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「アジアフォーカス2008」レポート

 毎年9月に福岡で催される「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」は18回目を迎えた。アジアの玄関口たる福岡らしさ溢れる当アジア映画祭、市を始めとする行政側の熱意と助成により継続され、文化事業の発展、維持の面から見るべき成果をあげている。
一昨年までの選考ディレクター、映画評論家の佐藤忠男に代り、地元の梁木靖弘に、選考ディレクターポストがバトンタッチされ、2年目の梁木ディレクターは、彼なりの独自色に工夫の跡が見られた。
全体で28本のプログラムのうち、メイン部門の「アジアの新作・話題作」が18本、特集「トルコ・シネマ・ルネッサンス」が4本となっている。

「すずめの唄」

「すずめの唄」

 イランでは、アッバス・キアロスタミ監督、モフセン・マフマルバフ監督が国際的に知られている。世代的に若い「すずめの唄」のマジド・マジディ監督の実力は、彼らをしのぐと筆者は考える。その彼の新作が福岡に登場し、その凄さを改めて見せつけた。
 マジディ監督は今年49歳で、既にモントリオール映画祭で「運動靴と赤い金魚」(97)、「太陽は、ぼくの瞳」(99)、「少女の髪どめ」(01)で3度のグランプリを獲得している。アジアフォーカスには「金魚と運動靴」、「柳の木のように」(05)、そして、今作と福岡ではお馴染みの顔である。
 
「すずめの唄」の冒頭シーンは駝鳥の頭のアップで、その奇抜さに一瞬驚かされる。そして、カメラは引き、一帯が草原の中の駝鳥飼育所であることが分かる。そこに働く男たちの一人が主人公である。その彼、娘の急病の知らせを受け、バイクで家に飛んで帰る。このバイクがハナシの重要な伏線となる。主人公の中年男性は、人は悪くないが独断専行の家長で、幼い子供たちを四六時中ガミガミ叱り飛ばし、家の中で暴君振りを発揮している。しかし、妻にはぞっこんといった、どこにでもいるような人物。
 ハナシは日常生活から派生する極々普通の事柄で、これといった事件は起きない。そのハナシを展開させるために、駝鳥に逃げられ、消沈したり、娘の補聴器修理のためのテヘラン行きが加わる。テヘランではひょんなことからバイク便運転手となり、人や荷物を運ぶ。車の間をぬって走るバイク便が重宝がられるテヘラン市内の喧騒振りの実写に、都市の生活感が漂う。
 
どうということのないハナシの連続だが、その日常行為が次々と展開され、ハナシがリレーされる。画面の密度の濃さは脚本ではなく、彼の演出力に依っている。弛みのない連続する映像感覚は見る者を惹きつける。
 主人公、バイクに乗り、常に一点を凝視している。その先に社会があり、それを見ているのではと解釈出来る。
 路上での祈りとそのため通行出来ないベンツの対比、祈る人へのご接待(お茶の差し入れ)、近隣へのおかず配りなど、イスラム社会の助け合いと連帯感が描かれ、イランの現在が映し出される。
 この作品、「アジアフォーカス2008」のハイライト作品の1本であることに間違いない。



「神に誓って」

「神に誓って」
 今年はイスラム作品が揃った年だ。
 トルコ特集しかり、今作「神に誓って」もイスラム社会の苦悶が底流となっている。
 パキスタン、アメリカ合作で、169分と長尺であるが、見飽きない。作品に力があるということだろう。
 舞台はシカゴ、パキスタンの寒村、そして、ロンドンの3ヶ所に設定される。ロンドンの裕福なパキスタン人一家の兄弟は、兄が音楽家を目指しシカゴの音楽学校へ入学、弟はイスラム原理主義グループに加わる。弟は他のパキスタン家庭の美しい娘をイスラム社会独特の見合いで結婚し、パキスタンの寒村に戻る。娘には英国人のフィアンセがいながら。
 ラストで、シカゴの兄は9・11に遭遇し、無実の罪で捕えられ拷問を受ける。政治アクションタッチで見せ場が盛り込まれたメロドラマで、中々見せる。


