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『青春』
中国ドキュメンタリー作家による新作
衣料品工場の若い労働者に焦点
披歴される中国での生活の一端

 中国映画『青春』(2023年/ワン・ビン監督、フランス=ルクセンブルグ=オランダ製作、中国語、215分)が公開される。ワン・ビン(王兵)監督といえば、中国のドキュメンタリー作家であり、代表作は9時間5分の大作ドキュメンタリー『鉄西区』(1999年)だ。この作品は、山形国際ドキュメンタリー映画祭でグランプリを獲得しているが、内容とともにその上映時間の長さで有名である。

 
代表作の『鉄西区』は、2003年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映され、筆者もこの映画祭取材で見て、9時間5分の長尺に音を上げた覚えがある。同作は、中国の21世紀初頭の荒廃する都市や工場を描き、時代について行けぬ人々にカメラを向けた社会派ドキュメンタリーである。
32歳の時に中古デジタルカメラを手に撮影を始め、これが第1回作品となる。だが、ワンカメラ、照明なしの場面が延々と続く辺りは、かなり辛いものがある。

仕事が終わり喜ぶ工員たち
 (C)2023 Gladys Glover - House on Fire - CS Production - ARTE France Cinema - Les Films Fauves - Volya Films - WANG bing   ※以下同様

女性への口説き

賃上げ交渉

ミシン工場

ワン・ビン監督の新作

 この伝説的なワン・ビン作品以降、数々のドキュメンタリー作品を製作し、今回お目見えする新作が『青春』である。彼は中国の一般の人々に目を据え、現代中国を写し出す手法を取り、新作はその路線上に位置する。    


撮影場所

 撮影は長江の下流一体に広がる「長江デルタ」地域、浙江(せっこう)省湖州市の織里で実施された。上海から150?の位置にあり、子供用衣料品製造の中心地として有名で、子供服の生産シェアは60%と、中国一である。
働き手の若い労働者は近隣農村からやって来る。主に安徽(あんき)省、河南(かなん)省からの若者たちである。彼らは織里の寮で共同生活をし、男女半々の若者が中心(時には母子も混じる)だ。
寮暮らしの彼らは、廊下で軽食を取り、スマホで仲間と連絡を取りながら、わずかな自由時間を楽しむ。思いもよらぬ妊娠、つまらぬ諍(いさか)い、恋の駆け引き、そして賃金交渉と、彼ら若者の日々が記録される。
撮影当時、織里では30万人の出稼ぎ労働者が雇用されており、作品に登場する若者が働くのは、民間の1万8000件の小規模な縫製工場である。



都市と農民

 
中国の戸籍は都市と農村の区別が厳しい。簡単に言うならば、農民の都市への進出には大きなハードルがある。例えば、健康保険、年金については、農民が移住する場合、制度の違いから都市住民と同じ社会保証が得られない。
そのために近間で職を得ることは、農民にとり便法となる。織里では、近い地域からの農民の出稼ぎがメインとなる。賃金に関しては、6カ月ごとの出来高払いで、基本的に後払いだ。



賃金について

 
中国の1元は約17円(撮影当時/現在は約21円)換算で、6ケ月の賃金が85万円ならば、月当たり約14万2000円となる。また、経営者と賃上げ交渉を1人で談判しても、後で報復されることもなく、労働者にとり有難い環境である。中国全体が国営の多い中、この織里は個人経営の形を取っている。



長江デルタ

 
巨大な三角州地帯である「長江デルタ」は、中国でも最も豊かな地域であり、上海や杭州、蘇州、南京などの大都市を要する広東省周辺の「珠江(しゅこう)デルタ」地帯と共に、長江デルタは中国の経済活動をけん引している。
両デルタ地域のGDPが600兆円(2022年)と、中国全体のGDPの4分の1を占めている。(日本のGDPは546兆円〈22年〉)。




