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『シング・ア・ソング!〜笑顔を咲かす歌声〜』
軍人の妻たちで結成される合唱団の物語
死と向き合う人たちの支えに
人の心を盛り上げる音楽の強い力

 世の中には、コーラスに取り組む多くの団体がある。その1つ、英国の基地に実在した、軍人の妻たちで結成される合唱団の物語が公開されている。その作品は『シング・ア・ソング!〜笑顔を咲かす歌声〜』(2019年/ピーター・カッタネオ監督、ロザンヌ・フリン&レイチェル・タナード共同脚本、製作・英国、英語、112分/原題"Military Wives")である。笑いあり涙ありのヒューマン・ドラマだが、縦社会の軍隊内の裏方である軍人の妻へ焦点を当てる、発想の面白さで見せる作品だ。
 
時代は英国がアフガニスタンに派兵した2001年を出発点とする、実話の映画化である。当時、ブラウン首相の正念場、01年以来最大の合同攻撃と言われる時期を取り上げている。
本作は、キャタリック駐屯地(ノース・ヨークシャー州、ロンドンから北38?)で撮影された。同地は、軍人の妻たちによる初の合唱団が結成された場所でもある。

コーラス部の軍人の妻たち 
(C)MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019    ※以下同様

リーダー格のケイト(右)とリサ(左)

コーラスの練習風景

アフガン出征のケイトの夫

本番間近の練習風景

戦没者追悼イベントの招待状

戦地の状況の連絡

イベント打ち上げ後のケイトリサ

キーボード前のリサ

指揮するケイト

妻たちの活動

 戦争は男性たちの活躍の場(若干の女性軍人はいるが、その数は男性と比べ圧倒的に少ない)であり、妻たちは銃後の存在となる。駐屯地の宿舎に住む、公務のない彼女らにとり余暇をいかに過ごすかが、軍上層部にとって大きな問題である。
この軍人の妻のリーダー役が、大佐夫人のケイト(クリスティン・スコット・トーマス)と売店の販売主任格のリサ(シャロン・ホーガン)。リサの夫は最近昇進したばかりで、将校ではなく一兵士である。
ケイトとリサは、上官から相談を受ける。ケイトは高等教育を受けたようである。一方リサは、庶民出身の女性と見受けられ、2人はそれぞれリーダーとして振る舞うが、2人の出自の違いからくる行動体系は、かなり異なる。
この裕福な家庭の子女らしいケイト、庶民的で世話好きタイプのリサの違いを物語の展開の軸とするのが、脚本の狙いでもある。 
  


スコット・トーマスの登場

 冒頭、緑の丘陵地帯で車を駆る主役のケイトは、少し疲れたような、目元にクマが浮かぶ表情であるが、検問所では大佐夫人として、明るく陽気にふるまう。そのひとりの人間の落差が目を引く。
筆者は1度、カンヌ国際映画祭のクロージング・セレモニーで、賞を渡すプレゼンターとして登場した本物の彼女を見たことがある。匂い立つような美しさとは、彼女のことであろう。大した女ぶりである。
その上、英国生まれの彼女はフランス語も堪能で、その達者ぶりは、米国女優、ジョディ・フォスターと同じくらいのハイ・レベルである。
車内での疲れたケイトの面持ちは、演出の狙いでもあろう。メーキャップ次第で、老いも若きも本物以上に仕上げるのが映画の世界である。



物語の芯

 
話の運びは、ケイトとリサの合唱団を巡る丁々発止の駆け引きが正面に押し出され、2人の違いがモロに出るところが面白い。
軍の担当幹部からリーダー格の2人が呼ばれ、妻たちが暇を持て余さない有益な活動の会を作ることで相談を受ける。食事会、編み物グループなどが提案され、コーラスも加わる。そして、多くの妻が楽しめる「コーラス」が選ばれる。
正面切って「コーラス」との付き合いのある女性はいない。何とか集めた女性たちは乗り気でない様子がありあり。2人のリーダーの連携も全くチグハグで、まとまりを欠く。この最初の混乱をどのように最後まで持って行くかが、演出の見せどころになる。
カッタネオ監督は、大いに笑わせる喜劇『フル・モンティ』(1997年)で名を上げたことはよく知られている。この作品の舞台、さびれた炭鉱町は廃鉱となり、仕事にあぶれた鉱夫たちが「男ストリップ」を始めると、これが地域の女性の間で評判をとる話で、男女の性意識の逆転で見せる、ヒット作である。
この監督のことだから、奇手、妙手が飛び出すであろうとの期待があり、今作も彼のセンスに乗せられる格好となる。それも女性中心というところに、工夫が見られる。



