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『嗤う蟲』
村の掟に翻弄される若い夫婦
田舎暮らしに憧れて都会を離れ農村へ
ミステリー調で飽きさせない構成

 わが国で言う「村八分」は不快な言葉だが、今回紹介の『嗤う蟲』〈わらうむし〉(2024年/城定秀夫監督・脚本、脚本・内藤瑛亮、99分)は、ズバリ集団的イジメ、嫌がらせを問う力作である。これはごく一部の地域での出来事と思われがちだが、この種のイジメはわれわれの日常、会社、学校でも見られ、決して他人事ではない。作品の手法とミステリー調の脚本のスタイルに、だんだんと釣り込まれるが、そこが書き手の腕であろう。

主人公の妻
(C)2024映画「嗤う蟲」製作委員会 ※以下同様

新移住者の若いカップル杏と輝道

若いカップル

自治会長、田久保千堂

出産の方を受け村民の「あるがっさま」の唱和

赤ん坊の誕生を喜ぶ村民

村民たちの夫妻への干渉

村の宴会

村八分の犠牲者の村民

村八分の男の妻、気がふれる

夢見る田舎暮らし

 1台の車が、麻宮村へ向かって緑深い山道を走る。車中の若いカップルは楽しげに話している。彼らは別姓婚(姓の違う夫婦)で、妻は長浜杏奈(深川麻衣)、職業はイラストレーター、夫の上杉輝道(若葉竜也)は脱サラをして田舎での無農薬農業を志向する。
夫婦別姓だが、ここに現在の社会問題が顔を出す。日本では、圧倒的に夫婦同姓が多いが、韓国、中国では別姓は当たり前、同性の方が珍しい現状がある。この若いカップルの設定、作り手の社会意識がにじみ出ている。 
  


憧れの地・麻宮村

 村に到着した2人は、まず近所へのあいさつ回りで隣近所の家を訪ねる。立派な家の前では、1人の男、自治会長の田久保千豊(田口トモロヲ)が、何者かが自分たちの生活に入り込みに来たのかと、不審な表情を見せる。警戒心の強い顔付きだ。
2人は、田久保家の空き家を借り上げることになり、そのあいさつ回りだ。借家人と分かり、不愛想な男は手のひらを返すような、にわか作りのニコニコ顔で、若い夫婦はあっ気にとられる。
もう1組の隣人が三橋夫妻だ。三橋剛(松浦裕也)は実直そうな人物、妻の椿(片岡礼子)は何かオドオドしている。彼らも初対面の新移住者に、異常とも思える親近感を示す。
夫の輝道は、さして不審がらずにいるが、妻の杏奈は何か「ヘン」といった面持ちだ。



憧れの田舎暮らし

 
2人の新しい生活、最初は順風満帆。村人は皆親切で差し入れもあり、夢の第2の人生を思う2人。しかし、隣家の妻・椿は、プライバシーのない毎日が徐々にうっとうしくなる。具体的には、子供のいない2人に、子作りを催促するような雰囲気だ。
村人は、何故か出産にこだわり、彼女がその干渉を嫌がっていることが、新移住者の2人にも薄々分かり始める。
村では噂(うわさ)のかけ巡りは早く、杏奈が病院へ行ったことが知れ渡り、出産らしいと噂が飛び交う。噂を嫌い、2人は出産を隠しておくことに決める。



農薬農業へのくら替え

 
夫の輝道は無農薬農業に意気込むものの、野菜の大半がアブラムシに喰われ、彼の夢を壊す。そこに田久保がすかさず、転居のあいさつの際、彼に勧めた農薬を押し付ける。
このように、夫は、だんだんと田久保の手中に吸い込まれる。妻はそんな夫に不満の様子。




「ありがっさま」

 
過疎の村は人口が減り、子供の出産はまれで、ひとたび「子供が生まれる」ニュースがあれば、村人は「ありがっさま」と皆で唱える。この奇妙な言葉は脚本の造語であるが、何となく村の総意の様で、田久保自治会長の統制力のすごさが、村人たちの同調圧力を生み出す結果となる。
さらに言えば、田久保の威光は村の隅々まで浸透しており、輝道が野菜のネット販売をするのを見て、田久保に話をしておいた方が良いと駐在がアドバイスする。よくもここまで洗脳したものと感心さえする。





