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『ソウルの春』
韓国「12・12軍事反乱」を主軸に描く
大統領暗殺前後の権力闘争
明確にした悪玉・善玉の人物配置 |
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『ソウルの春』と言えば、普通、韓国の民主化における過程の出来事と思われるが、それ以上のことは知らない人が多いのではなかろうか。その実像を明らかにするのが『ソウルの春』(2023年/キム・ソンス監督・共同脚本、韓国、韓国語、142分)である。本作、韓国では2023年に観客動員数が1300万人を超え、歴代級のメガヒットとなる。国民の4人に1人が鑑賞したことになり、わが国の興行ランキングと比べものにならぬほどの動員である。
「ソウルの春」とは、パク・チョンヒ大統領暗殺事件に端を発し、国民の民主化ムードが漂った政治的過渡期を指す。民主化への期待が高まるものの、武力鎮圧で急速にしぼむ。ちょうど、チェコスロヴァキア(当時)の「プラハの春」になぞられる呼称である。
物語は、1979年の「12・12軍事反乱」を中心に置いている。同様の事件として、「10・26(パク・チョンヒ大統領暗殺事件)」や翌年(80年)の「5・18(光州事件)」は、たびたび映画化されているが、「12・12」は本作が初である。
この事件が起きた当時、高校3年生だったキム・ソンス監督は直接銃声を聞く。その時以来、この事件に関心を持ち、映画化が実現する経緯(いきさつ)となる。
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チョン・ドゥグァン(左)とイ・テシン(右)
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出動する軍隊
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作戦を練るイ・テシン
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鎮圧グループと反乱グループの銃撃戦
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会食中、檄を飛ばすチョン・ドゥグァン
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イ・テシンと参謀総長
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作戦会議
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パク・チョンヒ大統領治下の1979年10月26日に起きた、同大統領暗殺の前後をめぐる権力闘争ムードが漂った数カ月を、本作は取り上げている。
中心人物は、チョン・ドゥグァン(保安司令官/ファン・ジョンミン)。軍事反乱を企て、さらに5カ月後に光州事件で民主化の波を武力的に鎮圧した、第11、12代大統領である。このグループは慶尚北道(キョンサンブクド=大邱〈テグ〉市、釜山〈プサン〉市、蔚山〈ウルサン〉市を含む)出身者で固めている。
この独裁権力者に立ち向かうのが、クーデターの反乱軍側に対抗する存在として据えられた、首都警備司令官のイ・テシン(チョン・ウソン)である。彼は、いわゆる権力主義まっしぐらのチョン・ドゥグァンに対し、高潔な軍人と設定される。ラストでは、負け戦(いくさ)を覚悟し、1人で敵陣へ乗り込む正義の士である。
本作では、キム・ソンス監督の強い思い入れがあるため登場人物は実名だが、イ・テシンだけが仮名を使っている。実際のモデルは、将軍の1人であるチャン・テワンである。
悪玉のチョン・ドゥグァン、善玉のイ・テシンと、分かりやすい人物配置は作品の狙いである。国を武力で強引に乗っ取った人物としてチョン・ドゥグァンは、大統領就任8年後に退陣する。国民の不評を買ったのは軍事的独裁体質と共に、多大な不正蓄財も退陣の一因となる。
「ソウルの春」を押しつぶす強力な一派があり、これが本作中にしばしば登場する「ハナ会(ハナフェ)」で、このグループが権力者のチョン・ドゥグァン独裁に、われもわれもとばかり付き従う。彼ら自身、高位高官で、地方を含めて、何人かは師団長を務めている。
