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『The Son/息子』
劇作家として高評価の新人監督初長編
自身が執筆した戯曲を原作に
家族関係を考えさせる愛憎物語

 家族関係を考えさせる秀作が公開中である。それは、英国・フランス合作の、新人監督長編第1作にあたる『The Son /息子』(2022年/フロリアン・ゼレール監督・脚本、クリストファー・ハンプトン脚本、フロリアン・ゼレール原作戯曲『Le Fils』、123分)である。製作は英国のテレビ局BBCと並ぶ、同国で良質な映画作品を送り出す「チャンネル4」であり、この製作布陣からして、良質な作品であることが想像できる。

 
英国・フランス合作の本作、舞台はニューヨークの個人のアパルトマン。ここで繰り広げられる、家族の愛憎物語である。
ゼレール監督のデビュー作『ファーザー』に続いて、自身が執筆した戯曲を原作とする2作目の映画化。フランス生まれで41歳の彼は、英米では劇作家として高く評価されている。その彼の筋の良さは、本作でも十分証明されている。

元妻との一家団欒
 (C)THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED. ※以下同様

ピーターと息子

ニコラス

ニコラスの窮状を訴える元妻

新妻とピーター

元妻とピーター

新妻と乳幼児

アンソニー

ピーター

登場人物

 主たる登場人物は、ピーター(ヒュー・ジャックマン、オーストラリア出身)で、彼は2度の結婚をし、最初の妻ケイト(ローラ・ダーン)の間には17歳の息子ニコラス(ゼン・マクダグラス)がいる。
ピーターは数年前に2人目の妻ベス(ヴァネッサ・カービー)と再婚、一児をもうける。舞台設定は演劇的仕様であり、密度が濃い。この辺りは、劇作家でもあるゼレール監督の手腕が光る。 
  


主人公ピーター

 物語の核は、主人公ピーターの出自と現在である。
一流の弁護士の彼は、ニューヨークの摩天楼の一角にオフィスを構え、近づく上院選挙には選挙参謀のオファーを受けるほどである。摩天楼の景色を背にして働く彼は、将来を約束されるエリートで、今後の活躍がさらに期待される。
家庭では、年の若いベスとの間に乳児セトと、人もうらやむセレブの生活だ。その彼の出自に一つ問題があり、ここが物語の伏線となっている。
父親アンソニー(名優アンソニー・ホプキンス)も家族を棄(す)てた身で、息子ピーターには生来父親コンプレックスがある。この父親像のとらえ方が、本作の全体の底流となり、見せ場を作っている。



元妻ケイトの突然の訪問

 
仕事から戻り、ピーターはかわいい息子に目を細め、家庭の幸せを味わう。妻のベスも同じ気分である。
そこへ、ベルが鳴り、玄関口に何かおびえた様子の元妻ケイトが立っている。その姿にピーターもちょっとたじろぐ。彼女の言によれば、母親と暮らす1人息子ニコラスの様子がおかしく、彼に助けを求める様子が見て取れる。
何事かと、玄関口に赤ん坊を抱えるベスが顔をのぞかせる。夫と元妻の3人、何とも気まずい場面だ。これが作品の毒であり、原作・脚本の巧妙な狙いだ。
ピーターは取りあえずケイトの話を聞く。息子ニコラスはこの1カ月、登校拒否であることが学校からの連絡で知り、そのことを元夫に相談に来たのだ。ケイト宅ではニコラスの母親への憎しみがあらわとなり、ピーターに何とかしてと頼み込む。
もはや、17歳の息子のことなど頭にないピーターもこれには驚き、翌日、息子に会って話すことを約束する。新しい生活で順風満帆の彼にとり、息子に水を差された感があり、現妻のベスの不機嫌も気になるところ。



父と子

 気が進まない父親ピーターは、翌日息子と話す機会を作り、物事が悪い方向へ行くのを阻止すべく努力をする。ピーターとて元来親に捨てられ、ガリ勉で上級学校に辿り着いた身であるが、本質的な気の善さもあり、厄介とは思いながら息子の話を聞く。
しかし、当のニコラスの語ることが全く要領を得ず、2人は同じことを一方は飛行機、他方は汽車に乗るような、かみ合わない議論を交わす。話せば2人の議論はどんどん離れて行く。
ここで見るべきことは、殴り合い寸前の激論でも2人は何とか言葉を重ね、解決を探ることである。分かりやすく言えば、どんな難しい事態に陥っても、手は上げない、言葉への信頼がこの親子の口論を見て、今更ながら「言葉を尽くす」、西欧文化の一端を垣間見た思いだ。
言葉の重要性が身に備わっている。大切なことだ。原作者でもあるゼレール監督の見識の高さが際立つ。



その後のニコラス

 息子ニコラスと母親との間の意思疎通は相変わらず不調で、彼は父親ピーターの意向もあり、父親の住居に身を寄せる。
これで、一見落着かと思えば、事態はそれほど簡単には運ばない。今度はニコラスとベスが対立し始める。彼は、ベスの略奪婚による家庭の崩壊を責める。努力し平静を装うベスも堪りかね赤子を抱え里へ戻る。
ピーターは自身の体験と照らし合わせ、息子が登校し勉学に励むことを願う。彼は父親のアンソニーに窮状を訴えるつもりで郊外の豪邸を訪れるが、散々な目にあう。
父親アンソニーはリアリストで、ピーターの母親が亡くなる時も仕事優先で、病院へも顔を出さずじまい。もちろん、アンソニーにとり苦い過去であるが、それを跳ね返す強さがある。リアリストの彼は「50歳の男が未だ10代の過去を引きずっている」と喝破し、経験の厚みの違いをまざまざ見せつけ、ピーターは腰砕けとなる。





息子の病い

 非登校、強度の引きこもりとニコラスの病名は付くが、彼の心の奥には、ピーターに棄てられたという不信感が根付く。精神科医は、彼の病状はもはや愛情の有無ではなく、出来れば入院を勧める。医学的には正解だろう。
しかし、年の若い彼は、医者から提案された治療方法を断固として拒否し、自身を混迷の中にさらに追い込む。




最後の反抗

 ニコラスにとり、愛情だけでは取り戻せない段階に来ており、自分自身の居場所を失う。彼を一番傷つけるものは両親の離婚であり、八方塞がりとなる。
アンソニーの言のように、自分自身をもう一度育て直す以外、先へ進む方法はないと、作者ゼレール監督は発言している。
暖かくあるべき家族間でも、時に異物が入り込み、それに対抗すべきは自己自身と、作品は主張している。







(文中敬称略)

《了》

TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中
映像新聞2023年4月3日掲載号より転載

 


中川洋吉・映画評論家