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『大好き〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』
知的障がいを持つ1人の少女を追う
家族との日々描く50年の記録
普段気づかない大切な教訓を得る

 50年にわたり、知的障がいを持つ1人の少女を追うヒューマン・ドキュメンタリー『大好き〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』(2024年製作、伊勢真一監督、カラー作品、110分/以下『大好き』)の公開が迫っている。本作の主人公「奈緒ちゃん」は、監督自身の姪(めい)っ子(実姉の長女)であり、家族と家族の日々を描く作品だ。

 
奈緒ちゃんの母親、西村信子は女児を仮死状態で産み、医者からは「長くは生きられない」と言われる。当の奈緒ちゃんは、てんかんの発作に苦しみ、知的障がいを併せ持ちながらも、今や50歳を迎える。
撮影開始当時9歳だった彼女は、多くの人々の心配や予想を超え、今まで生き永らえ、毎日元気で明るく過ごす。母の伸子は80歳を迎え、そろそろ終活の準備に入る。
奈緒ちゃんの叔父である伊勢真一監督(74歳)は、姉の家族のために、記念アルバムのようなショートムービーのプレゼントという思いが、本作の製作動機であったという。『大好き』はこうして、家族の記念写真のように始まる。
本シリーズの第1作は1995年の『奈緒ちゃん』、その後、彼女の成長に合わせ、2002年『ぴぐれっと』、06年『ありがとう−奈緒ちゃん・自立への25年−』、17年『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』、そして本作『大好き』がシリーズ5作目として製作される。
このシリーズ5作を含め、伊勢作品の製作本数は24作で、ここに彼の旺盛な制作意欲が感じられる。ドキュメンタリー監督で、伊勢監督の弟子筋に当たる監督、東志津は、彼の制作意欲を支えるものは「弱きものを捨て置くことをしない」という信念であることを指摘している。
作品のクランクインは1983年で、その後、同シリーズは50年も続くが、この長期製作は監督自身も考えなかったに違いない。

伊勢真一監督
(C)いせフィルム ※以下同様

家族写真

お宮参り

お母さん80歳記念ケーキ

台所の奈緒ちゃん(右)

奈緒ちゃん50歳記念ケーキ

赤ん坊の奈緒ちゃん

上映会でのあいさつ

西村一家

 主人公の奈緒ちゃんを取り巻く家族は、彼女と母親の信子、父親の大乗、弟の記一の計4人。撮影は横浜市の住宅街でスタートし、お正月場面から始まる。
母親の信子は、元々音楽好きで、武蔵野音大出身であり、家には古いピアノが置かれている。この古ぼけたピアノを見た伊勢監督は、「調律費用くらい出してやる」と話したところ、実姉は早速事務所にお金を取りに来たそうだ。よほどピアノに執着している様子だ。彼女の弾くショパンは見事なもので、一聴に値する。
奈緒ちゃんの父親は、サラリーマン退職後"毎日がサンデー"で、大好きな酒とゴルフの日々を送っている。かなりアバウトな性格の持ち主とお見受けする。ある時、彼は「自分は妻の手の上で泳がされている」と口走る。それに妻(母親)は異を唱える。「父親は何も変わってない」と突く。父親は「自分は変われる」と強弁する。
奈緒ちゃんの世話、日常の家事、地域作業所「ぴぐれっと」、そしてグループホームの運営と、すべてが母親の肩にのしかかる。ある時、この状況をカメラに向かって訴える母親。しかし、父親は自宅前の道路でゴルフの素振りに専念がない。家事分担の不徹底なしわ寄せが、女性1人に負わされる不条理。
この変わらぬ現状に対する女性からの諦めに近い抗議、これらが日本の家庭の一般的姿かと思えば暗澹(あんたん)たる気持ちに陥る。この伊勢監督の鋭い感性に思わず納得させられる。 
  


「いのち」の向う先

 障がいをかかえる子を宿し、出産する母親の悩みは深い。奈緒ちゃんは生まれてすぐ、てんかん発作が起き、1時間半も生死をさまよう。医者はさじを投げ、周囲も死を覚悟する。そして、彼女の長い発作がやっと収まり、命を取り留める。
この時、母親は「いのち」は生きる方向に向かうことを思い知らされる。この「生きる方向へ向く考え方」には、なかなか気づかない。教訓めくが、「生きる方を目指せば」生きる可能性は広がるのではなかろうか。胸にしまっておきたい言葉だ。



母親の苦悩

 
重度の障がい児を妊娠した母親は、一般的に、お腹の子が大きくなるにつれ、危険を承知の上で、出産願望が強まるという話を耳にしたことがある。この出産願望は妊娠中から芽生え、徐々に大きくなり、出産を決意するに至るものだが、この「いのち」を自分の手で育てることは尊いことである。
しかし、それには多くのハードルを越えねばならない。奈緒ちゃんの母親は、障がい児を生んだことで、生まれた子に対し申し訳ないと自分を責め、娘を道連れに死のうとしたこともある。辛い決断だ。しかし、良い面もある。せっかく授かった「いのち」を自分の手で慈しみ育てる喜びである。
障がい児の母親たちは、「生んで申し訳なかった」と考えるより、逆に「生まれてきてくれてありがとう」とする心境に変化するそうだ。この点が、本作『大好き』の一番訴えたいことである。
母親は1人で苦戦しながら子育てをし、辛酸をなめるが、その母親自身が「生まれてきてくれてありがとう」と言う場面、慈愛に富み、娘に対する最大のエールとなるであろう。



母子の絆

 
母親・信子も年を取り、奈緒ちゃんの50歳の誕生日には80歳となる。年を経ると不思議なもので、母子の顔つきが酷似する。元気いっぱいの娘と終活を始める母の2人、人間これほど似て来るのかと思わず感嘆してしまう。見事なまでだ。
2人の仲は良く、食卓でも、娘は母親の腕を掴んではなさない。究極のスキンシップである。日本人は欧米人に比べ日常生活の中で、肌と肌を合わすことが少ない。これは、人間の根源にかかわる状況なのだろうか。この母子の互いを思うスキンシップは見ている方が感動する。
たまに娘が母親に叱られるところも心温まる。奈緒ちゃんが、母親に無断で買い食いする場面だ。母親は、彼女が素直に謝ることを要求するが、娘は何とかやりすごそうと下を向いて無言の態。この辺り、健常者と全く変わらない。この場面を見て、親は腫物のように娘を扱わず、普通に対処すればよいことを、こちらが自然と学ぶ。
本作で言いたいことは、障がい者を特別扱いせずに、普通に接することの重要さである。母親は障がい者だからと腫物に触る態度ではなく、逆に、障がい者から教わることが多いことに気づく。
本作中、多くの母親(障がい者を子に持つ)は、子に対し「生まれてきてくれありがとう」という気持ちを持つようになる。大事なことで、人として敬い合うことに通じるのだ。いわば、先述の東志津監督がいみじくも述べた「弱さを肯定するまなざし」そのものだ。
『大好き』からは、普段気づかない大切な教訓が散りばめられている。普通、障がい者物の作品は、見る前から気が重く、避ける気持ちになる人も結構いるが、そのような方は『大好き』をぜひ見てほしい。
充実感を持って生きる奈緒ちゃんの天真爛漫(らんまん)な姿を見れば、本作は決して暗い作品ではなく、生きることの納得感をきっと得られるはずだ。







(文中敬称略)

《了》

 

7月13日から8月9日、新宿K`sシネマで上映

映像新聞2024年7月1日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家