このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『ホン・サンス監督最新作2本同時公開』
ホン・サンス監督の最新作2本同時公開
国際的に評価高い独特の作風
新しい映画の世界に触れる機会に

 現在の韓国で国際的評価が一番高い、ホン・サンス監督による最新作2本が同時公開中だ。1本目は『イントロダクション』(2020年/監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス、製作・韓国、66分、モノクロ、第71回ベルリン国際映画祭・銀熊賞〈脚本賞〉受賞)で、2本目は『あなたの顔の前に』(2021年/監督・脚本・製作・撮影・音楽:ホン・サンス、製作・韓国、85分、カラー、第74回カンヌ国際映画祭プレミア部門出品)である。

 
ホン・サンス監督は今年61歳。米国、フランス留学の後、1996年に長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』で国際的に注目される。2004年には『女は男の未来だ』で初のカンヌ国際映画祭コンペ部門に出品、彼独特の作風で称賛される。
次いで、フランスの女優、イザベル・ユペールを主演に迎え『アバンチュールはパリで』(2008年)、『3人のアンヌ』(12年)、『へウォンの恋愛日記』(13年)まで、続けてカンヌ・ヴェネチア、ベルリンの3大映画祭に出品。その後、海外映画祭での受賞が続く。2022年に、27作目の『The Novelist's Film』で銀熊賞(審査員大賞)受賞と3年連続、4度目の銀熊賞受賞の快挙を成し遂げ、名実ともに国際的監督としてその名を揚げる。

「イントロダクション」 ヨンホ(右)とジュウォン(左)  (C)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」 海に入るヨンホ  (C)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」 海岸のヨンホ(右)と友人  (C)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」 父の漢方病院のヨンホ(左)と看護師  (C)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」 海岸の海鮮レストランで  (C)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」 ベルリン留学のジェウォン  (C)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」 父親(右)とヨンホ  (C)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「あなたの顔の前に」妹(右)とサンオク(左)  (C)2021 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「あなたの顔の前に」散歩中のサンオクと妹  (C)2021 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「あなたの顔の前に」寝ている妹と姉(右)  (C)2021 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「あなたの顔の前に」映画監督(左)サンオク、打ち合わせのひと時 (C)2021 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「あなたの顔の前に」サンオク  (C)2021 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

独自の作風

 現時点における韓国映画の実力は、明らかにわが国より上である。第一に感じることは、作り手の意気込みの違いである。それは「俺はこう言いたい」の作家の姿勢が非常に強い特色がある、熱さと本気度が違う。この若手たちと異なる作風の持主がホン・サンス監督であろう。
筆者も、彼のカンヌ国際映画祭出品作は全部見る機会を得た。そして、最初に感じたことは、サンス作品の退屈さであり、何を言いたいのかが理解できなかった。異なる感性の作風に体がついて行けなかった。
数年前、韓国の国立映画センター「KOFIC」への聞き取り調査のため1週間ほどソウルに滞在し、ある映画大学の教授から面白い話を聞いた。彼曰く、「映画学校の学生たちのごひいきは、圧倒的にホン・サンスであり、彼らの製作作品はどれもこれも彼流である」と嘆いていた。若い感性には、彼の作風が受けている事実をそこで知ることとなる。
最初、彼の作品の退屈さに驚いたが、今回の彼の新作2作品を見て、その理由の一端がのみ込めた。なぜ、退屈なのか。いったい何を言いたいのかの伝わり難さについてである。 
  


