このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『アニタ 反逆の女神』
ロックの影で輝いた知性派ミューズの素顔
回顧録と未公開の映像で構成
たくましい女性の波乱の人生描く

 ロックグループのローリング・ストーンズを扱う『アニタ 反逆の女神』(2023年/製作:米国、言語:英語、仏語、独語、113分、ドキュメンタリー、原題「Caching Fire The Story of Anita Pallenberg」/以下、『アニタ』)は、ロックを背景とする人間ドラマだ。内容的にはローリング・ストーンズのミューズ(女神)、アニタ・パレンバーグの自立した生き様を描く、硬質な作品だ。

 
『アニタ』では、バックにローリング・ストーンズのヒット曲が散りばめられ、そこがロック・ファンにはたまらなく魅力的であることは言うまでもない。
同作は、アレクシス・ブルームとスヴェトラーナ・ジルの共同監督になるドキュメンタリーである。ブルーム監督は南アフリカ出身、現在はニューヨーク在住で、TVドキュメンタリーの監督・製作を手掛けている。共同監督のジルは生まれも育ちもニューヨークで、主としてドキュメンタリーで活躍、今作が監督第1作にあたる。2人とも女性映画人である。
なお、本作は第76回(2024年)カンヌ国際映画祭出品でもある。

アニタ      
 (C)2023Brown Bag Productions,LLC    ※以下同様

リチャーズ(右)とアニタ(左)

アニタ(左)と娘アンジェラ(右)

アニタ

アニタ(右)とジョーンズ

キース(右)、アニタ(左)、息子(中央)

リチャーズ(右)、アニタ(右)

アニタ

ローリング・ストーンズの面々

ミック・ジャガー

アニタ


ストーリー構成

 本作のクレジットには脚本家の名前が載らない。主人公アニタの死後に未発表の回顧録が発見され、それに沿い女優のスカーレット・ヨハンソン(代表作『ロスト・イン・トランスレーション』〈2003年〉)がナレーションを担当。この回顧録がストーリーの大筋となり、あえて脚本家名を強調しなかったのであろう。
本作は多くの著名人のインタビューで飾られており、そのメンバーを列挙する。アニタ・パレンバーグ、キース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズ、ミック・ジャガー、マーロン・リチャーズ、アンジェラ・リチャーズ、フォルカー・ジュレンドルフ(映画監督)マリアンヌ・フェイスフル、アンディ・ウォーホールと多士済々(たしせいせい)である。



英国生まれのバンド

 ローリング・ストーンズは、1962年にブライアン・ジョーンズ、キース・リチャード、ミック・ジャガー、イアン・スチュアートにより結成。その後、間もなくビル・ワイマンとチャーリー・ワッツが参加する。
元々ジャガーとリチャーズは、1950年代初めからの幼友達である。そして、1960年代に再会しバンドを作るハナシとなり、1963年デビュー。最初の曲目は、ロックンロールの創始者であるチャック・ベリーのカバー曲『カム・オン』をリリースする。
柄の悪い、英国のアンちゃんたちのバンドは、このデビューでロンドン以外でも演奏の道をつける。当時、ブライアン・ジョーンズがリーダーであったが、後にジャガーとリチャーズの作詞・作曲が多くなる。
1969年にジョーンズが薬物中毒で脱退(その後急死)し、メンバーは入れ替わるが、リチャーズ、ジャガーは変わらず、ミック・ジャガー、ロン・ウッドらが加わったりする。
世界的な人気を誇る同バンドの音楽スタイルは、黒人音楽のブルースやゴスペルの影響を受けたリズム&ブルース(R&B)の延長線上にあり、R&Bがルーツのロックンロールというスタイルを、主力メンバーが80歳を超える現在も維持し、音楽活動を続けている。



