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『はらむひとびと』
女性の立場から問題点を提起
育児、家事、仕事、夫婦のすれ違い
対照的な2組の夫婦の日常を描く

 多くの女性が日常的に体験する「育児」、「家事」、「仕事」、そして夫の不協力と妻の過重負担について、女性の立場から問題点を提起する作品が公開を待つ。それが『はらむひとびと』(2025年/脚本・監督・編集:中嶋駿介、脚本:富安美尋、企画・プロデュース:相馬有紀美/84分)である。現代の若い世代が向き合わねばならぬ育児と女性の仕事について触れ、人それぞれの悩みは当事者にしか理解できぬが、想像することは出来る世界を描いている。

 
本作は舞台を中心に活動する相馬有紀美が企画・プロデュース、そして主役を務め、「今、社会に届けたい切実な思い」を伝える。彼女自身の経験から子供を望む気持ちと、仕事を続けたい願いの間で揺れる女性へのエールやパワーを与えたいと、製作趣旨を自身が語っている。

亜湖
(C)はらむひとびとパートナーズ ※以下同様

亜湖と郁美

駿介と郁美

亜湖(右)と郁美

亜湖と夫の雅人(右)

自宅の亜湖

亜湖を悩ます駄々っ子のゆうり

駿介と郁美の口論

郁美と上司

郁美と駿介


登場人物

 4人の主人公は、2組の夫婦である。亜湖(相馬有紀美)と夫の雅人(前原瑞樹、もう1組は著名なコピーライターの駿介(浅香航大)と妻の郁美(瀬戸かほ)。郁美は駿介のもとでコピーライターとして働く。駿介は子供を欲しがらず、彼女は望まぬ妊娠の事実を話せない。
この4人を中心に物語は進む。住居は川の見える東京郊外のしゃれたマンション。 
  


亜湖の1人っ子

 亜湖は、3歳の息子ゆうりのわがままに手を焼き、育児ノイローゼ気味で、その反動で、1人、レストランでヤケ食い、日頃のうっぷんを晴らす。郁美は、コピーライターの夫に付き従う形で、一緒に仕事をする。その彼女、夫と共にカフェに寄るが、突然席を立ち、トイレに駆け込む。
亜湖の息子のゆうりは、わがまま放題で「食べたくない」とフォークを床に投げる。亜湖が懸命にあやすが一向に止める気配を見せない。
子供のいない夫婦が本作をみれば、「うちに子供がいなくて本当に良かった」と思わず口走るほどの怪演だ。本当に憎々しげな、分からず屋ぶりである。



再会

 
カフェでの郁美は悪阻(つわり)症状で激しく嘔吐(おうと)し、ブラウスを汚してしまう。そこへトイレに来た亜湖が郁美と顔を合わす。郁美を見て、すぐに高校時代の同級生であることに気づき、自分のカーディガンを彼女に手渡す。そして、亜湖は郁美を自宅へと連れ帰り休ませる。
この2人の奇遇も話として気が利いている。中嶋監督の物を語るセンスの良さが滲み出る。
この1件で2人は再び結び付き、互いの境遇に共感し、郁美はなにくれとなく亜湖を手助けするようになる。



ギクシャクする夫婦関係

 
カフェでの失敗で郁美は、夫にそろそろ妊娠のことを話すべきと思い、自宅でオフの時を狙い話そうとする。だが、夫はまるで乗って来ず、妊娠の件について黙り込む。彼女は亜湖宅へしばしば顔を出し、いろいろと面倒を見る。
一方、亜湖の夫・雅人は、人は良いが気が回らぬタイプで、極度のマザコン息子だ。ある晩、雅人は酔って帰宅し、亜湖に「合体」を持ちかけるが、彼女は酒臭い彼を嫌い拒否。
彼自身は2番目の子供を欲しがっている。亜湖は育児ノイローゼのせいか、冷蔵庫には菓子類ばかりでビールがない。ビールを求める夫のために夜中彼女は黙って玄関を出る。
この辺りから、作品の基調が変化する。中嶋監督は、ちょっとテンポを速くし、次の事件の展開を早めに仕掛ける。この効用は作品に力(りき)とスピード感をもたらす。うまい手法だ。
ここから亜湖の家出場面の始まりとなる。彼女はビールを求め近所へ行ったきり戻らず、異常を感じる夫・雅人は駿介に電話をするが、彼女の行方の手掛かりは全く掴めない。




