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『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』
大ヒットしたテレビシリーズの映画版
英国貴族のライフスタイル描く
秀逸なアイデアで楽しめる作品に

 ちょっと毛色の変わった英国貴族のライフスタイルの優雅さを描く作品が、『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』(2022年/サイモン・カーティス監督、ジュリアン・フェローズ脚本、製作・米国・英国、カラー、2時間05分)である。タイトルのダウントンは地名、アビーは大邸宅を意味する。華やかな貴族社会をグングン見せる作りが魅力となっている。本作は大ヒットしたテレビシリーズ『ダウントン・アビー』の映画版第2弾。いわば人気テレビドラマの映画化で、柳の下の2匹目のドジョウ狙いとも言える企画だ。

登場人物   (C)2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.  

長女メアリー (右から2番目)
(C)2022 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED. ※以下同様

大奥様バイオレット(右)

南仏の別荘にて

テニスに興ずる貴族

従業員一同

ロケの主演女優(右)  

舞台の城

 貴族社会を扱う作品として、舞台に凝らねばならない。地名のダウントンは、英国北東部ヨークシャーにある緑豊かな土地ダウントン村で、スタッフは貴族社会に相応しい、ハイクレア城を居城として選定する。
この城は1000エーカー(1エーカーは約4047平方b)を誇る庭園、そして城と庭園を取り巻く緑と、美しく格調高い城である。作中、場面転換に同城の四季の変化、昼の陽光、夜の月明かりに照らされる城の美しさが、たびたびインサートされ、作品の大きなバックボーンとなる。 
  


登場人物

 時代は20世紀初頭である。テレビシリーズは1912‐25年、映画版第1弾は1927年、そして続編の本作は1928年の設定で、この時代は第二次世界大戦前の大恐慌に入る前、英国社会の爛熟(らんじゅく)期であり、華やかな側面を持つ。
豪華な暮らしの陰でのスキャンダル、相続問題などで揺れるクローリー一家と、彼らを支える執事やメイドたちが織り成す群像劇で、登場人物がやたら多い。その人々の巻き起こす日常的なエピソードを集積させている。
前評判が高く、テレビシリーズはゴールデン・グローブ賞、エミー賞など、数々の栄光に輝く。登場人物が多く、書き手としても人物関係が錯綜し、混乱を来たす場面もしばしばである。



家族構成

 
混乱しがちな家族関係だが、簡単にまとめてみる。城主格にバイオレット(英国の誇る大スター、マギー・スミス/1934年生れ、年老いた婦人の毒舌が鮮やか)、邸を実質的に差配するのは孫娘のメアリーである。
メアリーはしっかり者で、祖母バイオレットの信頼もあり、打って付けの役回り。彼女は最初の夫を交通事故で失くし、2番目の夫は実業家で、ほとんど家に居ず、実質的な未亡人。才色兼備の彼女は寂しい未亡人ではなく、求愛者がおり、そのギリギリの感情を楽しんでいる。
バイオレットの家系をひくのが長男のロバートだが、家のことはすべて長女のメアリーに任せている。



ロケのオファー

 貴族生活を満喫するクローリー一家だが、予想外の出来事が持ち上がる。彼らが住む居城がその偉容を認められ、ある映画会社の目に止まり、ロケに利用する依頼を受ける。
映画史においても、1928年はサイレントからトーキーへ移る時代である。脚本は1928年と設定するが、この映画界の大転換も想定に入っていたと当然考えられる。
多額の謝礼が提示されるものの、当主であるメアリーの父親は生来の保守的な人物で、難色を示す。しかし、城を仕切るメアリーは、城の状態を把握しており、屋根裏に父親を案内する。そこの雨漏り状態を見せ、彼を納得させる。そして、高額な謝礼で城の修理をすることになる。
筆者の個人的体験だが、滞仏の折、ロワール川周辺の城巡りをした。その時、城に住みながら、観光客から入場料を取り、一部を公開しているケースに出会った。貴族の中には財政的に苦しむ人々がいることを知った。



ロケ隊登場

 英国の片田舎に大スターを伴い乗り込むロケ隊は、城の住人にとり大ニュースであり、特に従業員たちはスターの顔が見えるとウキウキする。
ロケに場を提供すると、大々的に撮影の機材を持ち込み、50人から100人の人間が動き回り、内部はかなり傷む。筆者だったら、映画やテレビのロケには絶対に貸したくない。
クローリー家は、背に腹は代えられぬと、謝礼は城の修理費に回すあたり、貴族は貴族なりの苦労があるようだ。



貴族のたしなみ

 『ダウントン・アビー』シリーズの魅力の1つは、貴族の暮らしぶりに接するところにある。貴族は食事、お茶の時間には皆服装を変える。ヨット遊びの紳士たちはソフト帽、ダブルのジャケット、そしてコンビの靴で極める。
女性の服装も、もちろんドレスで、生地が凝っており、衣装担当は古い高級生地店から当時の時代モノの生地を探し使う。つまり、いつも正装が彼らの流儀で、彼女たちは大変なおしゃれ好きである。
画面での、サロンの集まりには、必ずアルコール類を手にしている。昼ならシャンペン、食前ならウィスキーといった具合だ。この辺りの時代風俗に接することも本作の楽しみだ。





突然、転げ込む遺産

 ロケ騒動と並ぶ出来事が、バイオレットに突然、南仏の別荘が遺産として転がり込む段である。誰がこの遺産を残したのかが謎となる。
種を明かせば、話は50年前に戻る。バイオレットは昔、フランス人侯爵モンミライユと愛し合った経緯があったものの、2人は結ばれずこの話はお蔵入りとなり、現在に至る。
死期間近いバイオレットは、初めて恋の行方について語る。別れた侯爵は亡くなり、遺産としてフランスの別荘の一部を彼女に贈る。彼女は何も遺産を手にしていない、亡き三女シビルへ残すことを決める。その遺産はシビルの子どもたちへ贈られる。他の子供たちは応分の遺産を手にし、シビルだけがもらっていない遺産の埋め合わせになる。
遺産の礼を伝えるために、クローリー家の大奥様バイオレットの長男ロバートは、モンミライユ侯爵がいる南仏を訪れる。侯爵の母親役にフランスの大女優ナタリーバイ(1948年生れ)が扮(ふん)している。以前の彼女を知る者にとり、別人のように変わった彼女の姿に驚かされる。





最大のハイライト

 邸に陣取った撮影中の監督に電話が入る。用件は撮影中止。サイレントは時代遅れとプロデューサーからの中止命令だ。スタッフ・キャスト全員失業。そこで監督は奇手を打つ。残りのワンシーン、ディナーの撮影で城の従業員を全員出演させることを思いつき、メアリーの承諾を取る。
ここにきて、従業員は映画に出られるとばかりノリノリになり、早速、ディナーの衣装に着替え、席に着く。思ってもみない映画出演、生涯の夢を果たしたとばかり、皆ニコニコ。無事に撮影終了。意気上がるスタッフ、監督もメアリーも大満足。
この撮影、主従関係が逆転し、貴族社会の裏方を表に出す奇策である。普通では考えられぬ行動だが、ここに階級の逆転の発想が見られる。作り手の最初からの狙いであろう。
本作、遺産問題、サイレントとトーキー、そして無産階級の台頭などのアイデアが生きている。前半、貴族たちのライフスタイルの描写は、見ていてばからしくなるが、そこを秀逸なアイデアがカバーしている。見ていて楽しい1作だ。





(文中敬称略)

《了》

9月30日全国公開

映像新聞2022年9月19日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家