主人公アニタ

 ローリング・ストーンズのミューズとして知られるアニタ・パレンバーグは、単なるローリング・ストーンズの追っかけファンではなく、それ以上の存在で、常に彼らと行動を共にしている。
彼女は第二次世界大戦中である1944年にローマで生まれたイタリア人。父はクラシック音楽家であり、芸術に親しんで育っている。幼児の時、彼女は「大変なきかんぼう」で、先生の手を焼かせた。
アニタは5カ国語を操り反権力的自由奔放な性格と言われ、おべんちゃらは大嫌いで、頭が良い。時代のファッション・リーダー的存在とされる。
その彼女は2017年に逝去(73歳没)。本作の監督、スタッフは、アニタのゆかりの人々3000人の人々とインタビューし、その上、アニタ自身の回顧録と併せ構成されている。生前の8ミリフィルム画像もふんだんに取り込まれている。
その監修をアニタの長男マーロン・リチャーズが母アニタの人生をきちんと伝えたく、2020年に製作を託し、3年掛け完成させている。マーロンは、ジャガーと並ぶバンドの顔、キース・リチャードとの間の子供で1969年生まれ。プロデューサー、ライター、写真家である。 
  


メンバーとの関係

 アニタとローリング・ストーンズは、追っかけファンとミュージシャンという、ごくありふれた関係である。出会いは、彼女が21歳の時(1965年)までさかのぼる。その年、アニタは彼らのミュンヘン公演を聴きに行き、ローリング・ストーンズのリーダー、ブライアン・ジョーンズと恋に落ちる。彼が一番美男子だからと言われている。
ローリング・ストーンズのミューズである彼女は、最初の恋人がジョーンズで、キース・リチャーズ、ミック・ジャガーの2人が横恋慕。バンドのほぼ全員が彼女を"メンバー"として見ていた様子が見て取れる。
彼女自身は、死後に発見された回顧録、8ミリフィルム映像で見る限り、大変な美人で、女優、モデル、歌手、そしてロック時代の流行の旗手扱いであったことは、想像に難くない。
アニタとバンドのつながりは、彼女の死まで続く。最初はメンバーのジョーンズと親しくなるが、2年後に彼は薬物中毒が原因で自宅のプールで水死。その後、彼女に好意を寄せるリチャーズと一緒になり、1967年から彼と付き合うようになり、3児をもうける。
長男のマーロン、長女アンジェラ、そして生後2か月で死亡した次男タラを生み、リチャーズとは入籍しなかったが、長らく夫婦同様の生活をする。



母親の真の姿

 
長男のマーロンは母親アニタの真の姿を知らせるために、2020年に回顧録を携え、企画を監督のアレクシス・ブルームとスヴェトラーナ・ジルに持ちこむ。3年の年月を経て、本作『アニタ 反逆の女神』を完成させる。
アニタは奔放で反体制的だが、頭脳明晰(めいせき)で頭の回転は良く、過去にはとらわれない主義の女性で、前途洋々の才女でもあり、メンバーと対等に話ができる女性でもある。大変な子煩悩で、長男マーロンを溺愛する。夫(あるいはパートナー)のリチャーズもマーロンを可愛がり、家庭的には恵まれた。
リチャーズと暮らし始め、2人はともに薬物中毒に陥り、税金の滞納や薬物関係で、ヨーロッパ諸国を転々と、それこそヨーロッパ中逃げ回る状態が続く。それでもCDの制作やライブ活動は続け、彼らが経済的に困った話は聞かない。



その後のアニタ

 
薬物中毒でヨーロッパの警察に追われ、入院もするが、アニタは克服し、52歳の時、ロンドン芸術大学の中のカレッジの1つ、セントラル・セント・マーチンズ大学に入学。卒業後ファッションとテキスタイルデザインの学位を取得、相変わらずの才女ぶりである。ここに、彼女の生来の強さが見られる。
権力嫌いの女性はこの世に多数いるが、アニタもその1人であることは断言できる。頭が良く子煩悩で、抜群の行動力の持ち主の波乱にとんだ人生に、「すごい」とため息が出そうな数々のエピソードでつなぐ作りである。ローリング・ストーンズのハナシというより、1人のたくましい女性の生き方を描くところに作品の価値がある。
「映画とはこういうものでなければ」の感を強くする。




(文中敬称略)

《了》

10月25日(土)より新宿K's cinema、UPLINK吉祥寺他全国順次公開

映像新聞2025年10月20日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家