
『私は憎まない』
パレスチア人から見た「ガザ戦争」
平和主義の医師の活躍を追う
戦争の終結へ向けて力を尽くす |
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イスラエルとパレスチナの戦争(ガザ戦争)は、現時点では圧倒的なイスラエルの武力行使により、パレスチナでは、おびただしい国土破壊と、4万1000人以上といわれるパレスチナ人が殺されている。この戦争、イスラエルの絶え間ない空爆で、パレスチナ人は社会的インフラを破壊され、多くの避難民が命の危険にさらされている。こうしたパレスチナ人の苦境を写し出すドキュメンタリー作品が、『私は憎まない』(2024年/タル・バルダ監督、カナダ・フランス共同制作、92分)である。
本作は、虐殺に遭うパレスチナ人の立場からの戦争ドキュメンタリーである。現在継続中のこの戦争、数少ないパレスチナからの情報発信だ。
本作の主人公、イゼルディン・アブラエーシュ博士(以下イゼルディン)は、パレスチナ系カナダ人の医師であり、同時に国際的に著名な人権活動家である。戦争の終結へ向けて力を尽くす、良心的な医師であることは、わが国ではおそらく知られていない。あえて言えば、無名の平和主義者である。
彼は戦闘が続くガザ地区の貧困地域、ジャバリア難民キャンプ出身で、イスラエルの病院で働く初の医師としても知られている。なぜパレスチナの1人の医師が、イスラエルの病院で働くのであろうか。本作『私は憎まない』を通して、彼の言動を知ることになる。
彼は両国で赤ちゃんを取り上げる、異色の経歴の持ち主である。多民族国家の同地域においてユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒の赤ちゃんに違いはなく、皆、同じく生まれたての赤ちゃんという視点で、共存が可能であることを自らの医療で体現している。
彼は、ガザ在住ではあるがイスラエルの病院に通いながら、病院で命が平等なように、外の世界でも、同じく人間は平等であるべきとし、医療でイスラエルとパレスチアの分断に橋を掛けようと力を尽くす。彼の、許しと和解を望む精神が究極の試練にさらされる。
イスラエルが打ち続ける空爆で、町は破壊され、地上では飢えに苦しむ子供たち、そして多くの死体で埋め尽くされるガザの町に、イゼルディンは大家族と一緒に暮らす。子沢山の彼には、幼児が7人おり、女の子が多く、末の男の子は、お姉さんたちから一緒に寝るために取り合いとなるなど、ほほえましい話も交じる。
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イゼルディン・アブラエーシュ博士
(C)Filmoption ※以下同様
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イゼルディン一家の移動
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記者会見中のイゼルディン
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ガザ地区
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娘たちの死を悲しむイゼルディン
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残った娘シャドを交えての記者会見
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亡くなった3人の娘たち (@Famille e Abuelaish)
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本作の発端は、2009年としているが、その後、2024年まで、ずっとイゼルディンの活動を追っている。15年間にわたる歳月の中での戦争の様子がずっと描かれ、20数年のガザの破壊の様子が、編年体でまとめられ、見る側は自然とこの戦争の歴史を知ることになる。
正直いって、われわれ日本人はイスラム教徒でなく、ましてや遠いパレスチナの出来事で、ガザ戦争の存在を時折ニュースで目に触れる程度である。その上、パレスチナ陣営のことは、ほとんどニュースとして伝えられていない。あえて言えば、米国経由のニュースばかり氾濫し、パレスチナは蚊帳の外といった状態が続いている。
このように本作は、この戦争を語る上で、貴重な資料と言える。
難民キャンプに生まれ育つイゼルディンには、苦い経験がある。2009年のガザ戦争の時のことである。
