングラデッシュでも存在していることに驚かされる。わが国の若者たちの現状肯定的生き方に、一石を投じる重さが本作にはある。
愚直に振る舞う人々の姿を、照れることなく描き上げる思いの強さ、熱量の高さは現在を生きるわれわれにとっても必要なものと考えられる。
本作は、惜しまれながら7月29日に閉館する岩波ホール(東京・神保町)におけるラストの前の上映作品である。数々の秀作を提供してきた同ホールの終盤を飾る作品で、皆が行って見る価値のある作品だ。




(文中敬称略)

《了》

4月16日から岩波ホールほか全国順次公開

映像新聞2022年4月4日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家