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『帰れない山』
山麓の小村で出会う2人の少年の友情
圧倒的な大自然を背景に描く
人生を考えさせる力強さと清涼感

 イタリアから名画と呼ぶに値する『帰れない山』(2022年/監督・脚本:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ、イタリア・ベルギー・フランス/イタリア語、147分)が上映中である。原作は現代イタリア文学を代表する作家、パオロ・コニェッティの国際的ベストセラー小説(新潮クレスト・ブックス)だ。
 
時代は1984年の夏、背景は北イタリア、モンテ・ローザ(4634b)山麓の小村グラーノ村。スイスとの国境が近く、絶景が打ち続き、近隣には大都市ミラノ、トリノが位置する。
この大自然は、本作『帰れない山』の重要なテーマの1つ。夏は緑に彩られての登山、ハイキングの地、冬は雪に覆われ、外部から遮断されるへき地。山好きを引き付ける。

少年時代の親友
 (C)2022 WILDSIDE S.R.L. - RUFUS BV - MENUETTO BV -PYRAMIDE PRODUCTIONS SAS - VISION DISTRIBUTION S.P.A.     ※以下同様

ピエトロの父親に連れられての初めての氷河登山

2人で家を建てる

氷河登山

山の2人

新しい家での2人

ピエトロの父の遺稿を読む

草原のブルーノ

一息つく2人

草原のブルーノ一家とピエトロ

雪山の2人

登場人物

 2人の12歳の少年が作品の主人公。少年の1人ピエトロは、夏の避暑にトリノから両親と訪れる。父親のジョヴァンニはトリノの工場のエンジニア。この彼は大の山好き。母親のフランチェスカも自然大好きな心優しい人柄。
もう1人の少年ブルーノは、地元の酪農家の子で、いわゆる牛飼いの山の子である。彼が住むグラーノ村は、昔は183人、現在は14人の住民が住む、山間(やまあい)の絵で描いたような過疎部落。そして、ブルーノは「この村で最後の子」といわれる頼りない存在である。
2人とも12歳の時に、この山間の村で出会い、友人の少ない2人は親友となる。彼らは村を駆け回り草原や川で遊び、時に廃墟を探検したり、ブルーノの酪農の仕事に手を貸したりと、彼らが友人なるのは必然である。 




2人の少年の家族

 都会っ子のピエトロの家族は、一軒家を借りひと夏を過ごす。ピエトロの父親ジョヴァンニは、2人の少年を登山に帯同し、彼らを山好きに育て上げる。ブルーノの父親は出稼ぎで長いこと家を空け、1人残されたブルーノはまともな教育を受けず、丸ごと山の子といった風情である。
ブルーノは決して頭の悪い子ではなく、ふびんに思うピエトロの母親フランチェスカが、教育を受けさせろと勧めるものの、一緒に暮らしていない父親が息子のトリノへの進学を邪魔する。「牛飼いに教育はいらない」とばかりにブルーノを出稼ぎに出し、2人の少年の仲は途絶える。
壮大な山の自然への思いは2人の心に根付き、物語は後半へとつながる。原作者のパオロ・コニェッティの導入部の誘い込みのうまさが光る。まさに「山なくして物語は存在せず」だ。 
  


カントリー調の音楽

 音楽は、アルプスの山々と正反対のごっついリズムで押すカントリー調。このリズムが、山々の壮大な景色の中にポツンと投げ入れられる。ミスマッチと思わせる、大自然とカントリー調のリズムは一見有り得ない融合だが、印象深い。
音楽担当は、1983年生れのスウェーデン人、ダニエル・ノーグレンであり、日本では未だ知られていない。



2人の再会

 
トリノへ戻るピエトロ、青春の定番「反抗期」を迎え、父親ジョヴァンニと事あるごとに対立する。一緒に出掛けることを嫌い、夏の休暇も共にせず、後に家を出ることになる。
親友ブルーノは、故郷に戻り、酪農家としての道を歩む。ピエトロは、人生の目標が定まらず、自身の言にある通り「学生時代の延長」と公言し、未婚で定職に就かずじまいである。彼に登山を教え込んだ父親ジョヴァンニが亡くなったのが、ピエトロ31歳の時である。
彼は15年振りに懐かしいグラーノ村を訪れ、ブルーノと再会する。2人にとり久しぶりの顔合わせであり、演じる役者もピエトロにルカ・マリネッリ、ブルーノにはアレッサンドロ・ボルギが扮(ふん)する。2人とも30代後半の人気美男俳優である。



父親の思い出

 成年となり再会する2人に心打たれる話がある。
15年ぶりに懐かしいグラーノ村へ、ピエトロが訪ねる。村に残るブルーノは、家業の酪農農家を継ぎ、乳しぼり、牛追いの毎日を送る。長い間、父親ジョヴァンニと音信不通であるピエトロは彼のその後を知る。彼は毎夏グラーノ村を訪れ登山を楽しみ、この村が彼にとり理想の地であることをブルーノから伝えられる。
そして、山に家を建てて欲しいとブルーノに頼む。ジョヴァンニとブルーノは、ピエトロ不在の長い間、本物の親子のように付き合いを重ねる。何という友情の厚さか、涙が出そうな話だ。
この意外な事実は、ブルーノのピエトロへの友としての熱い思いが感じられ、友情の美しさが際立つ。



父親の日記

 さらにもう1つ、思いもよらぬ事実をピエトロは知るところとなる。
ピエトロは、昔3人で登った山の頂上にある十字架を久しぶりに見に行く。この十字架を安定させる石ころが敷かれ、その下から1冊のメモを発見する。親子の山登りの際に残した父親の日記である。
そこには、2人での初めての登山は人生最高のものと認(したた)められ、ここで初めて父親の、人生で一番の温かい愛情に触れる。息子にとり後悔の連続だ。





2人の家

 旧友2人がジョヴァンニを偲び、山小屋を自らの手で建て、2人の夏の家は出来上がる。そのころ、長いこと独身のブルーノは結婚し、一女をもうけ、本格的に酪農家の道を歩み始める。彼は、農業の近代化のため多額の借金をし、迫りくる工業化に立ち向かうが、これが2人の運命を変える。
ピエトロは相変わらずの独身で、夏のグラーノ村以外は街のレストランで働き、さらに、ネパールにも足しげく足を踏み入れる日常となる。アルプスとヒマラヤと、2人の拠点は変わるが、山、大自然への同じ思いは変わらない。




2人の永遠の別れ

 ブルーノは時代に合う近代的酪農を目指すが、資金繰りが思うようにならず、牧場を手放し失意のどん底に沈む。ちょうど、彼を訪ねたピエトロと些細(ささい)なことで口論となり、売り言葉に買い言葉で山小屋を出てしまう。これが、彼らの最後となる。
イタリア・アルプスのモンテ・ローザ山脈の大自然の山麓と、グラーノ村を背景とする本作は、友情、父親、自然、人間の基本的な生きる姿勢、農業の近代化の負の一面をテーマとし、1つひとつが独自の輝きを放ち、生きる困難さに拘らず、清々しさを秘めている。この点が、原作の持ち味で、多くの読者を引き付ける因である。
少年2人の友情、父親の無言の愛情、圧倒的な北イタリア・アルプスの大自然、どれも本作を見る者を、時に苦くはありながらやさしく包み込む。人生を考えさせる力強さと清涼感に満ちている。名画である。





(文中敬称略)

《了》

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映像新聞2023年5月22日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家