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『告白、あるいは完璧な弁護』
韓国からミステリアス・スリラーの秀作
着想に面白さ 構成を複層化
2つの事件で浮かび上がる真実

 韓国からミステリアス・スリラーの秀作がお目見えする。好調を維持する同国映画の注目すべき1作『告白、あるいは完璧な弁護』(以下、『告白』)(2022年/監督、脚本:ユン・ジョンソク〈31歳、長編2作目〉、韓国、105分)である。筆者が頭を抱えるほどの難解さがあるが、発想のユニークさで見る側を迷宮へ誘う力があり、ハナシとして第1級の面白さがある。同時に謎解きの妙も味わえる。
 
出だし、真冬の雪で覆われる山並み、雪の中を行く車を追う空中撮影のヘリコプターは神秘的な印象を与える。まさに、これから何かが起こる雰囲気に満ち、冒頭の滑り出しが良く、期待を持たせる。

火花を散らすユ社長とヤン弁護士
 (C) 2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.     ※以下同様

被疑者ユ社長

不倫カップル

ハン・ヨンソク

キム・セナ

ユ社長

ヤン弁護士の聴取

ヤン弁護士の追及

事故車の前のキム。セナ

登場人物と舞台

 この山に2つの舞台が設定される。1つは主人公の会社社長が時々使う山奥の別荘、雪の中にただ1軒ポツンとたたずむ風景は異様だ。もう1つの舞台は麓のリゾートホテル。ここで事件は起きる。
登場人物は、既述のIT企業の社長、ユ・ミンホ(ソ・ジソブ)。そして彼と対峙する敏腕女性弁護士、ヤン・シネ(キム・ユンジン)、ミンホ社長の若い愛人でつい最近別れた、超美人のキム・セヒ(ナナ)、ガレージ工場のオーナーであるハン・ヨンソク(チェ・グァンイル)の4人がメインである。
特に、ミンホ社長と無罪弁護士の異名をとるヤン・シネ弁護士の丁々発止のやり取りは見応え十分。後半部に顔を出すヨンソクは、事件の構図を根底からひっくり返す役割を担う。この一癖も二癖もある4人の壮絶な知を尽くす刺し合いが、本作『告白』の魅力だ。 
  


事件の全容

 事件の当事者はユ・ミンホ社長と彼の愛人セヒ。彼は山のホテルでの女性(セヒ)殺人の疑いを掛けられている。犯罪はホテルの部屋で実行された。疑いは当然彼に向かう。密室殺人で、しかも目撃者も皆無の状況では、ミンホ社長が疑われても仕方がない。
だが、一度は逮捕された彼は翌朝釈放される。いわゆる、犯罪を犯した上級国民が収監されず、野放しにされることはわが国でも珍しくないが、同じことが韓国でも起きている現実がのぞく。
被疑者のミンホ社長は、早速、有罪を無罪に変えることで評判の女性弁護士ヤン・シネとコンタクトを取る。
待ち合わせ場所はミンホ社長の会社の山荘、そこへヤン弁護士は雪山の中を車で駆けつける。メディアの目を避け山奥の場所を選ぶが、その手前には警察の車がすでに張っている。
人里離れる雪山の別荘、そして警察の張り込み、そこへ、限りなく黒に近い殺人容疑者から弁護依頼を受けたヤン弁護士が1人で乗り込む。
彼女は、無罪獲得のためあらゆる情報を求める。警察と同じ手法で、その供述の不審な点、不合理な個所を突っ込む。受けるミンホ社長も、激しい社会競争に打ち勝ち、現在の社長のポストを手にしただけあり、一筋縄ではいかない。したたかなのだ。
日本の経済評論家の一節では、会社内の権力関係で一番人が善いのは副社長だという。社長になる人物は権謀術数を駆使し、トップにのし上がる人間性に問題ありとしているが、一理ありそうだ。
このIT企業のトップであり、自分の利益のためなら何でもする相手に、ヤン弁護士は負けじとばかりに対抗し、自分のシナリオを描く。これが彼女の無罪獲得の手法であり、すきが無い。
2人の話し合い(内容はむしろ尋問)は、セヒ殺人事件後である。不倫の2人は既に2カ月前に別れているが、彼らは不倫をネタにする大金要求の電話を受け、今一度会う。釈放から2カ月の間の行動で調べ上げたヤン弁護士は、自分なりに事件を組み立て、そこから説明のいかぬ点をすくい上げる。頭脳明晰なヤン流だ。