ソリの合わぬ2人

 大佐夫人のケイトは、学もあり、その上美人ときて、音楽の素養もある。その彼女が、クラシック調の指導をするが、団員たちは全然乗ってこない。リサは「何これ、聖歌隊じゃないのよ」と、明らかに不満の様子。2人のソリがまるで合わない。
生まれも育ちも違う2人の溝は歴然としている。見えぬ階級差、英国社会の一面を表している。物語上、片やお高い奥様風、片や開けっぴろげの気風の良い下町風で、夫は部隊の下士官クラスの黒人ときており、すべてが対照的なのだ。そこが脚本の面白味となっている。



リーダーの大げんか

 とうとう、この2人が大げんかする一場面となる。女性同士の言い合い、これほど凄ましいものかと、周囲が唖然とするくらいのド迫力だ。何とか友情状態を保つ2人であるが。
ある時、ケイトは自身の傷、息子の死についてリサに明かす。ちょうどその折、曲作りを任されるリサは、オリジナルものに取り組み、団員、各人の心に残る手紙の1節をつなげる案を実行中だが、うまく進まず悩む。
そこで彼女は、ケイトが打ち明けた息子の手紙の1節「一緒に笑える日まで」を無断借用し、大騒動となる。カンカンのケイトはリサの娘の夜遊びに矛先を向け「新兵たちに手でフェラをして」とあらぬ攻撃をすれば、受けて立つリサは「フェラは手ではしない」と切り返す。
到底、女性同士の発言とは思えない、キワドイ言葉の応酬となる。エゲツないが、この激しさ、英国女性の性意識の開明度も示すものと、妙に人を納得されるものがある。



晴れ舞台

 コーラスの練習では、主役たる美声の持ち主は極度の対人恐怖症で、人前で歌うことを躊躇(ちゅうしょ)し、ケイトとリサを困らせる。また練習を兼ねた、街中の青空市場でのコンサートではアンサンブル(調和)が乱れ、散々の出来栄え。団員の士気も落ち始める。
リーダー2人の不仲に加え、練習では不調であるにもかかわらず、彼女らは戦没者追悼イベントに招待され、既にロンドンのアルバート・ホールの晴れ舞台で歌うことが決定しており、難題を抱え込む。
このアルバート・ホールに出演するのは大変な名誉であるが、その矢先、団員の若い女性の夫である兵士の訃報が伝えられ、全員、コンサートの実施は無理との方向へ傾く。しかし、戦死した兵の若い妻は、彼との思い出の曲を皆に聞かせ、開催を懇願する。
皆は彼女の深い思いを受け入れ、戦没者追悼イベントに参加へと踏み込む。2人のリーダーも和解し、ロンドンへと団員を導く。
この合唱団の曲選びは、お堅いクラシック調や聖歌を避け、兵士の妻たちがノリノリになる1980年代の有名ポップ・ソングの数々が中心となる。そして兵士たちと妻との間でやり取りされた手紙から引用された1節ずつが歌詞となった、オリジナル曲「Thouthts From Abroad」がアルバート・ホールでの感動を盛り上げる。
もちろん、コンサートは大成功。軍人の妻たちで結成された合唱団は、全国巡演するようになる。
本作でまず言いたいことは、コーラス、音楽は人の心を盛り上げる強い力があることである。死と向き合う軍人の妻たちの心の支えとなり、生きる楽しさを伝えることができる効用が、人にとり重要であることがしみじみと、しかも静かにじみ出る。心楽しいヒューマン・ドラマである。
演出・脚本も手慣れ、人の心に入りやすい。見て、感動し、楽しめる1作となっている。






(文中敬称略)

《了》

5月20日、ヒューマントラストシネマ渋谷・有楽町、グランドシネマサンシャイン池袋他全国順次公開

映像新聞2022年5月23日号より転載

 

中川洋吉・映画評論家