自治会長の誘い

 
田久保の態度を見れば、隣の三橋に対しては使用人扱いで、彼のことは全く買っていないことが明白である。田久保は、三橋の代わりに輝道に目を付け、大事な仕事をやらせる腹積もりだ。御為(おため)ごかし(表面的には親切に見せかけながら、本心では自分の利益を優先すること)のような農薬提供、これで彼は無農薬農業を諦めざるを得なくなる。
宴席では、田久保は輝道に酒の一気呑みを勧め、彼はそれに答えて飲み干す。そして、火祭りの重要な役を輝道に振るように、田久保の輝道への重用ぶりは強まるばかりだ。
若さを買われる輝道は、あまり気に掛ける様子もなく、田久保の手下のような存在となる。





村の秘密

 
田久保に首根っこを押さえられる輝道は、「話がある」と誘われ、ビニールハウスの中に連れ込まれる。田久保はここで村の秘密を打ち明ける。
実は村では大麻を栽培している。茎と種は無害であるから栽培することは可能と田久保は力説し、その栽培の仲間入りを強く勧める。この大麻栽培は、村では公然の秘密。輝道は彼の誘いに首を縦に振らない。そこで、狡猾(こうかつ)な田久保は、「それなら好きに」と突き放す。
ここが自治会長の軟硬を使い分ける口説きの本領。最後は輝道も渋々と仲間入りを承諾する。これには、隣家の妻、子供を産めない椿の自殺も絡み、これ以上、彼は突っ張り切れず、無念の後退となる。





殺人事件

 
火祭りの後、田舎のこともあり村人たちは飲酒運転で帰途につく。輝道も田久保から強引に送りを頼まれ、これまた渋々引き受け暗い山道を走る。しばらく運転をしていると、何やら人を轢(ひ)いたような気がし、下りて確認すると、黒い布で包まれた死体がある。
運転する輝道は、訳が分からず困惑の態。田久保の指示で死体を谷に投げ捨てる。全ては田久保が画いた図である。結果的に、輝道は遺体遺棄の片棒を担がされる。





村人の変心

 
この事件を期に、今までチヤホヤする村人の態度がなぜか急変し、会ってもあいさつを返さず、コンビニの女将は「品切れ」を口実に物を売らない。隣家の三橋は田久保に見放され、村の集まりも外される。
この状況の中、三橋の妻、椿は自殺。彼も駐在と揉(も)め、田久保も加わり、殺される。それが直後に起きた遺体轢死事件である。
妻の杏奈は出産を境とし、村人が家に上がり込み、勝手に赤ん坊の世話を始め、彼女を怖がらす。挙句の果てに、生まれたばかりの赤児を田久保の妻よしこ(杉田かおる)が家に連れ帰る。異常事態だ。
恐怖を覚える杏奈は、家族の安全を守るためにはこの村を抜け出す以外方法はないと、子供だけを連れ、車で下山する決心をする。しかし、村の包囲網は素早く、彼女の脱出を察知した村人に監禁される。
もう1つ脱出の理由がある。彼女は、村で栽培している大麻が違法であることを知り、夫が大麻を吸うことにも危険を感じる。そして、実際に大麻を外国人が買うところを目撃する。
この大麻、村が災害に襲われた10年前に、村民のために田久保が栽培を始め、今日に至っている事実が明らかになる。この大麻を一手に握り、村を抑えたのが自治会長の田久保であり、大麻が彼の力の源泉となってきた。
ラストは、必死にハンドルを握り、山を下りる杏奈の姿が大写しになる。
本作は、村八分的現象がどこでも起こりうることを示している。また、自己保身から発する村民の同調圧力の醜さも浮き彫りされる。作劇的手法はアクドさ満載のミステリー調だが、ハナシの構成がよく、見る者を飽きさせない。傑作である。金を出して見る価値は充分ある。




(文中敬称略)

《了》

1月24日より新宿バルト9ほか全国公開

映像新聞2024年12月16日掲載記事より転載

 

中川洋吉・映画評論家