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『シスター 夏のわかれ道』
人生の選択を迫られた若い女性の葛藤
並ではない演出・脚本の出来
中国固有の社会的視野を織り込む

 年の暮れに近付くと秀作がボチボチ出そろう。邦画では『夜明けまでバス停で』(10月7日公開)、『土を食らう十二カ月』(11月7日公開)、『あちらにいる鬼』(11月11日公開)、『ある男』(11月18日公開)などが筆者のベスト・ワン候補である。圧倒的な韓国映画の熱量に負けている日本映画の現状だが、これらの邦画にはコシがあり、一見に値する。外国映画ベスト・テンには、今回紹介する『シスター 夏のわかれ道』(以下『シスター』)(2021年/中国映画、127分)を推す。
 
 
『シスター』の製作陣は、イン・ルオシン監督、ヨウ・シャオイン脚本と中国の若手女性が中心で、2人共36歳の同年、大学の同期で親友の間柄だ。
この2人のコンビが紡ぐ本作は、物語性に優れ、しかも、社会的視野の織り込みも十分である。中国における若手の才能の力量を感じさせる。


大泣きの弟(左)を姉(右)
(C)2021 Shanghai Lian Ray Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved    ※以下同様

養子候補家庭からの逃げ帰り

打つ手なしの姉(左)と心配気に見守る弟(右)

主演 チャン・ツィフォン

叔母(右)、姉(左)

マージャン狂の叔父(中央)

お葬式

悪ガキの弟

川辺の姉

社会的視野

 主人公は、若い医師志望のアン・ラン(チャン・ツィフォン/中国の若手の人気女優、ボーイッシュなたたずまいが魅力)と、顔を合わせたことのない6歳の弟アン・ズーハン(ダレン・キム/想像を絶するいたずら坊主、演技は未経験、彼のわがまま振りは珍品)の2人。
彼らの後方に、中国固有の社会性が塗り込められている。一番大きな問題は、1979年から2015年までの一人っ子政策。多くの弊害が生じ、2015年以降は停止している。
この政策は、1組の夫婦につき子供は1人までの制限といった内容。実際は、子供2人以上の夫婦もおり結果的には人工中絶が余儀なくされ、人道上の問題となる。
本作の舞台は四川省の省都・成都で、辛さで知られる四川料理の本場。作中の葬式が独特だ。
葬儀の待ち時間に参列者がマージャン卓を囲む習慣がある。マージャンは、彼の地では葬式にはつきものだそうだが、日本の葬式でマージャンをやれば「バカモン、不謹慎」と、怒鳴られること必定。中国の場合は縁起が良いとされる。 
  


事故現場

 ある交通事故の現場、警察や消防でごった返している。その中に短髪の男の子のような少女が立ち尽くす。ショートカットで短パンのいでたちの彼女は、両親を交通事故で亡くしたばかりで、なすすべもない。この時点から複雑な糸を解きほぐすように物語が語られる。


姉、アン・ラン

 
1人取り残されるのが本作の主人公、アン・ラン。彼女は元々医師志望だが、今は看護師として病院勤務。病院での日々の仕事、受験勉強、その上、子供の押し付けで1人苦しむ。さらに、親戚たちは、残された遺産のマンションのお裾分けさえ狙う。
ここに、作り手が描きたい人間像がはっきりと打ち出される。主人公のランは両親との折り合いが悪く、幼くして家を飛び出し、1人で生きてきた少女である。現在の中国社会で少女1人が生きることが出来るのであろうか、ちょっと不思議な気がする。
独立独歩の彼女の生き方には、作り手の願望が込められ、若い女性の自立の強い意志と生きざまが、アン・ラン像には刷り込まれている。この自立志向の少女に、分からず屋の弟を配し、相いれぬ2人の化学反応が、本作の見せ場であり、ハナシがうまいのだ。
年の離れたアン・ランと弟のアン・ズーハン。交わるはずのない2人が一人っ子政策のせいで結び付けられる。この一人っ子政策の最大の失敗は、跡継ぎの男の子だけを大事にするところである。中国社会の男尊女卑の社会通念がはびこる現実に対し、女性の側からの批判となっている。



