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『かくしごと』
嘘の重なりで進行する家族劇
事故で記憶を失った少年を助ける主人公
確信に満ちた作り手の着想の良さ

 『かくしごと』(2024年/関根光才監督・脚本、日本/原作:北國浩二「嘘」〈PHP文芸文庫刊〉、128分)は、偶然な出来事から、事故で記憶を失った少年を助けた里谷千紗子(杏)が展開する家族劇である。見た目には地味だが、物語自体に工夫がこらされ、なおかつ、ハナシの面白さも加味され、2時間強の長さにもかかわらず、見るものを惹(ひ)きつける。作品としての強さが本作にある。その他にも、撮影監督・上野千蔵の山間の緑深い風景、田舎の古民家の写し取りなど、作品としての撮影技術もしっかりしている。

千紗子
 (C)2024「かくしごと」製作委員会

父親孝蔵と拓未

食卓の千紗子と拓未

追突の現場

千紗子と拓未

釣りを楽しむ2人

千紗子(右)と親友・久江

亀田医師(右)と千紗子

登場人物

 主人公・里谷千紗子は絵本作家で、父親・里谷孝蔵(奥田瑛二)は1人山奥に住み、毎日自宅横の作業所で仏像彫りに余念がない。父親は認知症を発症し、彼の介護のために都会から娘が会いに来るが、父親は娘の顔を思い出せない。わざと無視する態度に出た可能性もある。
元々、2人の間には何かわだかまりがあり、長期絶縁状態にある。娘の千紗子は、渋々彼が住む山まで来るが、明らかに不機嫌な孝蔵に不快感を抱いている。彼女は、来たくてきたのではないと、はっきり態度に出し、父親の介護のための毎日を送ることとなる。
まさに、他人同士が同居するような状態だ。千紗子の山での生活の楽しみは、友人の野々村久江(佐津川愛美)との交友である。 
  


事の発端

 幼友達の帰郷を知り、久江が顔を出す。そして2人は、車で町へ飲みに出かける。どうも田舎では酔っ払い運転に対して寛容のようで、久江も生ビール2杯飲み帰途につく。彼女は全く気にする様子はなく、千紗子を車に乗せ夜の山道を走る。
突然、何かが車にぶつかる気配、2人は車外に出る。そこには少年((中須翔真)が倒れている。驚く2人、千紗子はすぐに警察を呼ぼうとするが、久江が止める。
男児を抱える久江は、役場に勤める公務員で、飲酒運転事故が露見すれば職を失うのを恐れ、千紗子に反対する。久江の立場もあり、意識のない少年を2人で千紗子宅へ運ぶ。そこで、周夫年の状態を見るために体を調べる。
すると、少年の足には縄が巻き付けられ、腹部には虐待の跡が確認される。その時、千紗子は少年を引き取り、自分の子供として育てる決心をし、後の面倒を顧みず、ケガを負った少年を介護する。自宅で保護すれば、監禁罪で警察沙汰になることは十分承知しながら。



新しい家族

 
少年は重傷を負っていないことが分かり、久江は帰宅する。翌朝、目を覚ました少年は記憶を失ったままだが、他に傷もなく、ご飯もしっかり食べ、一難は去る。
そこへ、少年の状態を心配する久江が朝一番にやって来る。その場で、千紗子は少年を我が子として引き取り、名前も新たに「拓未」と名付け、自分が親であることを教える。少年は、新しい母の出現に戸惑いながらも、何か安心するようだ。
こうして、千紗子、孝蔵、拓未の新家族が誕生する。



千紗子の調べ

 
少年は記憶喪失で、詳しいことは何も分からないものの、TVから近くの川で子供が行方不明になったというニュースが流れる。消防署の話だと、バンジージャンプをした少年がそのまま川に落ち、その後の消息が分からないという。
ニュースを見た千紗子はハッと思い、役場勤務の久江に連絡し、少年の家族について調べ始める。
行方不明である少年の家族の見当が付き、千紗子は、直接その実家に乗り込む。迎えるのは若い女性。彼女は警戒して家の中へ入れようとしない。千紗子は、計画通り水難事故者救済会と名乗り、保証金の話をすると、すぐ飛びつき中へ入れてもらえる。
そこで家族状況を尋ねると、千紗子が考えていた通りである。行方不明の少年の家に違いなく、その家族は少年の安否を知らないことを確認する。彼女は、少年を預かる意志がますます強くなる。




