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『ファンファーレ! ふたつの音』
仏の炭鉱町の素人楽団を主軸に展開
異なる道を歩んだ兄弟の再会
人々の魂を結びつける音楽の魅力

 心楽しい音楽映画『ファンファーレ!ふたつの音』(2024年/監督・脚本:エマニュエル・クールコル、共同脚本:イレーヌ・ミュスカリ、フランス語、製作:フランス、103分)が公開待ちである。幼少時に母親の死により、別々の道を歩むことになった兄弟と、音楽の楽しさを伝える物語で、しかもよく知られるクラシックの名曲が満載であり、映画の持つ万人に届く楽しさを感じさせる。

 
本作『ファンファーレ!ふたつの音』(以下、『ファンファーレ』)は、特異な舞台設定が効いている。その舞台とは、フランス北部ドゥエ近郊の町ラレンで、隣の地方都市リールまで30?、パリまで176?、そして隣国の首都ブラッセルへは106?の距離にある。
以前は栄えた炭鉱の町であったが、現在は廃山となっている。何の変哲もない田舎町であり、参考のため「帝国書院」の世界地図でも調べたが掲載されていない。

いざ、コンクールの2人 ジミー(左)ティボ(右)        (C)Thibault Grabherr

炭鉱オーケストラ     (C)2024 - AGAT Films & Cie - France 2 Cinema  ※以下同様

団員たちの談笑

ティボ指揮のオーケストラ

オーディション前のジミー

指揮の練習

ティボと妹(左)

炭鉱オーケストラ、ジミー(右)

兄弟の仲直り、川辺の飲み会


主人公

 登場する面々は、地域の労働者とその家族。住民の多くは、町のメインの工場で働く。
本作の最大のミソは、この労働者たちが自前のクラシック・オーケストラを持ち、折につけ、コンサートを催すことである。炭鉱町での正式のオーケストラは意外な感じがするが、ここが作り手の狙いと考えてもよいはずだ。
武骨なオトンや肉付きの良いオカンが、それぞれの楽器を手に演奏する姿は様になっている。このオーケストラがハナシの中心となり、物語を繰り広げる。



兄の突然の出現

 この田舎町のある家に、1人の身なりの良い男性、ティボ・デソルム(バンジャマン・ラヴェルネ)が突然姿を見せる。見たことのない顔だ。この家の主人はジミー・ルコック(ピエール・ロタン)である。彼は職員食堂のシェフ(シェフといっても単なる給食のオジサン)で、助手の発達遅れの若者と2人体制で働いている。
突然姿を現した男性こそ、ジミーの兄。ジミーは兄の出現に驚きを隠せず、「なぜ」と不審がり、不機嫌な態度をとる。そこをジミーの養母が間に入る。
ジミーとティボは兄弟であるが、育った環境が違う。ティボはパリの裕福な家庭の養子となり、将来の音楽家として育てられ、40歳で世界を駆け巡るクラシックの指揮者として成功する。
一方、ジミーは地元在のクロディーヌに引き取られる。幼くして別れ別れとなり、お互いに存在すら知らなかった2人は、母親の死から37年目にして初めて顔を合わす。



ティボの訪問目的

 ティボはある日、指揮中に倒れ、白血病と診断される。治療のためには骨髄移植しかない。最初ティボと暮らす妹に打診するが、骨髄が適合せず、親戚からドナーを探すことになる。
この過程でフランス北部の炭鉱町に住む弟ジミーの存在を知り、彼に移植を頼み込む。最初は乗り気ではなかったが、兄のことを思い、渋々移植に応じ、手術も成功する。 
  


2人の社会的格差

 病気から解放されたティボは、術後の報告とお礼のためジミーが住む炭鉱を再訪する。
幼少時、別々の家族に養子縁組をすることになった兄弟は、生活環境が全く違い、弟ジミーは釈然としないことが多い。



ジミーの楽団活動

 
今や、世界的な指揮者たるティボは弟ジミーを訪ね、感謝を改めて伝える。食堂のシェフたるジミーは、地元の吹奏楽団「ワランク―ル炭鉱楽団」でトロンボーンを吹いていることをティボは初めて知る。さらに、ジミーが「絶対音感」の持ち主だと気づく。
弟と違い自分が裕福であることを気に掛けているティボは、ジミーに本格的な音楽活動の開始を熱心に勧める。兄の弟に対する配慮である。