『イントロダクション』

 批評する側には、もちろん好みがあるが、どうつまらないかを説明する必要があり、それがなければただの感想にすぎない。ホン・サンス作品のつまらなさを説明するには格好の章があり、「イントロダクション」の第1章を取り上げる。
舞台は、ある医院の一室。院長と覚しき、中年男性が何やら祈っている。「もし、私の願いを叶えてくだされば、私の財産の半分は寄付します」と真剣な面持ちである。何の願いかは分からない。
男性はキリスト教信者(韓国でのキリスト教は盛んである)で、相当の財産を持っている様子。作り手は具体的事実を遅れて提示する表現法で、出だしからして、雲をつかむ話である。
次いで、院長の息子ヨンホが現われる。彼は、何の要件で来たのか、伝えられていない。そこへ、ほんの一瞬、ヨンホのガールフレンドが顔を出す。ここでも大した用件はない。彼女は直ぐ立ち去り、ヨンホは医院の待合室に入る。
そこへ今度は、演劇界の大物俳優が針治療にやって来る。ひととおり針を打ち、院長は2階の院長室へ上がる。青年は、若い時からの顔見知りの看護師と話をする。そして、2人は愛し合っていたと述べ、ハグするように抱き合う。
外は既に雪景色。何ら具体的な話は出ず、時だけが進行する。ホン・サンス流の大胆な説明省略であり、その上、モノクロで、何が何だか分からず、見る側は、ただただ流れに身を任せるだけである。
他の作品と比べ、感触がまるで違う。この辺りが若い映画学徒の感性に訴えるのであろう。ホン・サンス・マジックの一端をのぞいた気分にさせられる。このように、故意に凸凹を避ける手法が見る側にとり、何かに任せられたような気分になるのであろうか。



その後の第2章

 
脈絡を故意に無視する『イントロダクション』の第2章は、舞台がベルリンに変わる。先ほど、一瞬現われたヨンホのガールフレンドが、母親同伴で突然異郷の地に現われる。ベルリンにデザインを学ぶ留学で、そのために娘を女友達宅に寄宿させるための、母親同伴である。
次いで、昨日別れた、ソウルのヨンホがガールフレンドを追ってベルリン入り。起承転結は、まるで関係ない。事象が次々と起こり、考える間もなくホン・サンスの手中に落ち着いてしまう。あっけないほどだ。



第3章

 舞台はまた韓国へ戻り、ソウルから車で行く海辺の海鮮料理店。2人の中年の男女が一杯やっている。そこへ、ソウルから友人を伴いヨンホがやってくる。先着の男女は、第1章の演劇の役者、女性はヨンホの母親。彼女は息子の将来について、役者に相談することがある。
まず、役者は若者たちに「俺の前では絶対に酔うな」と厳命。しかし、この彼が芸術論をぶち上げ、最初に酔う有様。具体的な話は出ず、逆にそこが、若者の将来への不安を掻き立てる作りとなる。



もう1本の新作『あなたの顔の前に』

 今は米国にすむ、往年の大女優サンオクが、ある日、一度は捨てた故郷の妹のところに突然現れる。その意味を明かさない。この辺りは、ホン・サンス流なのだが『イントロダクション』の即興性と比べ、むしろ、ドラマ性が強い。彼の二面性を探る上で、今回の新作2本の上映に納得がいく。
物語の核心は、彼女のもとに、ある監督から作品のオファーが来て、彼に会いに行くところにある。オファーは受けられないと、やんわりと断る。しかし、酒を酌み交わしながらの2人の席で、彼女は徐々にその理由を語り始める。ここが本作のハイライトである。
具体的には語らぬが、何かの病気で死期が近く、短期的なお手伝いならできると申し出る。諦めきれぬ彼は、彼の手持ちカメラで、2日で短編を撮ることを提案、彼女も快諾。
タイトルの意味は、彼女の座右の銘とも言うべきことわざの「あなたの顔の前に天国がある」であり、このおかげで死ぬことが怖くなくなる経緯を監督に話す。死期に臨む、彼女の確固たる死生観だ。
『イントロダクション』では癖のある変化球、『あなたの顔の前に』では死ぬこととは立派に生きる信念を、ホン・サンス監督は披歴する。直球に近い、この死生観だ。
ホン・サンス監督は作品の資質から、シネフィル(映画通)の間にとどまっている感があるが、韓国映画新作2本の今回の上映とは、珍しい企画であり、貴重な映画的体験の機会でもある。
作品スタイルのユニークさは、このよう手法もありと思わせ、新しい映画の世界を提供し、その面白さの意味が分かった現在、筆者も好き嫌いを抜きに、彼の世界に触れる積りだ。






(文中敬称略)

《了》

『イントロダクション』および『あなたの顔の前に』は、6/24(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

映像新聞202274日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家