『対外秘』
韓国で大ヒットのクライムアクション
保守政界の権力闘争の表と裏
アクドイ人間たちの知恵比べ |
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韓国からストーリーが抜群に良く書けている、クライムアクションがやってくる。母国・韓国で大ヒット作との触れ込みのこの作品、タイトルは『対外秘』(2023年/イ・ウォンテ監督、韓国、韓国語、116分、英語タイトル:『THE DEVIL'S DEAL』)である。
本作は保守政界の権力闘争の表と裏を描き、話自体、何かわが国の政治と金の問題と似ている。
時代は、チョン・ドゥファン元大統領が民主化勢力の手で失脚させられた直後の1992年(大統領はノ・テウ)。舞台となる釜山は、92年以降大都市へと変貌を遂げる。作品は、その90年初頭の釜山らしい景色を再現することに力を注ぐ。
韓国映画界の映画官庁・フィルムセンター「KOFIC」は、2013年にソウルから同市に移転、同国映画界の柱の存在として映画行政を引っ張る。毎年、開催される釜山映画祭のメイン会場は、4000人の来場者を収容する壮大な建築物で、東京国際映画祭をしのぐ偉容と規模を誇っている。
同国では「KOFIC」の存在のお蔭で、映画に対する助成金も交付され、映画産業の発展の要となっている。元々は、フランスの国立映画センター「CNC」を参考にしたものである。日本でも、20年ぐらい前から国立映画センター設置を要望されているが、未だ実現していない。
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3人の悪党
(C)2023 PLUS M ENTERTAINMENT AND TWIN FILM/B.A. ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED. ※以下同様
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ヘウン(右)とスンテ(黒幕)の打ち合わせ
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仕事中のヘウン
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ピルド(中央)とヤクザの子分たち
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会食中のスンテ
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ヘウンの選挙演説(中央)
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重要書類の受け渡し
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大型開発計画書
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ピルド
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施設事務所で策を練るスンテ
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主要出演者は3人に絞られる。主人公の1人は、同市を地盤とする若き政治家ヘウン(チョ・ジヌン)。保守系の大韓民主党公認候補で当確と見なされる。冒頭シーンは彼の顔のアップで始まる。彼は正義を貫く国会議員を目指し総選挙に出馬。清新な若手政治家像が彼のイメージだ。
しかし、キングメーカーを自認する実力者で国家権力ともつながる政界の黒幕スンテ(イ・ソンミン)が介入し、ヘウンは公認候補から外される。韓国政界では選挙に勝つには伝統的に政党の推薦候補にならねば、当選はおぼつかない。ここのところは、日本の選挙事情と一脈通ずるところがある。
黒幕スンテに足をすくわれるヘウンは、怒り心頭。彼はスンテへの復讐を企む。序からして、だまし合いと裏切りの頭脳戦、襲撃と返り討ちの肉弾戦を匂わし、「昨日の友は今日の敵」張りの展開。怖いもの見たさの観客の真情をうまく突いている。
一例として、用済みの男をドラム缶に入れ、コンクリートで固め蓋をして海中に投げ捨てる。このエゲツなさが気の毒と思いつつ、見入ってしまう、ストーリーテリングのうまさだ。
復讐に燃える元候補者ヘウンは、選挙資金に事欠き、大型詐欺を計画する。彼は同窓生で市長の開発課の友人に目を付ける。用件は大金と引き換えの大型開発計画書の写真撮影である。