同会はパク・チョンヒ大統領(在任1961年−79年)が、実に18年間の韓国支配のために、自身の息のかかる陸士(陸軍士官学校)将校を中心に立ち上げた軍内組織である。元々は軍の統制に細かく配慮するパク・チョンヒ大統領の対軍人対策であり、元軍人たちにはたっぷり生活費を補助し、不満を吸収する。
予備役将軍は、大使、国営企業への天下りをさせる。同大統領は、陸士11期のチョン・ドゥグァン(在任1980年−88年)、ノ・テウ(同1988年−93年)などに目をかけ、腹心を育てる。
パク大統領を後ろ盾として、1964年にチョン・ドゥグァンが私組織を結成、これがハナ会である。同会は後々までドゥグァン大統領の権力の源泉となる。
パク・チョンヒ大統領暗殺後、チョン・ドゥグァンが大統領に就くが、このハナ会に対し、他の将軍たちは彼らの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を阻止する動きに出る。最終的にはチョン・ドゥグァン大統領が退陣する1988年以降、キム・ヨンサン大統領(1993年)の時代までハナ会は存続する。
パク・チョンヒ大統領、チョン・ドゥグァン大統領、ノ・テウ大統領独裁政治と続き、1998年のキム・デジュン大統領(15代)まで、韓国の民主化は待たされる。
事の発端は、ソウルのKCIA(大韓民国中央情報部本部)で何かが起きたらしいとの一報で、警備の軍隊が駆け付ける。この描写に迫力があり、今後の展開を期待するに十分だ。KCIA本部には武装した多数の兵士が空間を埋め、物々しい雰囲気となる。
その真相は、同本部での会食の席で現職大統領パク・チョンヒが射殺される。撃ったのはKCIAの部長,キム・ジェギュで、ただちに彼は現場逮捕となる、
この時、パク・チョンヒ大統領の後釜を虎視眈々(こしたんたん)と狙う保安司令官チョン・ドゥグァンは、次は自分の番とばかり、動き始める。彼には、公然たる秘密組織ハナ会が付いており、この暗殺事件を利用する意図は明らかである。
一方、暴走するチョン・ドゥグァンに対し、反対グループのイ・テシン首都警備司令官は、ハナ会が軍部内の主要ポストをたらいまわしする不公平人事に異を唱え、チョン・ドゥグァンと対立し、後のクーデターで角突き合わせる。
このように、チョン・ドゥグァンを悪玉とし、イ・テシンを善玉とする、2極を代表とするヒーローを設定する。実際、全てが軍隊内空間で繰り広げられる、2極対立の構図は分かりやすい。
両軍、戦闘準備に入り、兵力を動員し、武力対立へと歩き始める。チョン・ドゥグァン側は、イ・テシン側の通信を全部傍受し、敵側の動き全てをつかみ、情報戦で一歩先んじる。対するイ・テシン側は、反乱軍のソウル入りを最後の一線とし、韓江(ハンガン)の橋の封鎖を図る。
そしてチョン・ドゥグァン側は、対立側の陸軍参謀総長チョン・サンホの確保を狙う。次に、地方に散る師団を如何に自陣に取り込むかに腐心する。
参謀総長逮捕には、チョン・ドゥグァンはチェ・ハンギュ大統領(第10代大統領)の許可を求め、深夜に訪問し、特例としての許可を出すことを頼むが、ハナ会のこともあり、彼は納得しない。
業を煮やしたチョン・ドゥグァンは、無許可での逮捕を強行。その後、地方の軍隊の反乱軍への参加で、形勢は圧倒的にチョン・ドゥグァンに有利に働き、「12・12軍事反乱」は反乱軍が勝利する。
他方、イ・テシン首都警備司令官は1人でも最後まで闘う決意で、敵地に1人で乗り込むが、多勢に無勢、その場で逮捕される。
反乱軍はこのクーデターの勝利で意気が上がり、翌年の1980年5月に、今までのソウルでの非常戒厳令を全国に拡大させ、さらに、光州での、学生の民主化要求を軍隊を投入し武力弾圧、これがいわゆる「光州事件」である。
チョン・ドゥグァンは12・12軍事反乱を経て、1980年9月1日に大統領当選、8年余り務める。
この血塗られた元大統領は多くの国民を殺し、その上、不正蓄財で1996年に死刑判決を受けるが、17カ月後特赦で釈放された。
逝去は90歳で畳の上での大往生である。理不尽な措置だが、韓国の政界、財界には保守の岩盤というべき層があり、彼らと事を構えない配慮が感じられる。
力のある大作だ。その上、スピード感が凄い。
(文中敬称略)
《了》
8月23日(金) 新宿バルト9ほか全国公開
映像新聞2024年8月19日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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