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『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』
仏の原発事業問題と当事者の性加害事件
国家的なスキャンダルを追及
権力と闘う労働組合の女性リーダー

 フランスでの、原発事業問題と当事者の女性への性加害を扱う『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』(以下『モーリーン・カーニー』、2022年/ジャン=ポール・サロメ監督、ジャン=ポール・サロメ、ファデット・ドゥルアール共同脚本、フランス語、121分)が公開される。原作は、カロリーヌ・ミッシェル=アギーレ著の『LA SYNDICALISTE』(女性組合活動家、「SYNDICA」〈サンディカ〉とは組合の意)。今の時代、女性の意識が高いとされるフランスで数年前に起きた事件を扱うが、一般にはほとんど知られていない。

 
事件が起きたアレバ社は、フランス国営の原子力企業で、EDF(フランス電力公社)の傘下である。同国では二大労組、CFDT(フランス民主労働組合連盟)、CGT(フランス労働総同盟)があり、アレバ社はCFDTに所属し、モーリーンはこの労働組合の書記長に就く。優秀で闘う志向も強い彼女は、リーダーシップを発揮し6期目に入る。この期を最後に組合活動から引退する心づもりだ。
主演のイザベル・ユペールは既に70歳だが、年齢を感じさせない。顔に意志の強さが出ており、物事に邁進する役割にはうってつけだ。冒頭でハンガリーのアレバ社の子会社において、現地従業員の雇用確保を明言する場面は圧巻。演出的に、最初からドカーンとモーリーンを押し出す、サロメ監督の意図が極まっている。

ハンガリーの子会社で、従業員を前にするモーリーン
(C)2022 le Bureau Films - Heimatfilm GmbH + CO KG - France 2 Cinema
※以下同様

アレバ社フランス工場で (C)2022 Guy Ferrandis - Le Bureau Films

警察での事情聴取

プレモン曹長(憲兵隊) (C)2022 Guy Ferrandis - Le Bureau Films

ウルセル、アレバ社長 (C)2022 Guy Ferrandis - Le Bureau Films

ウルセルとの話し合い

盟友アンヌ

法廷のモーリーン

モーリーン

アレバ社とは

 フランスの唯一の原子力企業体アレバは、同国の巨大国営電力会社EDFの傘下にあり、原子力行政を一手に司る。
同国における原発は、統計的には保守・革新を問わず過半数以上の支持を得ている。 
  


事件の発生

 2012年12月、夫と娘3人で、パリ郊外の一軒家に住むモーリーン宅で事件が起こる。
話は数カ月前のハンガリー訪問へと戻る。まず、アレバ社内で社長更迭があり、モーリーンの盟友である同社の女性社長アンヌが、サルコジ大統領により解任される。この解任劇を境として状況が一変する。
解任されるアンヌ社長の後任にはゴリゴリの権力主義者であり、社内的に無名で能力の低い、リュック・ウルセル(イヴァン・アタル、妻はシャルロット・ゲーンズブルグ)が任命される。ここからアレバ社新社長のウルセルとモーリーンの確執が始まる。



密告

 
ウルセルの新社長就任後、モーリーンの元に内部告発の電話が入り、彼女は電話の主と直ぐに面会する。相手はアレバ社の親会社筋のフランス電力公社(EDF)の男性であり、彼女に書類を渡す。時期は2012年で、この年に大統領選があり社会党のフランソワ・オランドが選ばれる。
内部告発の内容は「新任のウルセル社長は人件費の安い中国と組み、低コストの原発の建設推進者」との暴露である。組合書記長のモーリーンはとっさに、従業員の大量解雇に結び付く事案と考え、阻止の一点で動き出す。まず財務大臣に会う。
彼はモーリーンの説明に理解を示すが、「グローバル化の時代、国内に原発を作れない」と個人的見解を述べる。しかし、フランス世論は原発を容認し、社会党政権としても動きづらい。
社長のウルセルは「会社の戦略に口を出すな、裁判で法廷に引き出す」と逆ギレ、大量の従業員解雇には全く関心がない。思い余る彼女は国会内で「フランスの原発が中国へ売られる」との趣旨のレポートを議員たちに配布するが、彼らの反応ははかばかしくない。
そこで彼女は、最後の手段として、社会党、オランド大統領に面会を申し入れ、受け入れられる。そして、2008年12月17日に悲劇が起こる。



