
『オールド・オーク』
ケン・ローチ最新作が描く社会と分断
旧炭鉱町に訪れるシリア難民
地元民との対立と連帯への模索 |
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英国の巨匠、ケン・ローチの新作がお目見えする。タイトルは『オールド・オーク』(2023年/監督:ケン・ローチ、脚本:ポール・ラヴァティ、製作:イギリス、フランス、言語:英語、アラビア語、113分/原題:『The Old Oak』〈ナラ、カシなどブナ科コナラ属の総称で、劇中の「パブ」の名称〉)。ローチ監督の社会的弱者や労働者階級に寄り添う、ぶれない姿勢が貫かれている。
物語は、タイトルである英国北東部の寂れた町に生き残った、唯一のパブ「オールド・オーク」を中心に展開される。
かつて造船、鉄鋼、炭鉱で栄えたが、産業の衰退とともに雇用は失われ、住民は流出し、地域は貧困と分断に覆われている。いわば、社会的に見捨てられた人々が暮らす町と化す。
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パブ「オールド・オーク」
(C)Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2023 ※以下同様
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パブで、ヤラ(中央)
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TJ(右)とヤラ(右)
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差別主義者たち
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カメラ破損について話し合う2人
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シリア難民
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ラストの祭りのパレード、旗を持つ
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冒頭、1台のバスがこの町に到着する。そして、シリアからの難民が降り立つ。迎える地元民は、冷ややかな視線を投げかける。
本作が描く時代は2016年。その頃、欧州全体では難民の流入が深刻化していた。中東では2010年のチュニジアで「ジャスミン革命」と呼ばれる民主化運動が起き、「アラブの春」と称されるこの動きはシリアに波及し、アサド政権と反体制の市民とが対峙し、国内は内戦状態となる。
シリアの大量の難民たちは、隣国トルコにも受け入れられ、その総数は370万人に上る。
このような小さな町では、今まで見たことのない数のアラブ人を目にし、住民は驚く。シリアでのアサド政権による強権政治により、欧州へ到着した難民のほんのひと握りが英国へやってくる。
受け入れる英国政府も、さびれた町へ難民を押し付ける結果となり、伝統的に労働党の地盤である旧炭鉱町でさえ狙われる。
地元民と同様、シリア人も驚く。若いシリア人女性ヤラを除き、全員が英語は駄目という状態だ。言葉の通じない外国人の、異郷での今後が思いやられることは目に見える。
新入りのシリア人に対し、一部の中年男たちが怒鳴っている。「ここはお前たちが来る場所ではない。早く国へ帰りな」と口汚く罵る。他の住人も、今まで接したことのないアラブ人に迷惑顔である。
シリア人のヤラは、カメラを地元の男たちへ向ける。それに怒り、シリア人のバスの前に置かれたヤラの荷物から1人が無断でカメラを取り出し、逆に彼女たちを撮り始める。ヤラはカメラを返すよう彼らに頼むが、壊されてしまう。
ディヴ・ターナーが扮(ふん)する、主人公の「オールド・オーク」の主人が物語の引っ張り役である。彼は小太りのTJ・バランタイン、通称TJ。
ヤラは本物のシリア人であるエブラ・マリが演じる。理智的でリーダーシップの取れるしっかり者だ。そして、悪役として、パブの常連である差別主義者の2人の男ヴィックとギャリーを配し、劇的均衡を保たせている。
しかし、TJにとって彼らは厄介者である。彼らの存在が作品の中で恰好なスパイス役を果たしている。これは、悪役を登場させるローチ監督の狙いでもある。
カメラを壊され、悲憤慷慨のヤラ、その犯人を求めてTJのパブを訪れる。犯人の面(めん)は割れているが、彼は名前を明かさない。TJは、自分の古いカメラ2台を売れば修理代になるとヤラに提案する。ヤラは、虎の子である自身のカメラが修理されることを喜ぶ。
ここはヤラとTJがその後、友好関係を深める端緒となる仕掛けで、脚本のポール・ラヴァティとローチ監督の話の作りの良さが感じられる。また、パブに入り浸る2人の差別主義者の悪役振りは、はまっている。
主役のTJは元々炭鉱夫で、閉山後パブにかかわる。太めの中年親父の彼は、面倒見がよく、ヤラのカメラの修理に手を貸すあたり、パブのオヤジ役はうってつけ。
ローチ作品では、全体的に実在感豊かな俳優起用が多い。TJは独身だが、2年前に女房に逃げられている。原因は、彼が余りに他人の面倒を見過ぎたことである。
一見、素人風だが小芝居をしない自然体が良い。TJはローチ監督とは炭鉱労組役員をやっていた頃からの知り合い。根っからのプロの役者ではないが、重厚な魅力がある。
パブでは、差別主義的な極右が幅を利かす一方で善良な市民もおり、彼らが次々と周りの者への寄付を始める。マットレス、古着、ティッシュなど、生活必需品を、それぞれが運び込む。これらの品は、着の身着のままの難民は大いに感謝する。
パブには使われない部屋がある。差別主義者の1人が、催しのために借りたいと申し入れる。長い間全く使われないスペースで、いろいろなものが散らかっている。
TJは、とても他人が使える状態ではないと断る。この一件で、差別主義者の恨みを買い、事件が起きる。
町の有志が、難民のための食事会を提案、会場として、例の空き部屋を使うことになるが、一度断ったこともあり、TJは渋々貸すことになる。何か、難民たちにしてあげたいと願う人が大多数で、この提案に乗る人が次々と現れ、まずは大掃除、大勢の参加で荒れ果てた空部屋は整理され、料理の準備も整い、地域在住の難民が次々と集まり、英国式の簡単な料理がテーブルに並ぶ。
難民の老婦人から子供たちまで、この集まりに大喜びする。1人の少年は、TJに「これは無料か」と尋ねる。TJたちは「もちろん」と答え、これから定期的に難民に向ける食事会をひらくことも考え始める。
パブ「オールド・オーク」では思わぬことが起きる。パブのある建物自体が老朽化し、修理以外手立てがない。しかし、TJには金が無い。村の人々は心配して、手を尽くすが、良い知恵が出ない。
最終的には差別主義者が空きスペースを貸してもらえないことへの恨みからの、意地悪と判明する。そして、TJは2人の男と直接対決し、押し問答になるが、見兼ねた住民たちが中に入り、その場を収める。
TJと親しいグループの女性が、彼の家に駆け込み、ヤラの父親の死を知らせる。この場の収め方、どのように演出的に処理するか、その手口が鮮やかである。
1つの要素を他に転換させ、新たな展開を生み出す手法で、よく見られる方法だが、ローチ演出が際立っている。さすが、手練れの技ともいえるうまさだ。
シリアでアサド政権の圧政で捕らえられているヤラの父親の消息、生きているか死んでいるかがはっきりしなかったが、ここへきて彼の死が明らかになる。シリア難民の炭住街の棟続きのアパルトマンの前には、花を手に次々と村人たちが弔問に訪れる。
ここが、貧しい人々と寄り添うローチ監督の持ち味だ。この辺り、見る側もぐっと身体を乗り出す見せどころだ。
次いで、場面は大きく変わり、盛大なパレードが現れる。多くの人々の中に旗を持つ人がおり、そこには3語が読み取れる、「強さ、運命、抵抗」。ここには、弱者であり、力がなくとも、時流に逆らっても、声を挙げる必要性が説かれている。ローチ監督が伝えたいメッセージだ。今年、日本で公開の洋画の中でも傑作の1本だ。
(文中敬称略)
《了》
4月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
映像新聞2026年4月20日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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