亀田医師の役割

 
物語の中で、亀田医師(酒向芳)が重要な役割を果たす。千紗子を子供の時から知る人物で、何でも相談できる人物と設定される。原作のアイデアであろうが、この人物配置は良く考えてある。
拓未少年の身体チェックをこの医師にしてもらい、何も異常がないと、嘘(うそ)の母親千紗子を安心させる。亀田医師は孝蔵の認知症の進行を見守っている。そして、意外な事実が明らかになる。
千紗子には男の子がいたが、海難事故で溺死し、それにより夫婦間も気まずくなり離婚する。そして、拓未は死んだ子の兄と辻褄(つじつま)を合わす。拓未の登場は、彼女に子供をもたらす絶好の機会となる。




孝蔵の病状

 
千紗子の父親・孝蔵は、亡き妻を偲び毎日仏像を彫るのが日課である。彼は気難しいが拓未とは気が合い、拓未も作業場にちょくちょく顔を出す。
おじいちゃんと孫のような2人、それに娘の千紗子との3人家族が暮らす様子は、まるで本物の家族のようだ。
ある晩、就寝中の千紗子は不審な物音で起きる。次の間で寝ているはずの孝蔵が、立ちすくんでいる。老人によくある"お漏らし"をし、恥ずかしさと、幼児のような自分の姿にただただ泣き入る。千紗子もあまりの様子に、怒り、悲しみ、自身も涙する。
ここで、孝蔵は自分の現在の様子に困り果て、わざと娘に対して知らないふりをし、不愛想な態度を取っていたことを泣いて詫びる。この機におよび、互いに不信感で泥まみれだった2人のわだかまりが解ける。父親も嘘の態度を取り続けたのだ。ちょうど、拓未を引き取り、嘘の家族を作り上げた千紗子のように。





実父の突然の登場

 
一見、うまく行きそうな新しい家族の形をぶち壊す事件が起きる。このような小さな事件を次々と繰り出す関根光才監督の物語構成の運びがうまく、見る者の興味をつなぐ。
少年の実父、犬養安雄(安藤政信)は、彼の生存を知り、ゆすりのために千紗子宅へ突然出現、誘拐の罪で1億円出せと脅しをかける。そして千紗子は押し倒され、拓未は、とっさに新しい母親を守るため、仏像用の彫刻刀で実父を切りつける。虫の息の彼に、千紗子が止(とど)めを刺し、男は絶命する。
彼女の突然の一刺しは、拓未に代わり自分が罪をかぶるためであり、これまた、嘘の論理である。




公判

 
千紗子は殺人の罪に問われ、弁護側は正当防衛を主張する公判の場面へと移る。そして、拓未も公判で証言することになる。ここで、大どんでん返し劇が起こる。見る者の予想に反する拓未の発言で、千紗子の最後の嘘の信ぴょう性が揺らぐ。
物語は嘘の重なりで進行する。千紗子が拓未の母親にあること、孝蔵の認知症は進行中であるが、娘に対するわだかまりから来る硬直した態度は、意図的な?ともとれる。嘘は法に抵触する一面もあるが、あえて述べるなら、善意に基づくこともあり得ると、暗に訴えかけているのではなかろうか。
では、嘘は悪いと言えば、そう言い切れない難しさがある。そこには、嘘も時として人の良心に対する確信と信頼の太い柱として存在することを、作り手は主張していると見える。
小さな事件を積み重ねる物語の進行は、人を惹きつける力があり、ラストのどんでん返しへと引っ張る手腕は見事である。
確信に満ちた作り手の着想の良さには感服させられる。






(文中敬称略)

《了》

6月7日(金)TOHOシネマズ 日比谷、テアトル新宿他全国ロードショー

映像新聞2024年5月20日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家