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『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』
整備のため1年半の休館時にカメラが入る
多面的に触れる美術館の実状
日本の文化行政の問題点にも迫る

 見ていて面白い、美術館を扱うドキュメンタリー作品『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』は、美術館の全体像を知る上で興味深く、私的好奇心を刺激する一作だ。監督はNHKのドキュメンタリー・ディレクターを務めた大墻敦(おおがき・あつし)、105分である。きわめて芳醇(ほうじゅん)な日本酒を口に含む趣がある。
 
国立近代美術館(以下「西美」)のコレクションは、旧川崎造船所(現川崎重工業)の初代社長、松方幸次郎の1度目の渡仏(1916‐1918年)の際集められる。将来的には美術館建設の構想を描く彼は、2度目の渡仏(1921‐1922年)でも収集を続け、これらは『松方コレクション』と呼ばれる。
1923年の関東大震災(死者20万人、焼失40万戸)、昭和金融恐慌により会社の経営は悪化し、彼は社長を辞任、苦境に陥る会社を支えるため、私財のコレクションを提供した。東日本大震災(2011年3月11日)による原発事故で、日本を危機に陥れた大手電力会社の社長たちは無罪を主張し、賠償責任にほう被りする人間との器の違いを感じさせる。
コレクション自体は大戦中であり、パリとロンドンに留め置かれ、日本敗戦を待たねばならなかった。戦後、1951年のサンフランシスコ平和条約締結の際、吉田茂首相はフランス政府に差し押さえられている『松方コレクション』約400点の返還を要求、同政府は美術館の建設を条件に応じる。
1959年、フランスの建築家、ル・コルビュジエの設計で開館。この美術館建設の功績により、2016年に世界文化遺産に登録される。

今回移転されるロダンの「考える人」(C)大墻敦※以下同様

松方幸次郎

西洋美術館

美術品の傷のチェック

ルノアール作品「帽子の女」

モネの「水連」

美術館内部

多岐に亘る構成

 美術館自体、創建時の姿に近付ける整備のため、2020年10月に休館、この機会を利用し、1年半の長期間、美術館にカメラが入る。
本作で描かれる内容は、所蔵品の保存修復作業、作品の調査・研究、海外・地方美術館への巡回展、特別展の企画開催などの表の部分、関係者へのインタビューからは日本の文化行政の問題点、美術館の目前に迫る危機的状況と、多面的に「西美」について触れる。 
  


作品の保存

 現在収蔵される美術品は6000点(開館当時は370点)であり、それらの収蔵庫への出し入れは見ものだ。12畳くらいの金属網が一面に貼られるプレートには、絵の大小により、作品がそれぞれの金網にフックで固定される。
プレートの裏表には作品が貼り付けられ、キャスターで出し入れが自由にでき、作業のスピードも上がる。そのプレートがびっしりと立ち並ぶ光景は圧巻だ。
保存に関して、筆者は以前、セーヌ河畔のパリ市立美術館の収蔵庫を見学する機会を得た。生れてはじめての美術館の隠れたスペースであり、一体、古今東西の美術品がどのように保存されているか、興味津々であった。
結果は、予想を完璧に打ち砕く。フランスではいとも簡単に作品が置かれていると形容できるほどで、東京の「西美」とは大違いだ。わが国の方がずっと丁寧である。
筆者の推測だが、理由として、日仏の湿度の違いから来ているようだ。具体的に、パリの冬は体感的には日本よりも寒く、暖房は必須だが、他の季節は湿度が少なく快適に過ごせる。この違いではなかろうか。分かりやすい例を挙げると、洗濯したワイシャツの場合、浴室に掛けておけば翌日には乾く。



学芸員

 
「西美」の表の顔を美術品とすれば、裏の顔は学芸員(英語ではキューレーター)ということになる。学芸員とは、美術館の金庫番的存在で、彼らをフランス語ではコンセルヴァトゥールと呼ぶ。資料群を適切に維持、管理する人々を指し、ちょうど、資料群を金庫に見立てての考え方である。
業務的に見れば、まず美術品の購入で、全学芸員が出席し、年2回の委員会、購入に伴う作品の調査を実施する。ここで、一番の問題は真偽の鑑定作業だ。
個人コレクションの場合、公に他人に見せていない経緯があり、出自は慎重に調べねばならない。1人の女性学芸員は、美術品の傷のチェックする時期の、コロナ禍により海外とのオンラインでの打ち合わせの苦心を語る。
実際、直接に実物を見るのと異なり、購入される美術品の開梱の時の緊張は、大変なものとのこと。運搬途中、到着してからの傷の有無などで、大事(おおごと)になる可能性がある。
「西美」には10人くらいの学芸員がおり、皆、根っからの西洋美術好きと語る。彼らは大変な高学歴の持ち主だが、国の予算が少なく、それをやりくりし、業務を遂行する。彼らが一番楽しみにする仕事は、展覧会用作品の位置決めであろう。関連性のある作品を選び並べるというように、手持ちの駒を駆使する喜びが、見る側にも伝わる。



美術館のジリ貧の予算の現状

 文化予算がここ20年間の増減の推移について、田中正之館長(2021年より)のインタビューが興味深い。「この20年間、〈西美〉の予算は以前の約半分になった」とのこと。
日本の国家予算は100兆円を超え、借金はその10倍強が現状であり、20年前と比べ、全体額は明らかに増えている。その増減ぶりは、別表(「核国中央政府の文化支出―国家予算に占める比率と国民1人当たりの金額(2019年)」を参照していただきたい。
米国の文化政策は、国家の助成はないが民間の寄付を主たる財源とし、全体的には20兆4000億円(2011年)となっており、圧倒的な金額を誇っている。
フランスの場合は、国家として予算の1%が確保され、映画製作支援もこの予算から支出される。
以上のように、世界的に日本の国家予算は世界第3位ながら、文化予算は低額のまま推移している。国民の意識のさらなる向上が当然ながら求められる。




各国中央政府の文化支出

国家予算委占める比率と国民1人当たりの金額 (2019年度)〈文化庁調べ〉







(文中敬称略)

《了》

7月15日、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

映像新聞2023年7月17日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家