
『ぼくの名前はラワン』
クルド人移民を追ったドキュメンタリー
手話がつないだ「生きる場所」
さまざまな困難を乗り越え英国へ |
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英国からちょっと毛色の異なる、ドキュメンタリー『ぼくの名前はラワン』(2022年/エドワード・ラブレース監督・脚本、クルド語・英語・イギリス手話〈BSL〉/90分)が新年早々の公開待ちである。主人公はクルド人一家、5歳の男の子ラワンと彼の家族。一家は故国イラクを離れ、さまざまな困難を乗り越え英国のダービー市を目指す。途中で一年弱の難民キャンプ生活を知られるなど苦難の旅となる。
イラク、クルドのクルディスタン出身であるラワン一家は、より良い環境を目指し、国外移住を決意する。ラワン自身、生まれつき耳が聞こえない「ろう者」である。ストーリーでは単なる1人の難民少年の成長譚ではなく、クルド人として、ろう者として、難民として、自身の居場所を求める人々を取り上げている。
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ラワン
(C)Lawand Film Limited MMXXII, Pulse Films, ESC Studios, The British Film Institute
※以下同様
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ドラムの振動を聴くラワン
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友だちと
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海岸で
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教室で
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杏・ソフィー先生
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父親(右)と
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ろう者の少年たち
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教室で
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父親と
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手話を習うラワン
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ラワン一家について語る上で、「クルド」について説明する。彼らの故郷、クルディスタンは地理的にトルコ、イラン、イラク、シリアの4カ国に分断されている。国家を持たない最大民族として知られ、総人口は3000万人とされる。
それぞれの国では分断、戦争の歴史がある。近年では、1988年、イラクのクルディスタン地域のハラブジャ市で起きた化学兵器による大虐殺は、クルドの記憶に深く刻まれる。数万人の民間人が一夜にして命を奪われ、生き残った人々も化学物質による後遺症に苦しみ続けている。
この惨劇は単なる過去のものでなく、今日まで続く健康被害、心の傷をもたらし、難民流出の原因となる。領土無き3000万人の人口を誇るクルドだが、隣国、トルコ、イラン、イラク、シリアに散らばり、最大の人口はトルコで、1500万人のクルド人が在住している。
クルド人が前記の4カ国に移住する事態となれば、先住民族との軋轢(あつれき)も生まれ、さまさまな対立も起こる。各地に散らばるクルド人たちは先住民との共生が難しく、反政府勢力となる。本来の国にとり脅威をもたらすこともあり、一般的にクルド人は邪魔な存在として社会的にも下層に位置することだってあり得る。その彼らが難民発生の遠因となることも想像に難しくない。
イラクのクルド人に対する扱いが因(もと)で、ラワン一家のように国外へ移住するケースも珍しくない。ラワンの両親は、より良い環境を求め国外移住を決意する。
移住といっても、公の自治体が船や飛行機を用意し、「さあ、どうぞ」と送り出すのではなく、家族を連れた移民はボートで海を、徒歩で砂漠を渡り欧州を目指す。1年に及ぶ危険な難民キャンプでの過酷な経験を経て、一家が辿り着いたのは英国の都市ダービー市(近隣の代表的都市バーミングガム)である。
もう1つの移住の理由として、5歳のラワンは生まれつき耳が聞こえない「ろう者」であり、ダービー市にはダービー王立ろう学校が存在することである。彼は到着後早速同学校へ通い始める。しかし、英国政府はラワンとその家族に国外退去命令を突き付ける。苦労して辿り着いたダービー市も、決して安住の地ではない。
ろう者のラワンには、耳からのコミュニケーションが不可能で、他者とのコンタクトがひどく難しい。両親は彼との口話での接触を望むが、大したコミュニケーションにはならず、幼い少年の内部には自分を表現する手段がほとんどなく、イライラした気持ちがつのる。耳の聞こえない「ろう者」はみんなと違うと、周囲からいじめに遭い、唯一の遊び相手は兄だけの状態である。
難民キャンプ中に、ラワンは1人の中年男性と巡り合い、彼から手話を教わる。その上、ダービー王立ろう学校の存在を知らされ、同校へ入学し、自分自身の居場所を見出す第一歩を踏み出す。
ろう学校へ入学する彼は、学校で少しずつ英国手話(BSL)と口話を学び始める。今までのラワンであれば、自分自身のこと、イラクのこと、難民キャンプのことを自分で説明できない。しかし、現在は、少しずつではあるが、自分の境遇の説明ができるようになる。
一方、両親は、息子が手話を習うことにあまり良い顔をしない。何故なら、イラクでは手話だけだと同等の人間として扱われない差別現象が起きるためだ。両親は口話でラワンとの会話を望んだ。
親の心配にもかかわらず、ラワンは手話の腕をどんどん上げる。丁度、その折、英国政府からの国外退去命令が出て、一家は困り果てるが、査定会で優秀な成績を残せば、この決定は延期となることが付せられる。
退去されたくない難民の1人としてラワンは大慌て。身体が震え、この地球から離れ、違う宇宙のどこかの星へ行きたいとガクガクしながら祈る。ラワン一家に今まで不親切なイラク人と共に移り住むことまで考える。
査定の結果は良好で、ラワン一家に国外退去命令延期通知が下り、一家は胸を撫ぜ下す。
ラワンの手話に難色を示していた両親も、ここで腹を据え一家で手話の勉強に取り組むようになり、英国に留まる決心を固める。
親切な中年の女性教師の個別指導もあり、手話が上達したラワンは徐々に自信をつけ、ろう学校で友人たちもボチボチできる。それぞれ手話を身につけた一家は、新しい段階へと足を踏み入れる。
一家は再び国外退去通知を受けるが、自信を付けたラワンは以前ほど慌てず、追放するなら受けましょうと、手話で生きる決心を胸に刻み、今後の展開を待つ気持ちの余裕すら生まれる。
難民のラワンに対し、地元ダービー市民も国外追放に反対し、不服運動に手を貸すようになる。日本の川口市(埼玉)におけるクルド人ヘイトキャンペーンとは様子が全く違う。今後わが国でも人口減に伴い、外国人労働力が必要とされることは確実であり、日本人の行動は時代に逆行する振舞いである。若干だが英国は難民に対する立ち向かい方に一日の長がある。
本作は、ラワンというイラクのクルド人少年が「俺は、いつもよそ者みたいな気がしていたが、世界は変わり、自分の居場所が見つけられる」と語るに至る。自信を持つ彼の生き方であり、各人の居場所捜しの努力の必要性を本作は説いている。
監督のエドワード・ラブレースは英国を拠点に活動するドキュメンタリー作家であり、4年に及ぶ撮影期間中に自ら手話を習得する熱の入れ方だ。
彼は本作の製作意図を「ありのままの自分を受け入れてくれる場所で、自ら選んだ言語を通して自己表現の自由を持つことで、何が起こるかを世界に伝えることになる」としている。世界へ伝えることは自己の居場所を獲得することであることを、本作は主張している。
非常に多層な問題を提起する移民問題に、真摯に取り組む作品である。
(文中敬称略)
《了》
2026年1月9日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開
映像新聞2026年1月5日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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