モーリーンへの狙い撃ち

 オランド大統領との面会日の早朝、黒ずくめの男性3人組がモーリーン宅に押し入り、彼女を椅子に縛り付け強姦、膣にナイフの柄を突き刺し、腹部にはA(アルバ社の頭文字)の文字を刻み込む。想像を絶する性加害で、殺されることを恐れ、しかも手足を縛られた彼女は死の恐怖で身動きができない。
犯人たちは指紋もDNAも残さず、「次は死んでもらう」と捨てぜりふを残す。組織化されるプロの犯行である。警察へ届けても物的証拠は皆無で、自作自演とされる。敵はモーリーンのオランド大統領との面会の阻止を狙ったことは間違いない。
この事件で彼女は起訴、身辺は監視し、警察は自らが作り上げた筋書き通り犯人逮捕ではなく、逆に彼女の自作自演劇へと追いこむ。警察へも上からの圧力が読み取れ、また、 彼らの上層部への点数稼ぎの忖度(そんたく)の色が濃い。




原作

 一連の物語の展開には、原作の緻密な検証がある。原作はフランスの有力週刊誌『ヌーヴェル・オプセルヴァトワール』の女性記者カロリーヌ・ミッシェル=アギーレの手になる著書(前出)である。
彼女は、アレバ社の親会社筋にあたるEDFのアンリ・プログリオCEO(フランス原子力業界への君臨の野心の持ち主)により進められるアレバ社解体の進行と、EDFによる中国国営原子力企業との間でのフランス原子力技術の中国移転をもくろむ協定書の存在を明らかにする。それらは総て実名である。
そして、本作のサロメ監督は、フランスのエネルギー供給の自立性と、何千、何万という雇用の喪失の視点に立ち、国家的スキャンダルを追及している。




モーリーンの役割

 労組書記長のモーリーンは、性格的に前へ前へ出る人間として描かれる。彼女はアレバ社の原子力エネルギーを主力電源とする政策への抗議よりは、前述のように、アレバ社従業員の雇用を守ることを主眼としている。そして、権力側は、彼女への圧力を強める。それが、オランド大統領への面会日の朝に起きる、性的暴行事件である。
朝、いつものように出勤支度中の彼女が襲われる事件については既述したが、その狙いには政治的陰謀を感じさせる。性的暴行を加えることで、彼女を凌辱し、女性の名誉の喪失と個人の人格の破壊の意図が読み取れる。
この旧体質丸出しの事件が今から11年前の2012年に、白昼堂々としかも組織的に起きている。モーリーンの人格破壊に目を向けさせ、裏では中国との原子力政策の取引がなされる。1人の女性を性加害で血祭りにあげ、本命たる原子力技術の中国移転を覆い隠す、ずる賢い手法だ。




2度の裁判

 警察主導のこの事件、自作自演として2017年にモーリーンへの有罪判決が下される。禁固5カ月、執行猶予付き、罰金5000ユーロだ。罪名は「司法当局に無駄な捜査をさせる犯罪を告発した罪」とする、分かったようで分からない理由だ。しかも裁判官は女性である。
この一審判決前に、自作自演の犯罪とする警察に対し、彼女は取り調べによる精神的苦痛に耐えかね、自供をする。冤罪(えんざい)事件で、虚偽の自供をさせられ有罪となるケースがあるが、この判決も絵に描いたよう警察の手口だ。




2審判決

 1審の17カ月後、2018年9月に1審が覆り無罪判決が出る。その後、モーリーンは控訴せず、性犯罪事件はうやむやとなり、今日に至る。
彼女は現在、湖のある風光明媚(めいび)なアヌシー市で英語教員の職に就いている。1人ぼっちで奔走し、後ろを振り返れば誰もいない情況に失望したことは容易に想像できる。
裁判を通し、彼女は絶望の淵に立ち、アレバ社関係から手を引き、高校の英語教師への新しい道を歩み出す。





(文中敬称略)

《了》

10月20日Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 他にて順次公開

映像新聞2023年10月16日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家