
『そして彼女たちは』
支援施設に集う少女5人の群像劇
若き母たちの現実と再生描く
家族との関係や貧困に立ち向かう |
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ベルギーを代表する映画作家ジャン・ピエール・ダルデンヌ(1951年生まれ)、リュック・ダルデンヌ(1954年生まれ)兄弟は、常にコンビを組み、1977年に第1作「dans les cites ouvriers de Wallonnie −ワロン地方の労働者の街で」(ビデオ作品)を製作、その後の作品につなげ、今日に至る。彼らの新作が『そして彼女たちは』(2025年/ダルデンヌ兄弟監督・脚本、ベルギー・フランス製作、104分/原題:Jeunes M?res / 英題:Young Mothers)である。本作は、若くして妊娠する女性を支援する施設で共に暮らす、5人の少女たちを追う5編の物語から成っている。
5人の少女たちは、恋人との恋愛や母親の育児放棄、養子縁組をめぐる問題を抱える。一部の例外を除いて現在は皆施設在住であり、いずれパートナーとの間の子を手元に置き育てようと考えている。
彼女たちは頼る人を持たず、家族との関係や貧困に立ち向かうが、常に不安を抱え生きている。若くして社会から放り出される女性たちである。
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施設の女性たち、ペルラ(右)
(C)Les Films du Fleuve - Archipel 35 - The Reunion - France 2 Cinema - Be Tv & Orange - Proximus - RTBF (Television belge) / Photo(C)Christine Plenus ※以下同様
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ジェシカ
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赤ん坊と共に、アリアンヌ(右)、ペルラ(左)
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ジュリー(左)とディラン(右)
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アリアンヌ(右)と母親
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ペルラ
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ジュリー(左)とディラン(右)
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ジュリー
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パルラ(左)とロバン(右)
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卒業式のナイマ
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ジェシカと母親
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アリアンヌ(中)と母親(右)
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ジュリーとディラン
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ジェシカは出産間近かに大きなお腹を抱え、寒さが厳しいベルギーのとある地方のバス停に立つ。彼女は、バスから降りる生母を待っているのであろう。この母親は、ジェシカを20年前に産み、彼女をすぐに養子に出し、長い間顔を合わせていない。2人は連絡を取り合い面会することになる。母親は明らかに昔のことにかかわりたくなく、音信不通の状態であった。
この日、孤児院育ちのジェシカが母親に会う主目的は、恨みつらみを実の母にぶつけるためである。若い彼女は、母親に対し「あなたは動物以下」と厳しい言葉を投げつけ、「自分はまだ若いし、お金もないけれど、娘・アルバは離さない」と言うつもりだったが、母は現れず、空振りの憂き目をみる。
ジェシカのような、寄る辺のない若い女性を保護する施設がベルギーにはある。ナースやケースワーカーが常駐する施設である。問題を抱える若い彼女らの妊娠・出産・育児のサポートを担い、子育てに限らず母である女性の今後の手助けを行う。