仇敵の2人

 姉のランと弟のズーハンは、両親の残したマンションで生活を共にする。ズーハンの学校の送り迎え、彼は学校へ行くことをぐずるが、ランは彼の意向を無視し、ぐんぐん手を引く。
陸橋の途中でズーハンは座り込み、道行く人に訴えるように大泣きする。人々は「児童虐待」と勘違いし、彼女を責める。ここは気の強い彼女、「そんなにうるさく言うなら連れて行けば」と彼女を非難する人を一蹴。姉に突き放されることを警戒するズーハンは、シブシブ姉に従う。
彼女にとり、突然現れた弟は全く面識がなく、彼女の行く手を阻む「小さな邪魔者」なのだ。
ある日の朝食時にズーハンは、亡き母の手作りの"肉マン"がないと大騒ぎ、一歩たりとも動かぬ様子。姉のランは、「朝食抜きならそれでいい」との扱い。ここで、世間中に聞こえる大泣き。彼女もウンザリの態。
このチビ弟は、人の気を引くことは天才的にうまく、まさに2人は仇敵(きゅうてき)同士。彼らは、今後いかにハナシを付けるのか、ラストの見どころが用意される。
叔母は、自分は女だから進学できなかったと、愚痴の連発で、当然とばかりズーハンをランに押し付ける。
彼女は、弟のせいで自身の医師志望が危なくなることを恐れる。



意外な人の善意

 姉、アン・ランは親戚中に、弟を養子に出して身軽になると宣言し、引き取り先を探し始める。しかし、引き取り条件が合わない。最適と思われる、穏やかで子供のいない夫婦は、今後弟には絶対会わないことを条件として出す。
その夫婦を紹介したのは、両親をひき殺した車の男性である。マージャン狂の叔父は、飲酒運転での事故だからと、保証金をふんだくることをけしかける。しかし、実際は単なる事故死で刑事事件とは見られず、逆にその男性がアン・ランに裕福な夫婦をズーハンのために紹介する。
人間のエゴの対立を描く半面、両親の交通事故の加害者の男性が差し出す善意の手もあり、ズーハンの養子縁組先まで決まる。





2人の和解への一歩

 常に姉の目の色をうかがい、気を引こうとする弟のズーハンは、純真な子供ぶりとは程遠く、わんぱくで、こずるく、この辺りのズーハンの芝居は笑え、一見の価値あり。
一方、アン・ランは、うるさい弟に付きまとわれ、この世の中、何が面白いのかと言わんばかりに、四六時中浮かない表情。しかも、大学受験も心配になり始める。
こんな折、ズーハンは病院の窓から落ちる(多分、姉の気を引くための悪ガキの企みかもしれぬ)。知らせを受け、現場に直行する姉、彼は彼女におんぶされながら帰宅。この事件を機に2人の隔たりは小さくなる。
ズーハン曰く、「背中は死んだママの匂いがする」と殺し文句。うまい一節だ。





揺れる心

 憎っくき悪ガキ、ズーハンへのとげとげしい気持ちも和らぎ、彼の養子縁組の話も進み、2人の和解も見えて来る。作り手は、結末をはっきり示さない。
姉弟のファミリーもののスタイル、姉と疎遠な家族との関係、危うく社会的孤児になりかける悪ガキの弟、人間味あふれる登場人物の存在は抜群に面白い。
そのファミリーを取り巻く、失政とも思える過去の一人っ子政策の陰影が、社会の大きな負の遺産で圧力となる状況。ハナシの作りが巧み。また、大きなテーマは、先述のように、1人の若い女性の強い自立の意志の表明である。
これだけのテーマを諄々(じゅんじゅん)と押す、演出・脚本の出来は並ではない。見る価値のある作品だ。





(文中敬称略)

《了》

11月25日(金) 新宿ピカデリー、 ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

映像新聞2022年12月5日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家