「至上の掟」

「至上の掟」

 今映画祭のオープニング上映の、映画祭が力こぶを入れたトルコ作品。
 良く出来た良質な娯楽作品と言える。娯楽的要素以外にイスラム社会独特の家族の名誉、男性中心社会という、今でも残る旧習に対する問題提起が込められ、一筋縄では行かぬしたたかさがある。
 物語は、トルコの寒村で少女がレイプされ、家族の恥とばかりにその娘を監禁し、一族の長は彼女をイスタンブールで消すことを息子に命じる。若い2人は、イスタンブール近郊の港町で一人ヨット暮しをする初老の元大学教授と知合い、ヨットで働くことになる。
 監督はテレビ畑出身で、ヨットが周遊する海や湾、そして夕日が圧倒的な映像美で切り取られ、その感覚の良さに目を見張る。
 イスラムの旧習への批判、元大学教授の虚飾の世界からの脱出の試み、息子と少女の愛が、見せる要素となっている。ラストでレイプ犯の意外な名が出てくる筋運びは良く極っている。
 我々が今まで目にする機会が少なかった、新しいトルコ映画の一面が見られた。


香港映画

「マッド探偵」

 比較的知名度の低いアジア作品の中にあって、香港のビッグネーム2本が登場した。
 香港ノワールの巨匠、ジョニー・トー、ワイ・カーファイ共同監督作品「マッド探偵」と、良質な恋愛ものや家庭劇で知られるアン・ホイ監督作品「生きていく日々」である。
 「マッド探偵」はトー監督お得意の犯罪アクションである。彼は娯楽映画に徹し、どんな作品も面白く、今作品も当たりだ。
 物語は冒頭からド肝を抜かれる。豚の死体を包丁で突き刺し、それを見守る男たちの異様な雰囲気。次いで、警察署内での会議の折、一人の刑事が自分の耳を切る行動に及ぶ。これが主人公マッド探偵。彼は捜査続行を止められ、抗議のため耳を切り退職、そして、探偵になる。ある警官のピストル紛失に端を発する事件が続き、マッド探偵が再び呼び出され、捜査陣に加わる。事件を追う警察と気狂いじみた行動の探偵、犯罪グループ、そして、その一端に連なる警官と、警察内部の対立も加わる。
 

「生きていく日々」

香港ノワールお得意の銃撃戦の壮絶さ、ここが最大の見せ場となる。
 トー作品、登場人物が多く、夜間シーンも多用され、人間関係が捉めない難点があるが、それでも抜群に面白い。
 アン・ホイ作品「生きてく日々」もトー作品とは違う面で素晴らしい。
 2人の中年女性が主人公。何でもない市井の人たちの何気ない毎日が淡々と描かれる。
 一人のスーパー勤務の女性は、一人息子と2人暮し。スーパーでの彼女の仕事振りがフラッシュ風に写し出され、帰宅したら直ぐ夕飯の支度。その献立はご飯に一菜と漬物と慎ましやかなもの。このタイトル前のシーンで彼女の日常、経済状態、家族構成が総て分かる仕掛けで、とにかく上手い。
 庶民の何気ない日常、しかし、そこには確かな人間の営みと息遣いが感じられる。そして、主人公に寄せる作り手の愛情が作品自体に膨らみをもたらせている。
 アン・ホイ作品のコクが堪能出来る。



「ネコナデ」

「ネコナデ」(c)『ネコナデ』製作委員会

福岡県出身の女性監督、大森美香作品。
 世を挙げての猫ブームに乗る企画で、猫と聞いただけで見たくなる作品。
 会社ではリストラ担当の鬼部長、大杉蓮は憎まれ役で、家でも会社でも孤立気味。帰宅の途中の公園で偶然子猫を見つけ、余りの可愛さに、会社が研修用に押えるマンションで猫育てをする。ヒト他人には内緒で、毎晩会社帰りに猫の顔を見ることが彼の生活の一部となる。中年親父が子猫に熱を上げる姿が何とも微笑ましく、可笑しい。
 良くまとまっているが、他の日本の若手監督同様、自分の生きる世界に対する視点がスッポリ抜けており、拡がりに欠ける。この点が日本の若手監督たちに共通する視野の狭さである。



今年の映画祭

 小特集だが、現在のトルコを見せる作品が4本揃ったことは、今年の映画祭を特徴づけている。
 多様性があり、大衆性もあり、トルコを注目すべき映画国と考えて良いだろう。
 又、イスラム者を扱う作品「すずめの唄」、シリアのコメディ「サーヴィス圏外」など、見せる作品が並んだ。
 香港の大物監督、ジョニー・トーやアン・ホイ作品が見られることは、アジア映画好きには何よりの贈り物である。



(文中敬称略)
映像新聞 2008年9月8日掲載
《了》

中川洋吉・映画評論家