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『北のともしび ノイエンガンメ強制収容所とブレンフーザー・ダムの子供たち』
日本人女性監督によるドキュメンタリー
子供20人が人体実験で犠牲に
悲劇を語り継ぎ、思いつ継ぐ重要性

 『北のともしび』とは、どのような作品なのか、タイトルだけではちょっと想像し難い。
内容はナチスによる子ども虐待を扱い、監督は日本人女性ドキュメンタリー作家だ。それが、本作『北のともしび ノイエンガンメ強制収容所とブレンフーザー・ダムの子供たち』(東志津監督、撮影、108分、カラー、日本語・ドイツ語・英語/製作:日本)である。地味だが、われわれ日本人が未だ知らない題材で、その内容は深い。

人体実験される子供たち   (C)S.Aプロダクション    ※以下同様

収容所の事務棟

倒れ行く人の像

イザクさん(生存者)のインタビュー

囚人番号の刺青

見学の高校生たち

セミナーの参加者(女性横顔)

墓石の少年の写真

強制収容所

 世界有数の港湾都市として知られるドイツの第2の都市ハンブルグ。この街の郊外に存在したナチスの強制収容所、ノイエンガンメとブレンコード・ダム(ノイエンガンメからブレンフーザー・ダムまでは車で1時間の距離)が本作の舞台である。メインのノイエンガンメの外部収容所に、ナチスの人体実験により犠牲となる20人の子供たちが連れてこられる。
同強制収容所は、第2次世界大戦勃発の前年1938年にナチスにより設置される。そこにはユダヤ人や捕虜、政治犯など、1945年5月8日の敗戦までにおよそ10万人が収容される。
20人の子供たちは1944年11月28日に、アウシュビッツ強制収容所から送り込まれたユダヤ人である。彼らの国籍はフランス、イタリア、オランダ、ポーランド、スロヴァキアと、ばらばらで、5歳から12歳までの10人の男の子と10人の女の子である。
本作の中では、身内の祖父、生き残りの兄弟・姉妹が証言者として画面に登場するが、皆、相当な高齢であり、今後、早急な調査の進展が待たれる。まさに時間との戦いで、ちょうど韓国の慰安婦問題で、証言者が次々に亡くなっている現状と同様だ。 
  


日本人監督 

 ナチスによる虐殺によって、敗戦直後のドイツで20人の幼い命が犠牲になった事件の顛末については、ほとんど知られていない。その知られざる物語を掘り起こし、ドキュメンタリーに仕上げたのが、日本人の女性監督、東志津である。
2010年に映画化のきっかけとなるドイツ人ジャーナリストのルポルタージュを目にし、撮影は2014年に開始、実に12年の年月を掛け2022年に完成する、同監督の苦心の一作である。その間、日本と惨劇の地、ドイツ・ハンブルグ郊外のノイエンガンメ強制収容所には何度か往復し、製作したのだろう。
同時に彼女は、敗戦の混乱で置き去りにされた中国残留婦人の半生を描く『花の夢 ある中国残留婦人』(2007年/日本、97分、ドキュメンタリー)、そして、日本、韓国、オランダの原爆被害者の晩年に迫る『美しいひと』(14年/日本、116分、ドキュメンタリー)を製作し、一貫して戦争の犠牲者たちを追っている。
その間、日本のテレビ・ドキュメンタリーも手掛けている。彼女はカメラを手に各地を回る、弱小プロによる"私ドキュメンタリー"作家と呼びたい。同時に、戦争と弱い人々に寄り添う監督である。



子供たちの紹介

 
冒頭場面では、見学の若い高校生の一団が記念館で学習し、セミナー、インタビューにより、ナチスの犯罪を調べる。
彼らが本作のリード役となり、問題の疑問点の洗い出し、実際の調査で20人の子供たちの存在を少しずつ明らかにする。



ナチスの意図

 アウシュヴィッツ強制収容所から子供たちが送られた理由が明らかになる。彼らの両親は収容所で亡くなり孤児となる。その上、ノイエンガンメでは、結核菌の人体実験に利用される運命にある。
彼らは1945年4月20日の夜、親衛隊の手により吊(つ)るし首にされる。手を下した軍部は早々と逃げ出し、証拠隠滅のため書類を焼却する。軍隊の証拠隠滅に関しては、日本でも同様の話がある。敗戦時、逃げる前に軍上層部は、膨大な書類を焼却している。少しでも証拠を減らし、犯罪の事実の隠ぺいを図っている。



ナチスの残虐性

 ナチスは、約600万人を虐殺したが、この数字は生半可なことではない。例えば、わが国でも320万人の戦死者が出たが、その倍の人々が亡くなっている。
ドイツ人は、ユダヤ人を異質な存在として排除し、多くのドイツ国民はナチスを熱狂的に支持したことは周知の事実である。確かに、過去に反ヒットラーのレジスタンス、あるいは、ユダヤ人を秘かに助けたドイツ人の存在が取り上げられている。それらは事実であるが、数的にはあまりにも少ない。
この20人の子供たちの死という側面から、東監督は事実照射を試み、新しい見方を提示する。大変な慧眼(けいがん)といえる。今後、残るナチスの犯罪として、強制収容所での慰安婦問題がある。
筆者は以前、この問題に触れるナチスもの映画の企画がボツになった話を、ドイツの外電で目にした記憶がある。多分、何かと差し障りがあったと想像できる。次のナチスものの素材になるであろう。



作品の構成

 作りとして、今は記念館となった強制収容所を「静」とすれば、高校生による平和教育が「動」の要素となり、作品は形づけられている。日本でも、被爆の経験を語る、語り部がおり、年老いた語り部が原爆の恐ろしさを伝えている。
本作を見る限り、ドイツでも本来の語り部たちが徐々に亡くなる状況が生まれている。そして、若い高校生たちに彼らの後を継ぐことを託し、戦争体験の風化が抑えられている。非常に組織立った、平和教育がなされている様子が見て取れる。





次世代へのバトンタッチ

 20人の子供たちの死は、惨劇であり、決して許されるものではない。子供たちは全員亡くなり、見学の高校生、残された身内の兄弟、孫たちが惨劇の証人となる。
若い世代の高校生は、この課外の平和教育により惨劇を"思い起こし、いつまでも忘れぬこと"の大切さを学ぶ。その思いこそ将来へつながる希望となることが作り手の主張である。
それこそ、次世代への平和理念のバトンタッチである。旧収容所跡の記念館が、多くの遺族や見学者が訪れる「追悼と学びの施設」の役割を果たしている。





希望と記憶

 亡くなった20人の子供たちの命は返らない。しかし、彼らが心底望んだであろうことが、「自分らを忘れないで」であり、それを受け取る側へ伝えている。
希望と記憶という形で、若い世代の手により戦争のない世界を作ることの大事さが強調される。平和はこの"忘れない記憶"により支えられ、このような地味な努力の積み重ねである。
本作は、悲劇を語り継ぎ、思い継ぐことの重要性を、子供たちの遺言として受け止めている。
なお、本作を上映中の新宿K's cinema (東京都新宿区)では、東監督の過去作『美しいひと』を8月7日、10日に、『花の夢 ある中国残留婦人』を同14日、17日に同時上映する。





(文中敬称略)

《了》

7月30日より東京・新宿K's cinemaほか全国順次公開

映像新聞2022年8月1日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家