このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『白日青春−生きてこそ−』
現実の社会問題に声を上げる若い監督
香港を中心に難民問題を描く
じわりと伝わる人の気持ちの熱さ

 現代の世界を揺るがす大きな事件として、難民問題が挙げられる。日本もこの問題には例外ではない。一例として、2021年3月に名古屋出入国在留管理局で起きたスリランカ人女性死亡事件がある。香港では歴史的に難民が多く、大きな社会問題となり、現在もその状態が続いている。この問題を真っ向から取り上げるのが、香港・シンガポール製作の『白日青春−生きてこそ−』(英題:The Sunny Side of the Street/以下『白日青春』)だ。監督・脚本はラウ・コックルイ、主演はアンソニー・ウォンで、111分の社会派作品である。

 
舞台は当然香港であるが、物語の設定に工夫が凝らされている。登場人物を多国籍化し、香港のみならずアジア全体への目配りをしている。香港が難民問題の中心に位置し、出国ビザが入手できず、不安定な状態で香港にとどまらざるを得ない人々も扱っている。
アジア人の多国化は、コックルイ監督の出自にも見られる。彼は中華系マレーシア人4世で、祖父母は中国内部からマレー半島へ移住した経緯があり、彼自身、少年時代はマレーシアで過ごし、高校卒業後、広東語も分からず香港へ来て映画を学ぶ。故郷を離れ、香港には1人の親戚もいないが、美しい未来を夢見る普通の青年と変わらぬ。しかし、多くの難民同様、数々の困難の克服をせねばならない。
華人である同監督でもこのような状況であり、もし、彼自身がアフリカや南アジア出身であれば、ハードルは当然高くなることは目に見える。難民が永住資格を取ることを待ち続ける長い過程で、どんなに苦労するかが容易に想像できる。

父親バクヤッ
PETRA Films Pte Ltd (C)2022   ※以下同様

ハッサンとバクヤッ

友人の少ないハッサン

タクシー運転手バクヤッ

車内のハッサン

バクヤッと現職警官の息子

アフアド、ハッサン親子

母親の手紙を見せるバクヤッ

1人船に乗るハッサン

悩むハッサンの母親

香港の難民

 200年ぐらい前から香港への難民の流入が始まったとされる。当時、香港には小さな漁村しかなかったが、アヘン戦争(1840年−42年)をきっかけに英国の植民地となり、都市化が進み、人口は急増。第二次世界大戦が終わるころは、香港の人口は60万人になった。
第二次大戦後、中華人民共和国が成立する。文化大革命などの内乱、政変により、大量の政治難民が香港へ押し寄せ、同市の人口は100万人に膨らむ。そして、彼らは中国を経由し、別の国へ渡ることを望む。もちろん、中国に居住を望む人も当然いる。
香港政府、中国政府は、難民の居住にはあまり良い顔をしない。難民に掛かる費用がどんどん膨らみ、財政問題にもなる。そこで、政府は難民の締め出しに動き、本作のように、難民として扱わず、本国送還政策をとる。 
  


主人公

 作品を引っ張るのが、香港の大物俳優アンソニー・ウォンが演じる主人公チャン・バクヤッで、彼を中心に物語が進行する。バクヤッは、香港でタクシー運転手をしながら生計を立てる。彼は中国からの密航者だが、タクシーの営業権を手に入れ、今は香港人として生きる初老の人物。いささか粗野で態度が大きく、アル中気味である。
かつて、中国大陸から泳いで渡り、上陸寸前妻を溺死させる不幸に見舞われる。1人息子チャン・ホン(エンディ・チョウ)を11歳の時まで大陸に置いてきた経緯がある。置き去りにされた少年は父親を恨み、2人の仲はずっとチグハグのままだ。



パキスタン系少年

 
もう1人の主人公が、異色のパキスタン系、10歳の少年ハッサンである。香港作品でパキスタン系の、しかも少年の起用とは意外な組み合わせだが、彼の活躍は物語全体に弾みをつける。
ハッサンの両親はパキスタン人で、父親のアフメドは、香港に来る前はパキスタンで弁護士を務めていた。ここでは暗い感じの人物として描かれる。彼らの希望はカナダ移住であるが認可が下りず、働くこともできない。そのため雑貨店の配達でしのぐ貧しい生活、妻は2児目の子供を身ごもっている。
異国の地で、居住権がなく、まともに働けない彼は、意にそまぬ仕事をし、鬱屈(うっくつ)した生活、しかも、家族持ちときては暗くなるのも当然だ。この八方塞がりの状況下でも香港政府は何の手を打たず、ひたすら本国送還を画し、難民には冷たい。
ではなぜ、彼らの先代には居住権を得た人々がいるのだろうか。そこをもう一度、詳しく知りたい気持ちにさせられる。



ハッサン

 ハッサン少年は中国生まれで、地元の中国公立学校に通う、れっきとした中国育ちである。その彼、父親にはかまってもらえず、母親もその日の生活に追われ、彼には居場所がない。
憂さを晴らすように悪ガキ仲間とつるみ、窃盗を繰り返し、1人前の悪になっていく。この彼が中国人バクヤッと偶然の事件をきっかけに知り合う。
ある時、バクヤッのタクシーと配送中のアフメドの車が街中で衝突する事故が起きる。アフメドは死亡し、バクヤッも重傷を負い入院する。この事故をきっかけに、日ごろ不愛想なバクヤッは少年の面倒を見ることを心に決める。
最初は、アフメド未亡人に手土産持参で見舞いをする。しかし、大黒柱の夫を失った彼女は、息子を海外養子に出すことを決める。それも、見ず知らずの中国人業者を介して。母子は2度と会えぬかもしれない。




事件と追われる身

 タガが外れたハッサンは、悪グループと一緒に窃盗を常習的にするようになり、警官に追われる身となる。あと一歩で捕らえられる時に、警官の銃を奪い逃走。一難を逃れる。
小さな逃亡者を何としても救いたいバクヤッは、友人仲間を訪れ、彼を何とか海外へ逃せぬかを相談するが、答えは芳しくない。仕事が危険すぎる。現在の居住権の心配などが心配されるのだ。




彼らのその後

 ハッサンは母親の意向もあり海外養子となり、バクヤッは現在、香港で上級と覚しき警察の仕事に就く息子チャン・ホイと手を切り、ハッサンの海外養子に手を貸す。事実上、親子の縁切りで、ハッサンの面倒を見る。
脚本は後半急に盛り上がりを見せ、難民たちの苦渋の決断を描くが、全体に総花(そうばな)的展開は否めない。だが、見るべき点もある。
バクヤッの幼いハッサンに対する献身、自分のタクシーの営業権を売り、ハッサンの渡航資金を作るおとこ気、人間の気持ちの熱さがじわりと伝わる。
また、息子の愛を得られないバクヤッ、そして、アフメドの息子ハッセンの父親を慕う気持、この描き方はコックルイ監督の自伝の一部と思われるが、物語自体にコクがあり、長編第1作の若手監督の心の内を見せている。
なぜ香港では難民が多いのか、多くの永住権を持つよそ者難民の存在を、もう少し語ってもらいたい気持ちもある。
現実の社会問題に声を上げる若い監督の心意気が十分伝わる一作である。






(文中敬称略)

《了》

1月26日よりシネマカリテほか全国順次公開

映像新聞2024年1月22日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家