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『拳と祈り』
「袴田事件」を22年間にわたり追う
確定死刑囚が再審で無罪判決
弟の無実を信じて支え続けた姉

 多くの人は「袴田事件」を過去の事件としか思っていなかっただろう。同事件は今から58年前(1966年)に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で起きた、一家4人の強盗殺人、放火事件である。被疑者とされた袴田嚴(はかまだ・いわお、現在88歳)は同年に逮捕され、裁判で死刑判決を受ける。その後、死刑囚として刑の執行に怯えながら、47年7カ月の獄中生活を送る。その彼は、2014年に検察の証拠捏造(ねつぞう)の疑いで再審となり、突然釈放される。

街中の散歩、交番への挨拶
(C)Rain field Production ※以下同様

WBC名誉チャンピオンベルト

関係者とボクシング談義

日記を読む

笑顔の秀子

洋服を誂える

ボクシングの神様に参拝

赤ちゃんと

上京した2人

帰郷

再審開始の旗だし

ひげそり

実家の庭先にて(逮捕前の嚴)

笠井千晶ディレクター

 この出来事を扱ったドキュメンタリーは、事件に疑問を持つ女性ディレクター笠井千晶が2002年から手掛けている。この22年間にわたる長編ドキュメンタリー『拳と祈り−袴田嚴の生涯−』は、彼女の長編2作目(出演:袴田嚴、袴田秀子/監督・撮影・編集、笠井千晶、159分)である(他に多数のテレビ・ドキュメンタリー番組を制作)。    


釈放時

 突然の出獄、出迎えの車(バン)が東京拘留所の前で待つ。現われたのが30歳で逮捕され47年7カ月の拘禁を経た袴田嚴で、同乗するのは姉・秀子(現在91歳)と弁護士、そして撮影者の笠井千晶。彼は能面のように無表情である。
釈放後の夜は、秀子が用意した東京湾を一望する豪華ホテルに宿泊。姉の心づかいであろう。しかし、嚴の無表情は変わらない。若い頃からずっと刑務所で過ごした彼には、見るもの全てに実感が伴わない。
嚴は、逮捕の5年前までプロボクサーとしてタフさを売り物にし活躍し、日本フェザー級6位までランキングを上げる。この犯人仕立ては「元ボクサーならやりかねない」という偏見があり、世間は彼を不良と見ていた。
彼は、服役中の生活通り、朝6時30分起床、チラッと撮られる足の爪が伸び放しでまともではない。刑務所内の刃物禁止のせいだろう。異様だ。そして、朝食ではショートケーキをムシャムシャとかぶりつくように口にする。多分、拘留中は滅多に口にしない味であろうか。



姉、秀子

 
東京での一泊後は、一路静岡へ。ほぼ50年ぶりのシャバ生活。姉の家で世話になる嚴は30歳で逮捕され、78歳で釈放されるが、6人兄弟の末っ子の死刑を恐れつつ、半世紀近く面倒を見てきたのが姉の秀子で、彼とは3歳違いである。
弟の無実を信じ、毎月1回の差し入れを続ける秀子は、とにかく明るく、豪快な笑いをし、涙は見せない。
この彼女のキャラクター、笠井監督によれば、自分で作り上げたものだそうだ。悲しみ、泣きながらの一生を過ごすことを拒否し、彼女1人で人生を闘うことを選んだともいえる。
秀子が居なければ嚴は生きていないと親戚の1人は語るが、そのとおりであろう。



精神状態

 
嚴は、長い拘禁で精神的なダメージを受けているが、それを秀子持ち前の明るさで補っている。
無表情で口の重い嚴は、拘禁者独特の拘禁症状態が見られる。いつもセカセカと家の中を長い間動きまわる。「運転手付き車が欲しいくらいだ」と本人が冗談で軽口をたたくほどよく歩く。




生活ぶり

 
刑務所内では、当然禁酒だが、その習慣が抜けず、嚴はビールをたしなむ程度でワインはうまさが分からないと口にしない。その代わり、甘い物には目がなく、特に菓子パンは大の好物で、周囲は糖尿病を心配するが、秀子は好きなようにしたらいいと止めない。
秀子の自宅は浜松市内にあるが、地上4階建てのマンションタイプで、間取りが広く、快適な空間である。この住居、知人の経営する会社に住み込み、70歳過ぎまで務め、自力で建てた。全て弟の嚴を思ってのことだ。
彼女は中学を卒業後、4年間税務署に事務見習いとして勤務、22歳で結婚するも翌年離婚する。独り身になってから「よくモテた」と豪語する。彼女の闘う姿勢と明るさがよく出ているエピソードだ。