清新が売りの新人が、背に腹は代えられぬとばかりの汚い錬金術だ。「弱者に寄り添う正義を貫く政治家」が自ら進んで、越えてはならぬ一線を乗り越える。生身の人間のアクドサが際立ち、そこがクライムアクションとして面白い。
開発予定地の地図を事前に入手すれば、売り出す前に土地を確保し、転売することで莫大な金額が動くボロイ商売となる。この手口で巨万の富を手にする政治家は枚挙にいとまがないのは公然の秘密で、それに触れることは社会的タブーとなる。結果は貧乏人がバカを見る図式だ。
そこに、ヤクザのピルド(キム・ムヨル)が開発会社社長チョンを引きずり込み、悪の方程式は準備万端。無一文のヘウンも大金を手にして無所属で立候補することで、スンテへの復讐も可能となる。
一方、黒幕スンテは奇策を編み出す。彼は選挙管理委員会の一課長に目を付ける。課長の娘は難病を患っており、治療費の肩代わりを餌に選挙用紙の原本を流出させる。
それから偽投票用紙を大量に印刷し、スンテがヘウンの代わりに押し込む若手候補の名前にマルを付け、総選挙に臨む。
その結果、スンテの思惑通り、差し替え候補が圧勝する。悪党の知恵であり、ヘウンは丸裸にされると同じ屈辱を味わう。
何とか苦境からの脱出を図るヘウンは、手元の開発図面を地元釜山新報の若手女性記者ソン(パク・セジン)に渡す。若い記者は特ダネとばかりに飛びつき、すぐに掲載に取り掛かる。
掲載第1報が紙面をにぎわすが、第2報以降掲載がストップ、上部の圧力と上司が匂わす。この特ダネの中止でソン記者は辞職。自身で取材を続け、手始めにこれらの関係者を取材する。ヘウン、彼の用心棒たるピルド、そしてスンテに話を聞く。彼女は、手元のヘウンから提供から提供された開発原本の内容をちらせからながら。悪党3人との取材は、各人の発言をマイクですべて録音。この彼女の取材で、事件の全容が明らかになる。
ここからストーリーのアクドサが前面に押し出される。各人がどのようにして難局を乗り切るか、悪党の知恵比べだ。このラストの詰め方、そのスピード感は見ものだ。
ソンは、自らテープに録音した取材内容を相手に聞かせ、彼らの釈明を待つ。自分の声を聞いた各人は、自分ではないが知っていることは話すという態度に出る。共通の反応である。そしてソンは、この事件について市庁舎で記者会見を聞くことに持って行く。事件を拡大化しながらの取材だ。
事件の全容が明らかになるはずのこの場に、仕掛け人のヘウンが現われない。気をもむスンテほか、悪党たちはどこへ行ったのであろうか。証人である、難病の娘の面倒を見てもらう市の役人も現れない。彼らは市庁舎とは無関係の岬へ向かっていた。
記者会見場から、この意表を突く場面転換、「思わず驚くこと」は必定だ。新たなだまし合いと裏切りの展開である。
記者会見の遅延、そして、証言者は投票用紙の原本を流出させた張本人が登場し、その間に別の事件がはめ込まれる。何と証言者の役人がヤクザのピルドに拉致され、岬に連れ出し、彼の手下たちの手によりドラム缶に詰められ、海中に捨てられる。このエゲツなさ、目を覆いたくなる。
次に同じく拉致されるヘウンは車のハンドルに手を縛られ、海中投棄の寸前だ。ピルドの後方に黒幕スンテの姿が見える。なぜ彼らが一緒いるのか、この辺りの複雑さが分かり難いが、話の筋は一気に悪い方へと進む。
結局、だまし合いと裏切りにより、ヘウンとスンテは、ピルドを車に詰め込み一酸化炭素中毒で殺し、後は車ごと海に沈める。そこでヘウンもピルド殺しの一役を担い、清新を売り物にする彼は、自ら悪党の列に加わる。
その後、ヘウンとスンテは互いの保身のため、手を結び、互いの利益の確保の道を選ぶ。他人を生かし、自分も生き延びる高等戦術である。悪が悪を呼び、善良なヘウンが自ら望み、悪に手を染める。そして、裏で手打ちを図る。巧妙な立ち回りだ。本作は"ドク"が満載のクライムアクションの形をとるが、作り手の「強烈な権力に刃向かう気概」を感じさせる。ここが韓国映画の強さで、彼らの生き方の一面を描いている。
わが国の映画界で、ここまで突っ込む作り手は居るだろうか。答えは「ハテナ」だ。さらに、付け加えるなら、ストーリーの良さと、主役3人の役柄のハマリが見事だ。
見て楽しめ、社会の汚れた一面も同時に叩きつける快作だ。
(文中敬称略)
《了》
11月15日(金)シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷 他全国公開
10月19日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
映像新聞2024年11月4日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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