この施設では、食事は当番制、外出も自由である。本作は、実在するホームを舞台に撮影された。
黒人のペルラの場合は、さらに運が悪い。彼女にはパートナーのロバンがいる。彼は少年院入りし、出所の日にペルラが赤ん坊のノエと共に彼を迎えに行く。ここで彼女は、ロバンが息子が生れたいきさつを母親に未だ伝えていないことを知り、動揺する。
彼女はロバンの出所後、彼と一緒に暮らす心づもりであった。しかし、ロバンが友人からの電話で呼び出され、「用があるから」と去ってしまう。ペルラには頼る人間が皆無となる。
ペルラは、それまでの状況を施設のスタッフに吐露する。「私は捨てられた。ママはウィスキーに溺れた。親子だから、私も母のようになるのかも」と話し、動転のあまり気絶してしまう。
彼女自身パートナーと別れたショックで息子のノエと向き合えず、愛情がわかない。心配する施設のスタッフから「ここは託児所と違う、育てるのは母親よ」と厳しくいさめられる。3日間もノエを放置したペルラは破れかぶれの様子で「家族が欲しい。赤ちゃんだけでは駄目」と激しく切り返す。胸の痛む一幕だ。
赤ん坊を手放し、養子に出すことを希望する若い女性がいる。アリアンヌには「リリ」という女の子がいる。バスでこの子を連れ、別居する母親の家に行く。中年に達した彼女が大歓迎と言わんばかりに迎えに出る。
家の中は、既にリリ用の子供部屋が作られ、まるでこれからアリアンヌと一緒に子育てをするような段取りだ。その様子を見た彼女は、言い難そうに「リリを養子に出すつもり。彼女に家族を与えてあげたいの」と決意を伝える。
激高する母は、彼女にビンタをくらわす。しかし、母親の病気(薬物依存か)、そして離婚と、貧しいこの生活からの脱出を強く願うアリアンヌは、赤ん坊を諦める。
リリの養父母との面会で、子供には音楽を習わせてくれと頼む。きっと彼女の幼い時からの夢だったのだろう。そして、彼女はリリに手紙を書き残す。彼女が18歳になったら開けるようにと。多分アリアンヌからの遺言のようなものと思われるが、これは法的規制でもあるようだ。
パートナーに捨てられ、すっかり気落ちするペルラは、慰めを求めて姉を訪ねるが、口論となる。けんか別れの後に、気を取り直し、姉の元を再訪し、言い合いをしたことを詫びる。
そして、ペルラの「赤ちゃんと2人きりは不安なの」とすがるような目つきに、姉もその境遇を理解し、「2階の部屋が空いているから、使っても良い」と身内なりの思いやりをみせる。ペルラも、いつもほったらかしだったノエと向き合うようになる。不運だらけの彼女も、ここで一息。
施設では、ナイマがいよいよここを出ることになり、日差しがあふれる中庭で卒業式が開かれる。
ナイマは生まれた赤ん坊を養子に出すつもりだったが、施設のスタッフたちから「一人親は決して恥ではない」と諭(さと)され、子供と2人で暮らす決心をしての内輪の卒業式である。
母親とどうしても会いたいジェシカは、拒否されることを承知で今一度母親に会いに行き、「私をハグして」と頼み込み、ジェシカを養子に出した理由を尋ねる。
母親は照れもあり突っ張っていたが、彼女の気持ちを受け入れる。若い時の性的過ちを周囲に知られたくなく、夜逃げ同様に故郷を捨て再婚し、娘のことはずっと避けていたと明かす。
20年前にこのようなことがあったとしても、ペルラのように一人親を恥とする世間と折り合うこと自体、いささか話として古めかしいが、親子の和解は必然だったといえる。幾多の事情があっても、自分が生んだ子供に会いたくない母親は、ほとんど存在しないであろう。
この施設の中で、唯一うまくいったカップルがいる。ジュリーとディランは結婚し、昔教わった学校の先生に会いに行き、結婚の証人になってもらう。先生というのは昔の教え子からの手紙や出会いを、最上の喜びとする人々であり、即座に証人を引き受けてくれる。
そして、赤ん坊連れのジュリーたちに何か陽気な曲をと、モーツアルトの『トルコ行進曲』を弾く。曲の明るさと、先生の好意がジーンと胸に染みる光景だ。
カンヌ国際映画祭で2度の最高賞パルムドール(「ロゼッタ」〈1999年〉、「ある子供」〈2005年〉)受賞のダルデンヌ兄弟監督、いつも地味な素材を手掛け、巨匠になった後も、自分の立つ場を労働者階級に求めている。
一般の人々と同じ視線を持ち続ける稀有な監督である。今作も、見応え十分に、人間、社会を写し取っている。
(文中敬称略)
《了》
3月27日より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
映像新聞2026年4月6日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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