脚本の複層化

 
もう1つの異なる筋書きが後半部分に差し込まれる。この着想が鮮やかなのだ。まるで関係ない2つの筋書きがつながる。予想を超える方向へと物語は進む。
そして、この後半部で、ガレージ工場の中年男ヨンソクが3人の間に割って入る。その彼はいったいどのような人物なのか、彼はどのような役割を担うのか、見る側には見当が付かない。
ヨンソクの登場は、物語の内容を一転させる要因となる。先述の山のホテルで落ち合ったカップルは、共に不倫で脅かされており、誰かが裏で糸を引いている模様だ。
この第2の事件から、作品のトーンがミステリアス・スリラーの色を濃くし、筋の運びにも、緊張感が張り詰める。見知らぬ人間が実は脅迫者であるが、脅かされる方は気付かない着想、ひねりが効いている。



自動車事故

 2カ月前の不倫カップルの再会。彼らは逮捕歴があり、不審に思うホテルのフロント係の女性が警察へ通報。それが、第2の事件への発端となる。2人はこの段階では殺人は犯しておらず、取りあえず、2人でホテルから逃げ出す。車内は、何とも気まずい空気が漂う。女性は彼に未練がある様子と、ミンホ社長はヤン弁護士に供述する。
その後、突然事故が起きる。2人の車の前にシカが飛び出し、ハンドルを切るが前を走る車に衝突。単なる接触事故と思ったミンホ社長は帰社し、会社の顧問弁護士にその車の処分を命じる。
別に死亡事故でなく、大したことはないと踏んでの行動だが、セヒが事故車をもう一度確認すると、車中に虫の息の若い男性を発見。この青年の状況をミンホ社長に報告したが、セヒはこのことでミンホ社長とかかわることを嫌い、1人で下山する。ミンホ社長はまだ息のある青年を車中に残し、独力で車を湖底に沈め一件落着とばかり、普段の仕事に戻る。
一方、不倫相手のセヒは、自分は殺人を犯しておらずとも、虫の息の青年を車中に残したことに良心の呵責(かしゃく)を覚え、青年の財布の中の名刺を頼りに電話で詫びる。その相手こそ青年の父親ヨンソクである。
初めて事情を知る父親は、復讐心に燃え、息子のあだ討ちを決意する。そして、彼の妻がホテルのフロント係をしていることに目を付ける。このあたりは偶然性に頼り過ぎ、話が出来すぎている。彼女は、ホテルの部屋の鍵を持ちだし、夫ヨンソンが部屋に忍び込む手助けをする。
ミンホ社長とヨンソクとの絡み、ホテル・フロントの妻が鍵を夫に渡し、密室のはずの部屋へ侵入の場面、もう少し説明が欲しい感はある。
最終的に、死人に口なしとばかりに、自動車事故と若い男性の殺人の露見を恐れ、ミンホ社長は不倫相手のセヒを殺す。大変複雑なつくりで、見ている方の頭が混乱しそうになる。
構成としてのミステリーの複層化は、監督・脚本のユン・ジョンソクの発想の緻密さを抜きには語れない。またしても、韓国から新しい才能が飛び出したと言える。
さらに、ミステリー・サスペンスには、別の意図が背後にある。韓国の、官界・財界のつながりの強さである。本作で、この国内政情の一端を見せているのではないだろうか。
これだけの着想の面白さ、難解な点はあるが、傑作の部類に入る作品だ。ミステリー好きにもお勧めしたい1作だ。





(文中敬称略)

《了》

6月23日(金)より、シネマート新宿他にて全国公開

映像新聞2023年6月5日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家