
『ナースコール』
看護師の視点で描くスイスの医療現場
極限状態での病棟勤務の1日
患者と家族に寄り添う人間ドラマ |
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いわゆる病院ものと言われる範疇(はんちゅう)の作品には、医師または患者中心の作品が多い。その中で、病院を支える看護師を中心とした作品『ナースコール』(2025年/ペトラ・フォルペ監督・作品、スイス・ドイツ製作、ドイツ語・フランス語、92分)の公開が迫っている。主演の看護師フロリアには、既に『ありふれた教室』(23年)で高く評価されるレオニー・ペネシュ(ドイツ人)が起用され、厳しい仕事に向かう医療従事者の苦悩を演じる。本作でも彼女の得意とする、仕事熱心で生真面目な演技が極まっている。
作品の作り方として、病院におけるフロリアの仕事ぶりを追う形となり、病院がどのような機能を果たすかがよく描かれている。病院の在り方、患者からスタッフへの感謝の真情が取り上げられ、その上、医療自体へのリサーチが綿密である。ひと言でいうと、観客にとり分かりやすく、感情を移入しやすい構成となっている。
筆者の個人的体験ではあるが、死の床の母親に対する看護師の心のこもった対応に、後光が射して見えた。
まず、医療先進国と言われるスイスの医療の状況に触れてみる。人口は800万の小国だ。医療環境は整備されているが、人口の少なさが医療環境の整備に貢献しているともいえる。画面に映る病院は近代的設備を誇り、古い言い方になるが、実に近代的なのだ。
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主人公フロリア
(C)2025 Zodiac Pictures Ltd / MMC Zodiac GmbH ※以下同様
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患者と一緒に歌うフロリア
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優しい医師
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ひっきりなしの電話
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活動の同志
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患者を勇気づける
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病状を詳しく聞きたがる患者の家族
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医師との引継ぎ
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仕事を終えての着替え
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本作の舞台となる州立病院の看護師の1人が、フロリアである。夕方からの仕事始め。冬のスイスは朝8時半頃にやっと明るくなり、午後4時には太陽は沈むくらい、冬季の気候環境は厳しい。病院の中には、広い洗濯ホールがあり、介護用制服がずらりと並び、病院の規模を誇示しているようだ。
着替えを済ませた看護師は、まず病棟巡りで、患者の様子を見て歩く。フロリアは老女の患者のオムツの交換から始める。今日一日の労働が思いやられる。もし、看護師がいなければ、病院は成り立たない現実にまずぶつかる。
資料によれば、スイスでは2040年までには看護師不足に陥る危険性が指摘されている。看護師を含め、介護スタッフは46万5000人ほどである。しかし、近年は平均寿命の伸びで、2029年までに看護職の需要は賄いきれないという統計も出ている。この試算では、現在の約1/ 3強の看護師を新たに育成せねばならない計算となる。
医療先進国スイスでも非常に危ない状況が待ち受けている。ましてや、日本の場合も同様な危険性が目の前にぶら下がっている状況で、介護問題は世界的に大きくなる可能性がある。
参考のために、フロリアの病棟について説明を加える。物語は、彼女の遅番職務8時間を追う。彼女が働く外科病棟、西廊下の人員配置は3人の看護師、医師2人、入院患者26人で満床。配置されている3名の看護師のうち、1人が病欠、看護婦長が会議で不在、インターンの看護学生アメリーを加え2名体制と、極限に近い人員配置である。
このフロリアの仕事ぶりを画面は追う。下(しも)の世話を受ける老婦人に続く患者は、胆のう手術の中年男性で、手術の時間に遅れて来る。本人は詫びるわけでもなく、平然と手術室に入るが、この態度は日本の病院とは様子が異なる。日本なら、恐縮し身をかがめて医師に頭を下げる仕儀となるのがオチである。
この遅刻男性を送り込むと、次が控える。この州立病院の忙しさは並外れている。廊下では心配する患者の家族が待機している。「医師はまだか、診断の結果はまだか」との質問を浴びせられる。フロリアもこういう対応は手慣れており、「もう少しお待ちください」、「先生に伝えます」と返事をする。彼女は適当な返事をしているわけではなく、目一杯、誠実に応対するが、これが非常に難しい。
患者の家族、特に男性の場合の方がより身内を心配し、フロリアをつかんだら離さず、さらなる病状の説明を求める場合が多い。
病院では、病状のランクがあるらしく、死期間近の患者の場合は、医者の足が遠のく傾向がある。その場合、患者の家族は看護師を頼りにする。その時の若い看護師の慰めの一言は貴重なもので、フロリアの場合、とっさに患者と歌い始める。こうして、死への恐怖を和らげる。
患者が取り乱すと、看護師たちの次の手としてベッドの傍らに座り、患者の手を取り慰めフォローすることは、看護師たちが一個の職業人であることを強調している。
次から次へと仕事が続く。病状の急変、患者やその家族からの要望とクレーム、他の病棟からひっきりなしにかかって来る電話などで、彼女がこなすべき巡回業務が徐々に滞り始める。
その中で一番辛いのが患者からの「治療の継続の価値」を問われる時で、その場合、患者の手をそっと握り慰めるより打つ手がない。
そんな時、1人気難しい中年の患者から「頼んだジャスミンティではないものが来た。しかも25分も待たされて」と理不尽な罵声を浴びせられる。仕事も手一杯で、限界に達したフロリアは、患者自慢の4万ユーロの腕時計を取り上げ、窓から外へ投げ捨て、床の上で泣き崩れる。その後、彼女は慌てて捜しに行くが、そばでは女性患者がずっと彼女を眺めている。
事の重大さを悟り、フロリアは同僚に一部始終を話す。黙って事情を聞く同僚は、最初は難しい顔をしているが、次に大笑いをする。看護師2人の爆笑の段である。「よくやったわね」と。
翌朝、謝罪に出向いたフロリアに対し、中年患者は、既に末期ガンで死期も近く、死への恐れから彼女に当たったことを詫びる。
深刻な状況下での出来事。物語構成上、逆にがらりと雰囲気が変わり、笑いで物語を引き締める効果がある。この転換は作品の狙いであろう。笑いがうまく物語にはまり、本作のハイライト場面の1つとなる。
遅番のわずか8時間の勤務だが、次々と仕事が投げ込まれ、作品に緊迫感をもたらす。スイスの女性監督ペトラ・フォルペが、ドイツ人看護師マデリン・カルベラージュの著作に注目したのが製作の動機となる。
そして主演の看護師役のハマリの演技と、ハナシの面白さが重なり合う本作『ナースコール』は、社会派ヒューマン・ドラマとして、映画的に高い水準を見せている。脚本の面白さが特筆される作品だ。
(文中敬称略)
《了》
3月6日より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか 全国公開
映像新聞2026年3月2日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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