姉の丸抱えの嚴

 
秀子は、弟に小遣いとして毎月10万円渡すが、足りなくなると1万円ずつ小出しにする。それを片手に彼は、例の早歩きで町へ出る。そこで、大好きな菓子パンを買い、ベンチでムシャムシャ食べる。
ここで彼は、自由の身を満喫しているのだろう。服装も、秀子があつらえるこざっぱりした服を身に着けている。とにかく、彼女の方針のように嚴をなるべく自由に振る舞えるようにと気を使う。





公判裁判官との出会い

 
一審静岡地裁の裁判官、熊本典道との出会いも笠井監督は狙いどおりにまとめている。本作は当然、裁判が底流にある。だが、もう1つ重要な狙いは姉弟を中心とする「人」を描くことに力点を置いている。
熊本裁判官は、一審で死刑判決を下す裁判官の1人である。裁判は3人の合議制で、袴田事件の場合は2人が死刑賛成、熊本裁判官が反対となり、判決は多数決で死刑に決定。この結果を見て、熊本裁判官は終始、死刑反対の立場に立ち、退官後も、袴田は無罪との信念を持ち続ける。
釈放された嚴は、病床の熊本裁判官を見舞う。最後の最後まで、彼は「悪かった」と謝罪する。ここに、本作の作り手の死刑反対の立場がはっきりと透けて見える。誤審を否定せねばならないとする作り手の信念が披歴され、本作のハイライト・シーンとなる。





嚴の信仰と日常

 
嚴は、長期拘禁中にキリスト教の洗礼を受ける。動機は特定できないが、何かにすがりたいとの思いは当然想像できる。釈放後の彼の日常は天衣無縫(てんいむほう)とも呼べる。
出かける時は、秀子から1万円を支給される。彼の目的は買い物時に1万円札で支払い、「釣りはいらぬ」と言うことである。この釣りの話、コンビニの店員は困惑し、付き添いの秀子はげらげら笑いだす。コンビニで「釣りはいらぬ」、この様子、秀子ならずとも笑いだすくらい珍品問答であるが、嚴は大真面目である。
神が乗り移ったような彼の行動は、そばに居る秀子さえ、半分は意味不明とのこと。それでも彼女は彼のやりたいようにやらす。自由の獲得のためだ。
彼の信心の基本は、世の中は黴菌(ばいきん)だらけで、それを取り除くことが自分の使命としている。神社、仏閣前では必ず手を合わす。さらに念を入れ、近所の子供に小銭を握らせたり、花壇の花々にも小銭を置いたりする。
嚴は裁判のことを口にせず、黴菌退治に専心する。彼自身、本当に信じているのか、全てから超越するためかは判然としない。彼が生きていること自体が大事であり、そのことは理解できる。だからこの裁判闘争は、彼を死刑にさせない闘いなのだ。






裁判の行方

 
2023年10月に静岡地裁でやり直し裁判(再審公判)が始まり、24年9月26日に最終判断が下された。この無罪判決、47年7カ月間もの年月を置いて下され、24年10月8日に検察は抗告を断念し、彼の無罪が確定する。約半世紀間も人の自由を奪い続ける司法は、どのように責任を取るのであろうか。
死刑判決を下す裁判官、拷問的取り調べをした警察官、検事は沈黙さえ守れば、後はうやむやという、確定死刑囚が再審で無罪となった過去の4大死刑冤罪事件である、「免田事件」、「財田川事件」、「松山事件」、「島田事件」と同様だ。
もし有罪となれば、著しく社会的公正を欠くと言わざるを得ない。また、死刑制度には冤罪の可能性は付きものである。20年以上もの間、死刑を執行していない韓国のように、死刑制度の見直しを考えてよいのではなかろうか。この袴田事件で、司法は無罪を有罪にする一方、真犯人を取り逃がす過ちも犯しているのであるから。





(文中敬称略)

《了》

 

10月19日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

映像新聞2024年10月21日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家