亜湖の気持ち

 
雅人のもとへ亜湖から連絡が入り、彼女を探しに河原に行くが、彼女は憔悴(しょうすい)し切っている。
亜湖は自宅へ戻るタクシーの中で、「育児ノイローゼ対策の時は、なんでもいいから野菜を切り刻むと気持ちが落ち着く」と語り、現在の心境として「子供を産んで本当に良かった。子供は今の自分にとり全てである。一方、未熟な自分が母親であることは申し訳ない」と、本音を口にする。
亜湖を心配し、駆けつけた郁美は、親になることについて話す。さらに、「トイレで偶然再会し、ブラウスを汚した自分に亜湖が自分に貸してくれたカーディガンは本当にうれしかった」と感謝する。「そのカーディガンに亜湖の母親の匂いを感じ取った」と喜びを語る。
女性同士の人間的触れ合いの誕生である。郁美は、今後、週2,3日なら手助けできると亜湖を慰める。





新しい出発

 
亜湖の行方不明事件後、彼女は外で仕事をしたいと夫に話し、昔の職場に戻ることにする。亜湖にとり家族は一番大切なものとしているが、一面、今までの人生で自分は幸せになれなかった思いもある。
郁美が手伝いに来てから"ゴネ屋"のゆうりの聞き分けが良くなる。そして、亜湖一家は以前の形を取り戻し、家族の役割分担も決まる。子供の送り迎え、クリーニングの受け取りなどである。
一方、郁美宅では、夫の駿介は彼女に生まれてくる子供の堕胎を迫り、絶対に譲れないと頑張る郁美。2人は別居状態で、彼女は離婚の書類まで用意する。





思わぬ出来事

 
亜湖宅は順風満帆で、朝は職場へ出勤、雅人はクリーニング受け取りと順調に動いている様子だが、朝の慌ただしさに紛れて、亜湖は車にゆうりを置き忘れる失態を起す。仕事中、突然の電話連絡で、ゆうりのことを知る。
ゆうりを乗せたまま駐車している車を、近くに住む駿介が見つける。中で意識もうろうとしている彼を助けるため、車の窓ガラスを腕にケガをしながらも割り、車から運び出す。
亜湖が家に戻ると雅人の母親がいつものように様子を見に来ており、彼を家に連れ帰ると言い張る。ここで、雅人は何を思ったか、母親に土下座しその場を収める。他の3人はあきれ顔。
ラストの置き去り事件、朝の忙しさを発端とし、悪い方、悪い方へと事が転がるあり様の描き方、ここに中嶋監督の演出の練りが効いている。複雑な夫婦関係、息子夫婦への母親の介入、そして、置き去りにされた子供の容体。事態を悪い方向へと落とし込むスピード感は見事だ。
ほかに、日本の女性の置かれる立場もはっきりとらえている。わが国は、はっきり言えば、世間で言われるように男性社会で、その中に女性が押し込まれている現実がある。女性の口惜しさ、歯ぎしりの音が聞こえてくるようだ。
2組の夫婦を通して、わが国の女性の置かれる立場の輪郭がはっきりする。鋭い考察力であり、ここまで描ける新人監督の手腕は特筆ものだ。



(文中敬称略)

《了》

7月11日新宿武蔵野館にて公開

映像新聞2025年6月16日号より転載

 

中川洋吉・映画評論家