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『ジャン=ポール・ベルモンド傑作選 GRAND FINALE』
フランス映画界の大物俳優の特集第4弾
締めを飾る代表作3本を上映
映画研究者にとっても絶好の機会

 フランス映画界の大物俳優ジャン=ポール・ベルモンド(1933−2021年)の特集上映が催される。このイベントは2020年から3回にわたり実施され、既に主演作20本を上映している。その第4弾でラストとなる今回は、6月28日から3作品をラインアップする。締めを飾るイベントは『ジャン=ポール・ベルモンド傑作選GRAND FINALE』(グランド・フィナーレ)』と銘打たれている。

 
今回上映する3本とは、『おかしなおかしな大冒険』(1973年/フィリップ・ド・ブロカ監督・脚本)、『ライオンと呼ばれた男』(88年/クロード・ルルーシュ監督・脚本)、そして、『レ・ミゼラブル』(95年/クロード・ルルーシュ監督・脚本)である。
特に、トリたる『レ・ミゼラブル』は、ヴィクトル・ユーゴーの同名原作を、激動の20世紀を舞台に大胆にアレンジし、数ある『レ・ミゼラブル』ものとしても映画化史上最高傑作といわれている。
また、これまで上映してきた20作品の中から、『恐怖に襲われた街』(75年)、『危険を買う男』(76年)など、「グランド・フィナーレ」の名に相応しい6本を厳選し、アンコール上映する。ベルモンド・ファンならずとも面白い映画、また、映画研究者にとり絶好の機会といえる。

「おかしなおかしな大冒険」  ベルモンド(左)とジャクリーヌ・ビセット(右)
 (C)1973 / STUDIOCANAL - Nicolas Lebovici - Oceania Produzioni Internazionali Cinematografiche S.R.L. All Rights Reserved

「おかしなおかしな大冒険」  冒険小説家の主人公
(C)1973 / STUDIOCANAL - Nicolas Lebovici - Oceania Produzioni Internazionali Cinematografiche S.R.L. All Rights Reserved

「おかしなおかしな大冒険」  スパイ組織に捕らえられる 中央2人
(C)1973 / STUDIOCANAL - Nicolas Lebovici - Oceania Produzioni Internazionali Cinematografiche S.R.L. All Rights Reserved

「ライオンと呼ばれた男」  くつろぐ主人公
(C)1988 / Les Films 13 - STUDIOCANAL - TF1 Films Production - Stallion Film Und Fernseh Produktiongesellschaft - Gerhard Schm Film Script. All Rights Reserved

「ライオンと呼ばれた男」  南米での毎日
(C)1988 / Les Films 13 - STUDIOCANAL - TF1 Films Production - Stallion Film Und Fernseh Produktiongesellschaft - Gerhard Schm Film Script. All Rights Reserved

「ライオンと呼ばれた男」  主人公と娘
(C)1988 / Les Films 13 - STUDIOCANAL - TF1 Films Production - Stallion Film Und Fernseh Produktiongesellschaft - Gerhard Schm Film Script. All Rights Reserved

「レ・ミゼラブル」  主人公ジャン・ヴァルジャン
(C)1994 / LES FILMS 13 - TF1 FILMS Production. All Rights Reserved

「レ・ミゼラブル」  主人公の家族
(C)1994 / LES FILMS 13 - TF1 FILMS Production. All Rights Reserved

「グランド・フィナーレ」のポスター

ジャン=ポール・ベルモンド

 彼は1960年代から80年代にかけて、フランスを代表するスターであり、人気はもとより一番の稼ぎ手といわれ、フランス映画史に残る大物だ。
1957年の『歩いて馬で自動車』が第1回作品である。主としてアクションものや恋愛ものが中心で、ヌーヴェル・ヴァーグのジャン=リュック・ゴダール監督の『気狂いピエロ』(65年)以降、芸術派から離れ、娯楽ものに専念する。総出演作は74本(『ジャン=ポール・ベルモンド』フレドリック・ヴァルモン著〈1980年/フランス〉による)である。
通称「ベベル」と呼ばれ、国民的スターでもある。彼は映画興行の原点たる娯楽性に着目し、終生、この道を歩む。人柄も明るく、ちょっと軽めで親しみやすい。ここが彼の人気の由縁であり、多くのファンを魅了した。
彼の人柄を語るエピソードがある。筆者の友人が、パリのディスコ(ナイトクラブ)で言葉を交わしたことがある。その時、ベルモンドは非常に話しやすく、感じが良かった印象を受けたとのことだ。
晩年は病魔に侵され、映画・TVを引退し、元々、演劇から映画の世界に足を踏み入れた彼は、オペラ座近くの19世紀から続く名門劇場「テアトル・デ・ヴァリエテ」のオーナーも務めた(1991―2004年)。 
  


「おかしなおかしな大冒険」(73年)

