『ミツバチと私』
少年のトランスジェンダーをテーマに
主人公に寄り添う家族の物語
優しさとトゲがある子どもの葛藤 |
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スペインから、8歳の少年ココのトランスジェンダーをテーマとする作品『ミツバチと私』(2023年/エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン監督・脚本、スペイン製作、スペイン語、バスク語、フランス語、128分)の公開が待機している。作品の背景はスペイン・バスク地方で、独特の風景がスペインらしい雰囲気を醸(かも)し出している。
本作は、第73回ベルリン国際映画祭で、史上最年少の8歳のソフィア・オテロが銀熊賞の最優秀主演俳優賞を受賞した。近年、ベルリン国際映画祭は、男優賞、女優賞の廃止を決定し、俳優賞に一本化された。
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アイトール(ココ)
(C)2023 GARIZA FILMS INICIA FILMS SIRIMIRI FILMS ESPECIES DE ABEJAS AIE ※以下同様
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養蜂園のココ
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母親アネ
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養蜂園を営む叔母
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母とココ
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3人兄弟
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ココ
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水遊びの兄弟
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バスク地方は、海を挟んだ英国と対面の地域一帯である。フランス・スペイン国境をまたぎ、海側はスぺイン領で山側がフランス領となっている。全体の面積は約2万平`bで、独自の文化があり、現在でもバスク語が通用している。
スぺイン側に4県、フランス側に3県あり、それぞれを南バスク、北バスクと呼ぶ。われわれ日本人に知られる海岸地域にスペインの美食の都、サン・セバスチャンがあり、この街のピンチョスと呼ぶ小皿料理店が100軒以上並ぶ旧市街は、一度訪れる価値がある。
この地方の最大の都市は、以前は造船の町で知られたビルバオであり、観光の町の復興を担うのが、ニューヨークに本館のあるグッゲンハイム美術館分館で、今や同市の観光的中心となっている。グッゲンハイム系列の建物として有名なパリのシネマテークと同じ建築家、フランク・ゲリーの手になる建造物だ。
主人公の家族は、海岸線上にあり北バスクと呼ばれるフランス・バイヨンヌ在で、一家は父母と3人の幼い子どもである。ある朝、自分の子供が学校でいじめを受けたことに腹を立てる父親が、子供全員を車に乗せ、相手の親に文句を言いに行くところから始まる。
子供のけんかに親が乗り大騒ぎになるはずが、いつの間にか車はスペインの南バスク州へのバカンスとなっている。何か腑(ふ)に落ちない感があるが、バカンスの出発へと子供のけんかが様変わりしている。
母親アネ(パトリシア・ロペス・アルナイス)が3人の子を連れての旅立ちで、父親は仕事がありバイヨンヌに残る。テンポの早い演出で、何かが起こりそうな雰囲気である。冒頭の慌ただしさは、今後の期待感を膨らませる出だしだ。
末っ子のアイトールは8歳の男の子で、家族からココ(現地の愛称で「坊や」の意)と呼ばれ、本人はこの呼ばれ方が気に入らず、旅の間中仏頂面の連続である。
母子4人のバカンスの行先では、アネの母親リタ(ツィアル・ラスカノ)と叔母ルルデス(アネ・ガバライン)が待っている。叔母のルルデスは、山並みの美しい山麓で養蜂場を営み、同時にミツバチの針を使う伝統的な蜂針療法による診療所を運営している。
フランスから来た一行にとり、バイヨンヌの海辺とは異なる山麓の緑は、皆にとり新鮮な印象を与え、気分一新といきたいところだが、ココだけが不機嫌で、皆で交わすハグにも1人そっぽを向いたまま。しかし、周囲はその内に機嫌を治すだろうと取り合わない。
幼い彼は、女の子に生まれたがり、男の子として扱われるのが不満で仕方ない。要するに、男の子として生まれる子の居心地の悪さをずっと抱えて生きてきたのである。
トイレの小用も座ってするし、周囲もそれを当たり前と思っている。珍品は、彼の小用の時、母親のアネがオチンチンを引っ張り出してやるのだ。この辺りが、身体の構造の違いもありごく自然な扱いだ。女性監督のソラグレン(40歳)の自然体の"あくどさ"が笑える。
ただし、8歳の男の子のココの役には男の子ではなく、500人のオーディションから選ばれたのは,当時8歳の少女ソフィア・オテロという子だ。
もう1つ笑い話だが、ココことアイトールは8歳にもなってオネショをし、隣で寝ている兄のエネコは、怒ることなく手慣れた様子で後始末をし、アイトールを寝かしつける場面だ。彼にとり弟ココはジェンダーとして、どちらでも良いとの態度である。
母親アネは、祖父(父)が著名な彫刻家であり、自身も同じ道を歩もうとしたが、彼から才能を評価されず仕舞であった。
しかし、彼女は彫刻家の夢は諦めきれず、美術学校の先生のポストを狙い、審査選考用の作品製作のため、バカンスの間は、父の残した工房での作品作りに勤(いそ)しむ。
アネも自分の生き方をはっきりさせるタイプであり、ココの女性志向には前向きである。アネは自分のやりたいことをやり、同時に、ココに対しても自由放任に近い描き方である。
監督たるソラグレンは、女性として生まれ、幼い頃から男の子たちといつも一緒で、自分は男の子に近いと思う青春時代を送る。だが、長ずるにおよび、男性と女性との生育の違いに気付き、同時に、周囲の遊び仲間の男の子たちが離れるのに気づくが、ココのようなジェンダー転換の兆候はなかった。
トランスジェンダーとは、自身の性に対しての違和感の発生に触発されるものであり、ソラグレン監督は、子供がトランスジェンダーとして生きることは人類の生き方の多様性の一部としている。当事者の子供たちが別人になったわけでなく、周囲の人間が変化または進化しているとの認識がある。
この辺りが、トランスジェンダーとして生きることは、単に心地よく感じるか、感じないかで、ココのように仏頂面を通すかの、感じ方の問題でもある。
ココの場合、女性志向が強く、やはり、祖母や養蜂園経営の叔母の影響がある。人間の持つ善性、生き物を大切に思う気持ちはミツバチを通して学び、自己の成長の糧としている。
つまり他者の影響で、女性、ミツバチから学ぶ生き方である。そのミツバチは舞台のバスク地方の神聖な生き物とされていることと関連している。
ソレグレン監督はバスク州の中心都市ビルバオ生まれで、現在はそこから程遠くないバスクのサン・セバスチャン在住。出演者のココはバスク生れ、アネはバスク大学出身、そして、忘れられないのは海、山の緑いっぱいの自然である。
1人の少年のトランスジェンダーを通じての年少者の成長の過程を描く本作、優しさとトゲがある子供の葛藤と、主人公に寄り添う家族の物語だが、トランスジェンダーを受け入れる社会性も注目される。さらに、スペインの自然が目を楽しませる佳作だ。
(文中敬称略)
《了》
2024年1月5日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
映像新聞2024年1月1日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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