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『ありふれた教室』
学内の不祥事発端に揺らぐ信頼関係
中学校の新任教師の苦難描く
背後にある移民に対する社会問題

 ドイツから、教育ミステリーとも呼ぶべき一作が登場する。ドイツの中学校を舞台とする本作『ありふれた教室』(2022年/イルケル・チャタク監督・イルケル・チャタク、ヨハネス・ドゥンカー共同脚本/ドイツ、原題:英語タイトル「The Teacher's Lounge」、カラー、99分)である。本作、当初は些細(ささい)な問題であった学内盗難事件の余波が、雪だるま式に膨らみ、教師と生徒、保護者との信頼関係の根底からの揺らぐという、社会的テーマを掲げている。

 
脚本の運びが巧みで、ドイツ一国の問題では済まされぬ奥行きを持つ作品だ。学校の問題を通して社会全体が透けて見える、その視点は鋭い。監督にとり第4作目の長編だが、日本ではこのチャタク監督作品は初公開で、彼の今後が期待される。
舞台はドイツの普通の中学校だが、整然とした教育環境には驚かされる。内容的には学内の不祥事を扱うが、ドイツの教育制度の堅牢さも見て取れる。

叫ぶカーラ
 (C)ifProductions_JudithKaufmann

教室のカーラ
(C)ifProductions_JudithKaufmann

授業の一コマ
(C)ifProductions_JudithKaufmann

オスカー
(C)ifProductions_JudithKaufmann

カーラと彼女を無視するオスカー
(C)ifProductions_JudithKaufmann

校長(左)とカーラ
(C)BorisLaewen

同僚の男性教員
(C)Judith Kaufmann.Alamode Film

学校新聞の取材を受けるカーラ
(C)ifProductions_JudithKaufmann

オスカーの母親クーン
(C)ifProductions_JudithKaufmann

カーラ
(C)ifProductions_JudithKaufmann

新任教員カーラ

 登場人物、特に主人公の若い新任教員カーラの存在が作品に骨太さを与えている。派手ではないが、内容の充実感で見せる.
カーラを演じるレオニー・ベネシュは、カンヌ国際映画祭パルムドール作品である、ミヒャエル・ハネケ監督の『白いリボン』〈2010年〉が代表作。現代ドイツの若手女優実力派の1人だ。本作の教員はハマリ役である。
彼女は新任ながら1年生のクラスを受け持つ。仕事熱心で真面目、責任感・正義感が強く、不正に対しては強く反発する人物と設定される。順風満帆の出だしであるが、校内の金品盗難事件が頻発し、身辺に少しずつ波風が立ち始める。そこから、主人公カーラの戦いが始まる。
教室内の盗難に端を発する一連の事件。女性校長は「不寛容方式」を旨とし、早速、生徒の財布調べを実施する。強引な財布検査では犠牲者が出て、この事件が後半へとハナシを引っ張る。
ある教員は、トルコ系の少年アリの財布が異常に膨らんでいるのに目を付け、質(ただ)す。実は、この金はパソコン(PC)を買うために父親からもらったことが、彼の父親の証言で明らかになり、一件落着となるところだった。
しかし、アリ少年は、この事件によって危ない子供との印象を周囲に与え、噂(うわさ)が噂を呼ぶ現象が起きる。
この事件で担任教員であるカーラは、教え子が疑われることに我慢の出来ない気持ちになる。「もう少し、生徒のことを考えてやれば。学校は警察ではないのに」との心情だ。
また、アリ少年を通して、本作の底流には外国人差別問題も垣間見える。 
  


トルコ移民の子孫

 ドイツの移民は少し複雑である。ヨーロッパ全体を見れば、その多くはアラブ、東欧、アフリカからの移民が多く、彼らは旧植民地出身者たちの子孫である。一例を挙げると、フランスなら北アフリカ、ベルギーならば旧コンゴといった具合だ。
ドイツは、戦後、トルコからの移民を受け入れ始める。彼らは植民地と関係なくやってきて、ドイツ国民となる。ここがドイツにおけるトルコ移民の特徴であり、彼らトルコ人は、植民地から強制連行されるわけではなく、自主的に国をまたいでの結果である。
統計上は、狭義の意味でのドイツ人は70%、残りの30%が外国系移民である。
疑われるアリ少年は後者の国民に当たる。トルコ系移民は多く、彼らの中には、映画監督のファティ・アキン(最新作『RHEINGOLD』(2024年3月封切り〕)のような国際的に知られる人材もいる。



カーラの立場

 
アリ少年事件の後、似たような事件が収まらず、正義感の強い彼女を悩ませる。
正義とは、見方を変えれば、全く逆の様相となる悪弊も見られる。カーラの場合、厳罰主義は子供の気持ちを踏みねじるとの立場で、直接本人に会って反省させることがベストと信じているが、世の中、彼女の思うようには運ばない。



カーラの独自調査

 
アリ少年の件は、一件落着だが、彼がトルコ系ということで、周囲の視線は「やっぱりなあ」ということになる。外国人移民蔑視の風潮は確かにある。
職員室内でも盗難がやまない。そこでカーラは、犯人を誘い込むため自身の上着のポケットに財布を入れ、PCの撮影機能を使って罠(わな)を仕掛ける。
すると反応ありと出る。盗った人物の顔は写っていないが、ブラウスの腕の部分で事務員のクーンと特定する。どこにでも居る事務方の古手であり、非常に権力を持つ人物は存在するもので、「まさかクーンとは」とカーラは頭を抱える。
本作はここからの展開がすごい。劇映画とはハナシの面白さで見せるものであり、まさに、それを地で行く進行により脚本の冴(さ)えが光る。
証拠を握ったカーラは、クーンに穏やかに「財布を戻して」と語りかける。すると、クーンは色を成し否定し、彼女はカーラのクラスに居る成績優秀な息子オスカーを連れて帰宅。その後、登校しなくなる。
このゴタゴタは学校中の話題となる。教員の大方は非寛容派で、生徒はクラスメートのオスカーに同情する。カーラは生徒が傷つくことを恐れ、事を大きくしたくない。ここで、人を傷つけることを嫌う彼女の善意が空回りし始める。




保護者会

 
この事件を聞いた保護者への説明会が開かれることとなる。この時、休職中のクーンが現われ、自分の無罪を強く主張する。カーラはクーンの息子オスカーを気遣い、2人で話し合いの場を持つが、母親の無罪を信じるオスカーは、カーラに母親クーンへの謝罪を要求し物別れとなる。その折に場を和ませるために、カーラはオスカーにルービックキューブを渡すが、これがラストの伏線となる。
この集まりが徐々に盗難問題から、無断で撮影したことへの非難に転じ、カーラは次第に孤立無援の立場に陥る。彼女の周囲の味方であるはずの教員は、彼女に声も掛けず、無視する態度に出る。
教室では、生徒たちは自分らに何も知らせてくれないカーラに対する不満が募り、ボイコット状態となる。




深まるカーラの苦悩

 
この若手新人教員を巡るハナシは、日本で言えば学級崩壊であろう。この騒動に巻き込まれるカーラは善意を悪意と取られる犠牲者だが、このことは、人間だれしもが一度は経験する苦い思い出であろう。
教育の在り方、そして、背後の社会的風潮。本作の場合は、移民社会、具体的に言えば、ドイツ内のトルコ移民に対する視線と、まさに現代の物語であり、作り手の思考の深さと、脚本の厚味を感じさせる。
地味ながら、傑作の部類に入る作品だ。







(文中敬称略)

《了》

5月17日から新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

映像新聞2024年5月6日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家