寮生活

 
冒頭場面、工場の若い労働者(工員)が「出来た?」と大声をあげる。彼女は他よりも早く縫製が終わり、喜び勇んでのことだ。そして、同僚の若い男女の工員たちとキャッキャッと走り回る。彼らはどこにでもいる青年男女である。
ワン・ビン作品の興味深いところは、見る側が中国の実情を、ドキュメンタリーを通して知るところにある。1つひとつの事柄を通し、中国人の生活の一端が披歴される場面が面白い。
この辺りがワン・ビン独自の視点であり、国際的も高く評価されている由縁だ。彼のカンヌ、ヴェネチア、ベルリン国際映画祭での受賞歴を見れば納得できる。最新作『青春』は、2023年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門への出品作である。
工員たち、仕事を終えれば自由時間となり、夕食を取り、シャワーを浴び、寝支度をする。シャワールームは男女共用で、入口に並ばねばならない。そして、一様に彼らは皆、魔法瓶を持っている。お湯で茶を飲み、インスタントラーメンを作るためのものである。
また、中国では直接白湯(さゆ)を飲むのも普通であることが分かる。多分、これらは文化の違いであろう。




働きぶり

 
作業時間は午前8時から午後11時と異様に長い。朝食時と夕食時に1時間の休憩が与えられる。それにしても、夜11時までとは。しかも、残業代はない。その間、若い工員は異性と付き合い青春を楽しんでいる。男女格差はなく、全体に男女平等の観念が行き渡っているようだ。
男女問題について、冒頭に次いで登場する。若い女性工員が妊娠し、親が出てきて一悶着(もんちゃく)起きる。両方の親は、相手方が自分の家に入ることを望み、子供もしかりである。結婚とは両家の綱引きであることが良く分かる。つまり、中国では家制度が存在し、お互い「自分の家」を主張する。




工場内

 
大勢の工員たちは、子供服を猛烈な勢いで縫い上げる。作業中も歌謡曲がガンガン流れ、くわえタバコの工員もいる。管理側も規則で縛ることはない。就業時間は長いが、大量の布を縫い上げればよいとの姿勢だ。
アップ中心の撮り方は、特定の人について語るわけでなく、それは作業風景の一コマで、カメラは淡々と作業の様子を追う。要するに物語を作らず、事実関係だけが撮影対象となる。




賃上げ交渉

 
元来中国人は金銭にはっきりする傾向があり、日本だったら組合との団体交渉を1人ですれば(まずありえないが)、不満分子の烙印(らくいん)を押されるところだ。文化の違いを感じさせ、また、この賃上げ交渉、社長も時に応じる場合もある。
前述のように、賃上げ問題がしばしば発生する。給料は後払いの、出来高払いで決定される。例えば子供用ズボンを縫えば、1本当たり1元が払われる。しかし、額に不満なものは直接社長(経営者)と1人でも交渉し、0.05元の賃上げを要求。この賃上げ申し立てで本人は周辺から浮くことはない。





戸籍問題

 
前述のとおり、中国では戸籍制度が厳しく、地方出身者は都会での戸籍の対象外となり、社会保証などの恩恵を受けられない。これは中国の大きな政策、一人っ子政策と関連している。農民の移動を禁止し、地方から動かさないことは、都市部の人口過剰を防ぐ政策であり、しかし今日、この中国政府の一人っ子政策が破綻を来たしている。
このように本作はミシンの騒音の中の作業場を中心に、事実関係を追う構成で、説明は省き、現在進行することのみに密着するスタイルを取っている。ワン・ビン流なのだ。そして、彼の描く世界から、中国の実情が見えている。
心地良く、のど越しの良い作品ではなく、武骨でわが道を行き、彼自身「自分のやるべき仕事は、世界から見えない人たちの生(せい)を記録すること」と語っている。
ごつごつと手触りは悪いが、ワン・ビン監督一流の手法で押す大変な力作であり、我慢してでも見る価値はある。








(文中敬称略)

《了》

4月20日からシアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー

映像新聞2024年4月15日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家