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『HUNT ハント』
組織内の二重スパイの摘発で対立
2人の男性が醸し出す緊張感
韓国の政治情勢が深く絡む展開に

 韓国映画『HUNT ハント』(以下、「HUNT」)(2022年/監督・脚本イ・ジョンジェ、韓国、125分)が公開中だ。スパイ・アクションのスタイルを取るフィクションである。時代設定は1983年で、当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領政権下の韓国の政治情勢と深く絡んでいる。

パク次長(左)とキム次長
(C)2022 MEGABOXJOONGANG PLUS M, ARTIST STUDIO & SANAI PICTURES ALL RIGHTS RESERVED
※以下同様

キム次長

パク次長

パク次長

銃撃戦 パク次長(左)

取調室ガラス窓を挟んで2人

証拠品を前にしたキム次長

アジトの銃撃 2人

反共虐殺事件

 全斗煥大統領に触れる前に、彼が表舞台登場の発端となる光州事件から始めねばならない。軍隊が国民に銃を向ける事件としては、中国の天安門事件があり、これに相当する三大虐殺事件がある。
韓国では1948年建国以降、「済州島四・三事件」(48年、島民の死者は2.5万‐3万人とされている)、「保導連盟事件」(50年、李承晩〈リ・ショウバン〉)大統領をはじめとする反共集団、軍隊、警察による虐殺で60万−120万人の死者を出す)、そして「光州事件」で、国軍が光州市民を大量虐殺する事件である。
この光州事件、軍の一斉射撃で死者数は、政府側は170人とするが、到底信じられる数字ではない。市民側はその何倍と主張している。さらに保導連盟事件の真相は最近まで隠され、その死者の多さには驚かされる。光州事件を含め、戦後韓国保守政権は強圧的政策を推し進め、ガチガチの反共ぶりが目立つ。 
  


光州事件政権

 1948年の建国以来、韓国では反共政権が全斗煥政権退陣の1988年まで続く。彼は、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件(79年)以降、粛軍クーデターを経て、軍の実権を掌握する。
その後に光州事件が起こる。朴正煕大統領暗殺後短い期間「ソウルの春」と呼ばれる民主化ムードが続くが、その後、すぐに政府の強権政策で頓挫する。
事件は全羅南道、光州市(現光州広域市)で1980年5月18日から同月27日まで続く。内戦ともいえる闘いで、軍事政権に対する民主化要求を掲げた市民が蜂起する。国軍は市民の大量虐殺で対抗し、多くの死者を出す。しかし、市民側の目的である、民主化達成はならず、軍事政権も倒せずじまいだ。
この市街戦で死者は170人と驚くほど少なく見積もられている(1980年度統計)。政府弾圧の実態をなるべく少なく見せる政府の意図が感じられる。また、この事件、指揮を執る全斗煥などの意図で、韓国ジャーナリストはむろんのこと、外国人ジャーナリストの区域内立入りは認められず、今もって死者の実数が明らかにされない事情がある。
いわば、当局の徹底した報道管制下にあった。実際、5月22日に陸軍部隊が光州市を包囲、26日に侵入、27日には数千人の部隊が戦車と共に中心部に進出、市内全域を制圧。28日には多くの市民が逮捕・拘留で、事件は政府側が圧勝となる。



第11代、12代大統領

 
全斗煥は1931年生まれ、2021年に死去。大統領在任は1980年から87年と長きにわたり、第11代、12代大統領を務める。徹底した武断政治信者で、2期目は、政権弾譲で退位。1987年の民主化勢力の改憲・反政府運動の再燃が退陣の理由である。
1948年の建国以来、保守層に支えられ反共強権政権が続き、民主化の台頭まで半世紀以上の月日を要した。民主化の最大の目玉候補金大中は強権政治の時代、権力側の天敵扱いで、建国60年目にようやく第15代大統領に選ばれる。長い道のりである。
この「光州事件」を描く映画作品に『光州5・18』(2007年/主演の韓国の国民的俳優アン・ソンギが市民グループのリーダー役として登場)、もう1本は『タクシー運転手、約束は海を越えて』(17年/主演のソン・ガンホがドイツ人在韓特派員のお供で光州入りする話。ソン・ガンホの人が良く、ちょっとズルイ役が見物〈みもの〉)である。