 ベルモンドお得意のアクションものであるが、ただのアクションではなく、多分にコミックで、ナンセンスさが持ち味となっている。いわゆる肩の凝らない、面白おかしい部類の作品だ。当時、彼は40歳である。
物語の始まりで、メキシコの繁華街の電話ボックスにスパイが入っていると、天からスルスルとロープが舞い降り、ボックスごと吊り上げ海に捨てられる。そして、海中で待ち構える2人組が、檻(おり)のサメを放ち、ボックスの中のスパイはその餌食となる。何とも笑える冒険アクションなのだ。
物語の骨子は、ベルモンドが敵側スパイで、メキシコのスパイの武装グループと対峙する展開であり、その荒唐無稽さにあきれたり、驚かされたりする。
この物語の構成は、ベルモンドと3度目のコンビを組むフィリップ・ド・ブロカ監督・脚本によっている。徹底した単純明快なギャグで、頭をひねらずとも笑える趣向となっている。ベルモンドの狙う庶民路線であろう。
このような手の打ち方、到底、カンヌ国際映画祭での受賞は望めない。批評家向きでない作品で、アラン・ドロンと共にカンヌ国際映画祭では無冠なのだ。だが、見る者を楽しませ、作り手もがっぽりのスタイル、案外興行の原点かも知れぬ。原理的に米国映画もこの路線をしっかり踏襲している。
ただし、この娯楽志向、面白くなければいけない。そのためには、人の興味を引くハナシが必要となる。それが脚本である。その好例が米国映画の脚本第一主義と考えられる。ベルモンド自身もこの点を見抜き、面白くなければ映画ではないと考えたのであろう。



「ライオンと呼ばれた男」(88年)

 
本作は、ベルモンドがお得意のコメディー・アクションではなく、1人の男の生き様を描くもので、彼が55歳の時の作品だ。ルルーシュが監督と脚本を担当している。
冒頭、舞台はモンマルトル、その丘の下に小屋掛けの回転木馬があり、それをじっと見る若い母親は、意を決したように足早に立ち去る。回る木馬には、3歳の男児が残される。立ち去ったのは、生活苦にあえぐ母親。その子はサーカス団に拾われ、年少にしてスターとなる。
その少年は、馬の上で芸をする時、滑り落ち重傷を負う。6歳になった少年のサーカス人生は、ここで終わり、それからは裏方の清掃係となる。ここで少年は、大きなゴミ車の足にキャスターを付けることで、作業の効率化を思いつく。これを機に、彼は運送業を始め、成功を収める。
捨て子だったサム(ベルモンド)は、頭が良く、事業にも成功する。年も50歳に達し、人生に疲れを覚え始め、ヨットで単独大西洋横断の旅に出るが、大西洋上で行方不明となる。
この前半部のハナシの運びは、人の好奇心を引き付け、面白くなりそうな予感がする。この辺り、娯楽モノに良い味を出すルルーシュ監督の腕の見せ所である。
サムは死んだと思われ、会社は息子と娘へと引き継がれる。しかし、経営は捗々(はかばか)しくない。消息不明のサムはアフリカに居ると設定される。ここから後半部へ突入し、人情絡みの親子の愛情ものへと新たな局面が現われる。この話の転換もツボを得ている。職人ルルーシュ監督の上手さがはっきりと見える。
物語がラストに近付くにつれ、サムを敬愛する若者アリがサムの娘と恋に落ちる。サムは若い彼に、将来的に会社を任す心づもりとなる。2人は結婚し孫が誕生する。この部分、ちょっと話がうますぎるが。
ここで、今まで独立独歩の一匹狼で生きてきたサムが、満面の笑みを浮かべ新しい命の誕生を祝福する。近寄り難く、人を寄せ付けなかったサムも丸くなったものだ。
この感動劇のように、『おかしなおかしな大冒険』でも使う感動的場面、人と人とのつあがりを強調して見せるところは、ベルモンド流で、ここにファンも拍手喝さいを送るのである。



「レ・ミゼラブル」(95年)

 
本作もルルーシュが監督・脚本を担当する175分の長尺ものである。原作はヴィクトル・ユーゴーで、1815年−33年の18年間を断片的に描く。波乱万丈の主人公、ジャン・ヴァルジャン(ベルモンド)を通し、原作者ユーゴーがこの物語を書いた当時(1860年代)のフランスを取り巻く社会情勢が、内容に反映している。この点が本作に強い現実感を与えている。
筋書きを一応まとめておく。主人公ジャン・ヴァルジャンは貧しさのあまり一斤のパンを盗み、19年間服役。この判決、貧乏人への見せしめの意味があり、当時の社会状況の反映と思われる。
出獄後、無一文の彼は一晩の宿を求めてミリエル司教の館に1泊する。彼は司教宅の銀食器を盗むが、捕えた警官の前に、2本の燭台(しょくだい)までも司教が差し出し、自らが彼にやったとして無罪放免される。
ここが、本作の重要なところで、ジャン・ヴァルジャンは司教の無償の愛を感じ、真人間となり、その後の苦難の道を乗り越える。
ここに読者を虜(とりこ)にする無償の愛の力が示される。原作は国民文学とうたわれ、映画の方は、それまでのベルモンド作品と異なる展開となる。1人の犯罪者が偉大なる聖人として生涯を終えるが、底流として真実の愛がテーマとして流れる。ベルモンドの晩年の感動の名作である。
人は変わり得ると説くところが、「レ・ミゼラブル」の真の意図であろう。そして人間関係の錯綜(さくそう)も本作の劇的効果につながっている。







(文中敬称略)

《了》

6/28(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

映像新聞2024年6月17日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家