フランスのオーケストラ事情

 
フランスは元々音楽が盛んで、1789年のフランス革命以降、音楽の普及に力を入れてきた歴史がある。管楽器中心の吹奏楽団が全国的に立ち上げられ、音楽愛好家の数も増え続ける。
実際、フランスでは国中どこでもオーケストラがあり、音楽人口は世界的なものである。「それに引き換え日本は…」の議論になるのだが、日本国内の多くの都市でオーケストラが存在する事実もあり、それほどフランスに劣っているわけではない。



独特な楽団員構成

 
この兄弟、兄はよく知られる指揮者、弟は炭鉱町の給食オジサンのような立場で、社会的には格の違いがある。この社会的格差が元で、ジミーはスネて仏頂面の態度をとるが、気の優しいティボは、罪滅ぼしの意識と骨髄移植の恩もあり、弟の音楽的才能を引き出すために努力をする決意をする。
格差と言えば、「ワランク―ル炭鉱楽団」はローカルな存在で、炭鉱で働く人々が中心の素人楽団であり、譜面が読めない団員も多くいる。それでも不思議なことに、立派に曲目を演奏してしまう。
指揮者の絞る知恵が振るっている。譜面を読まずに、耳で音を憶える指導をする。耳から音を入れ、頭の中で音楽が構成され、音となるのだ。素人楽団が立派に音を出せる仕掛けである。



屈託ない団員たち

 
オーケストラの練習が終われば、楽団員たちの楽しみは一杯のビールである。フランスはワインの国だが、北部地方はビールも同じくらい飲むようだ。この飲み会が実に楽しそうだ。男性諸氏はもちろんのこと、家庭の主婦もいける口で、ガンガン飲む様は見ていて気持ちが良い。
このように、オーケストラの裾野が広く、多くの人々に開放されていることは、音楽がいかに普通の人々の間にも浸透していることと言えよう。



 困難に直面する楽団

 
一大事が起こる。楽団員をまとめ上げる中心人物の指揮者が、勤務先の工場の人事異動で、突然ルーマニアへ飛ばされる。前世紀のフランス革命以来の炭鉱も、不況を理由に次々と閉鎖される。指揮者の突然の移動も不況のあおりで、オーケストラの演奏を続ける人々にも雇用不安が押し寄せる。
元来、フランスは労働組合が強く、大手CGT(労働総同盟/組合員71万人)、CFDT(フランス民主労働総同盟/組合員87万人)は、会社側と対峙しながら雇用を守ってきた歴史があり、現在も2大労組は強い。
前世紀後半、町は鉱山不況で主要産業を失い、現在、他の産業が稼働しているが、団員たちの雇用不安は残っている。従って、オーケストラ活動は彼らの数少ない楽しみとなり、仕事後のビールの楽しみは格別である。
どこにも知恵者がおり、労働者と工場を救済するものとして、コンクールの創設を考え、町の人々の前で演奏し、労使協調の場を作る段取りとなる。
コンクールでは、ティボの指揮で本物のオーケストラの演奏、その後に、1階奥の客席を占める炭鉱オーケストラの登場となる。こちらはジミーの指揮である。
突然スティック(バチ棒)の小さな音が聞こえ、リズムが段々強くなり絶頂に達するや、オーケストラ、聴衆が口々に声を合わす。クラシック音楽市場最大のヒット曲、ラヴェルの「ボレロ」の大合唱が場内に響き渡る。
まさに、音楽の効用で、人々の心を1つにする「ボレロ」のリズムで大団円。この演奏には快さが満ちている。音楽は人と人との魂を結び付ける役割を果たす。
2人の兄弟の分断と友情、炭鉱オーケストラの響き、そして、町の人々の温かい心が解け合う。『ファンファーレ』はフランスで260万人を動員する大ヒットとなった。ハナシがうまく、クラシックの良さが体感できる。




(文中敬称略)

《了》

9月19日 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町 他全国公開

映像新聞2025年9月15日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家