本作の作り

 基本的にはミステリー・アクションで、時代的には全斗煥政権時代の1983年。主人公の2人はKCIAの海外担当次長パク(イ・ジョンジェ、監督も兼任)と国内担当次長キム(チョン・ウソン)で彼らの目標は組織内の二重スパイの摘発である。この2人の対決と先陣争いが物語の中心となる。
その背景には、全斗煥政権の強権運営における社会自体のピリピリする韓国の雰囲気がある。出演者にも女性はほとんどおらず、男性仕立ての運びである。この描き方、共通の目標へにじり寄る、対立する2人の男性の醸し出す緊張感が作品自体の見せ場となっている。




反全斗煥デモ

 1983年のワシントンDCでの米韓首脳会談の会場の周辺が写し出される。強権政治の全斗煥大統領の退陣を要求する在米韓国系団体のデモがロサンゼルスとニューヨークに続き、首都でも激しいデモを繰り広げ、ヒリヒリするほどの想定外の事件が起きる予感がある。全体に、得体の知れない何者かに背中をがっちり捕まれている感がある。作品として上々の滑り出しだ。
同年、韓国内で、大学で授業を受ける女子学生チョ・ユジョン(コ・ユジョン)は、学生と機動隊との衝突に巻き込まれ、逮捕される。しかし、彼女はすぐに釈放される。彼女はパク次長が面倒を見る女子大生ということが分かり、すぐに放免となる。
彼女は東京で3年前殺された彼の相棒、チョ・ウォンシクの娘という後ろ盾があり、反政府分子の一員として扱われず一難を逃れる。




米国でのデモ

 米国における米韓首脳会議反対の在米韓国民のデモに当然諜報機関、安全企画部(旧KCIA)は、警護のため幹部クラスの職員を派遣する。安全企画部のトップは「閣下」と呼ばれる人物で、全斗煥大統領である。
その「閣下」に何かあっては大事(おおごと)と配下の警備陣の功名争いで、2人のリーダー(パク次長とキム次長)が、ここぞと忠臣ぶりを発揮し法律無視の拷問や銃撃戦を展開する。
この2人のライバルの張り合いの力感がすごい。そこには韓国社会の影と権力側の暴力恐怖支配の様子が克明に描写される。ほぼ女性抜きのこのミステリー・アクションは、ドギツサを伴うリアル感が見物(みもの)であり、韓国映画のパワーを感じさせる。




2人のライバル

 死闘を繰り広げるパク次長とカン次長は、何としても、安全企画部内に潜入する北の二重スパイ「トンニム」の摘発に血道をあげる。挙句の果て、ひょっとしたら、2人の陣営内にスパイが紛れ込んでいるのではないかとの疑念にかられる。
この2人、年齢、容貌が似ており、見ていて、両者の識別が困難になるくらいだ。ちょうど、外国人がよく言う「日本人は皆同じに見える」との感じと似ている。また、画面も暗めに統一され、軍事政権の闇を写し出している。




全斗煥の蓄財

 1948年の建国以来、歴代大統領の不正蓄財が続き、全斗煥に至ってはけた違いの額に上り、裁判所から全額返済命令が出たが、その後、国庫に返済されたかははっきりしない。
自国民虐殺、巨額な不正蓄財で、彼の国葬は行なわれず仕舞い。彼は、91歳まで、不拘留の身で、畳の上で最後を迎えた。彼から命を奪われた遺族にとり、やりきれない話だ。




最終章

 2人のライバルは身を粉にして忠勤に励むが、最後は、最大のお題目「南北統一」に次第に疑いを持ち始める。
最終的結論は、2人とも武力での南北統一は無理ということになる。全斗煥の冷酷な実像をあぶりだし、国内の南北問題、現状のままでは不可能とする考え方、真っ当な感覚である。
本作、単なるスパイ・アクションの先を見つめる作品だ。韓国映画の熱量に圧倒される。





(文中敬称略)

《了》

9月29日新宿バルト9ほか全国ロードショー中

映像新聞2023年10月2日号より転載


中川洋吉・映画評論家