生活の方は、まずガザ地区で開業し、分け隔てなく多くの患者を受け入れ、人々の信頼を獲得する。その後、彼の友人の引きで、イスラエルの病院に勤務する。
人々から信頼される医師として、国境はフリーパス。いわば「顔パス」である。イスラエル国境入りに、他のパレスチナ人は仕事を求めて押し合いへしあいだが、彼は特別待遇、医者として必要不可欠な人物なのだ。
この彼、政情不安のガザから、その後、子供たちと一緒にカナダへ移住し、トロント大学医学部の教授として迎えられる。彼をよく知る友人の推薦である。
それ以前は、ガザ地区の流行(はやり)医者で、十数人の家族のために、市内で5階建てのマンションを建て、一族一緒に暮らす。しかし、イスラエルから目を付けられ、建物は戦車で破壊され、3人の娘と姪(めい)が殺害される悲劇に見舞われる。イスラエルの病院で同国人を献身的に診る医師に対しても、蛮行を平然と繰り返すイスラエルの体質が覗(のぞ)く。
彼は、トロント大学のオファーの受け入れを決め、子供を連れてのカナダ入りだが、ガザには身内が20‐30人残り、その内2023年10月以降の戦争で20人を失うという、更なる不幸に見舞われる。
イゼルディンは平和の手段として、医療を活用することに生涯を捧げる。
彼の著書のタイトル『それでも、私は憎まない−あるガザの医師が払った平和の代償−』で、彼の喪失と変容を綴っている。
2009年のイスラエルのガザ攻撃で、娘のビザーン、マイヤール、アーヤ、そして姪のヌールを失い、この悲しみに打ち勝つために、「私は憎まない」の考えに到達する。長年の彼が心に留(とど)め続けた思いの具体化であり、娘や姪への「パパは決して負けないとする心の内の表明である。
この書は、娘の死の翌年2010年に発行され、世界的ベストセラーとなる。同書はドイツ語、フランス語、スペイン語、アラビア語に翻訳。演劇化もされ、2024年にはフランス−カナダによる共同制作で映画化される。イゼルディンは過去5回、ノーベル平和賞候補になっている。
しかし、この非受賞の経緯は、このガザ戦争そのものを象徴している。多くのヨーロッパ諸国は、米国への忖度(そんたく)から、明快に戦争中止を求めていない。
イスラエルのガザ攻撃、繰り返すが、イスラエル軍はパレスチナ人4万1000人を殺害し、そのうち1/3が子供である。フランスの絡むアルジェリア戦争、有史以来、初めての敗北である米国のベトナム戦争、まさしくガザ戦争同様、勝者(仮にイスラエルも入れる)は10分の1ぐらいしか死者を出していない。このような事実、メディアは曖昧のまま今日に至り、報道が少ないが、この事実を見逃すことは出来ない。
欧米のメディアは、イスラエル側の「山の上から眺めているだけ」と言われても仕方ない。また、ガザに関する報道で、識者のコメントは欧米のメディア、米国のマスコミに掲載された記事を下敷きに語られるケースがよく見られる。要するに、ごく限られたニュースソースを横から縦に置き直す作業である。
以上のように、圧倒的に欧米各社の報道が続く中での『私は憎まない』は、劣勢側の貴重な発信であり、しっかり受け止めねばならない。
前述の繰り返しになるが、彼のガザの5階建てのマンションに住む20人の身内がイスラエル軍戦車により破壊され、この事件が元になり、カナダ行きを決意する。医師の仕事をしながら、一家の長として家族の食事を作り、幼い子どもたちの勉強を見る。
そして、白血病のイゼルディンの妻は、夫が働くイスラエルの病院に入院することを希望する。しかし、夫が駆け付けるが間にあわず息を引き取る。
カナダ生活のイゼルディンは、以前と同様に活動を続ける。彼は、慈善団体ドクターズ・フォー・ライフ財団を立ち上げる。この財団は若い女性に高等教育を受ける機会を提供することを目的とする。この活動は、彼の信念、「真の平和の実現には教育しかない」に基いている。見るべき一作だ。
(文中敬称略)
《了》
2024年10月4日からアップリンク吉祥寺他にて全国順次ロードショー
今秋は、パレスチナものドキュメンタリーが他に2本ある。
1) 『ガザからの報告』(第一部、第二部)(土井敏邦監督/10月26日公開、新宿K's Cinema)
2)『忘れない、パレスティナの子供たちを』(マイケル・ウィンターボトム監督、
ムハンマド・サウワーフ監督/10月4日公開、アップリンク吉祥寺ほか)
映像新聞2024年10月7日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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