「NHKアジア・フィルム・フェスティバル 2007」レポート
「第8回NHKアジア・フィルム・フェスティバル2007」が11月1日から5日まで、渋谷・NHKふれあいホールで開催された。
1995年、映画100年を記念し、アジア諸国の新進気鋭の監督との共同製作と併せてフェスティバルが開始された。
そして、フェスティバル出品作品はBS2で広く紹介されている。
当初、隔年だった映画祭は、昨年から毎年開催となった。
今まで、世界18の国や地域と27作品が共同製作された。過去には「甘い泥」(06)(イスラエル)、「5five〜小津安二郎に捧げる〜」(03)(イラン、アッバス・キアロスタミ監督)、「ペパーミント・キャンディ」(99)(韓、イ・チャンドン監督)などの秀作がある。
今年は、共同製作として「予感」、そして、他にアジア諸国の作品4本が上映された。
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「予感」
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今回の唯一の共同製作作品である。毎年開催となり、予算、製作期間の問題で、本数が減少した。NHKが、限られた予算で製作資金を出す事情から、制約は免れない。
「予感」はイラン作品で、監督はモスタファ・R・キャリミ。
現代イランの中産階級の夫婦に訪れる愛の危機がテーマ。
主人公の夫(40)は広告会社経営に成功し、妻(35)は精神科医で社会的地位が高く、高収入、そして、テヘラン市内の豪華アパルトマンに住み、2人は申し分ない暮らしを送っている。しかし、彼らに子供がおらず、そのことが問題をもたらす。妻の死産以来、2人の間はギクシャクし始め、夫は、子供がないのは妻の働き過ぎと考えるが、妻は、精神を病んだ多くの人々に頼られ、忙しい日々を送る。
豪華なアパルトマンも冷え冷えとし、2人の気持ちは離れたままである。その時、夫は兄妹の2人に出会い、ハナシが膨らむ。
NHKの場合、共同製作は先ずシナリオの良し悪しが決定の最初のポイントとなる。結果的に、概して、構成のしっかりした作品が選ばれる。「予感」も、シナリオに構成力があり、作品の質を支えている。
登場人物の設定が、新鮮である。従来のイラン映画は、キアロスタミやジャリリ監督に見られる、子供を中心とした暖かい雰囲気が基調となる作品が多く見られた。それは、パーレビ皇帝の独裁時代に、映画人は子供中心、児童映画の枠の中で活動してきた経緯があり、その伝統が、イラン革命後も脈々と生き続けたからである。
「予感」の登場人物は、現代の首都テヘラン在の夫婦であり、彼らに絡む人物も、精神を病む兄と、デザイナーの妹の設定が良い。
冷めた夫婦間、突然現れたデザイナーの女性とその兄、夫とデザイナーとは、直ぐに思いを寄せ合うが、妹と手放すまいとする兄の執着。そして、夫との心の距離に悩む妻と、採り上げる人物に現在の姿がある。
監督のキャリミ(46才)は、男女間のむしろ通俗的なテーマを、理知的なタッチで描き、冴えを見せている。18歳の時にオーストリアに移住し、ヨーロッパでの映画活動のメインはドキュメンタリーであった。「予感」は初の長篇劇映画であり、彼によれば、
「ドキュメンタリーの経験が今作、劇映画作りに役立った」とのこと。
家族や愛情のヒダを描き、人間にとり普遍的な価値に迫ったところが「予感」の評価すべき点だ。
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「京義線」
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韓国からは、パク・フンシク監督の「京義線」が出品された。
京義線とは、ソウルから北朝鮮へ延びる鉄道で、南北国境でストップしている。南北分断の象徴であり、将来的にはピョンヤンまで通じる、統一の希望をもたらす存在でもある。
主人公は若い男女で、その設定は魅力的である。若い男はソウル地下鉄の運転士。ある駅で、毎日、彼の運転時間に合わせ雑誌やプレゼントを贈る女性に不思議と思いながら、それを楽しみにしている。ある日、飛び込み自殺に捲き込まれ、休暇を取り、旅に出る。
女は、大学のドイツ語講師で、留学中一緒だった先輩教授と不倫関係にある。それが、男の妻にばれ、冷たく対応した男に落胆し、不倫関係を清算するために汽車に乗る。2人の乗る鉄道が京義線。一言でいえば、メロドラマ仕立てである。
交差する筈のない2人の男女が京義線を通じ、一夜を明かすだけのハナシであるが、中々上手く見せる。
真夜中に雪の降りしきる終着駅に着いた2人は、反発しつつ、とにかく、宿を求め雪の中を歩き始める。やっと辿り着き、暖をとった2人は、今までのよそよそしさが少しずつほぐれていく。女はベッドに、男は床に横になり、会話を交わす。ただそれだけで朝を迎え、別れる。この、情緒を残さない2人の関係性が面白い。そして、1年後、女は教授となり、男はいつも通り運転を続ける、人生のほんの一瞬の切り取り方のヒネリが親近感を呼ぶ。
ソウルの地下鉄で、運転士が運転中に飲食したり、乗客にマイクごしに話しかけたりと、日本とは違う気質が興味深い。
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「ガレージ」
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インドネシア、アガン・セントーサ監督作品。
とにかく元気が良い。若さが溢れ、インドネシアの地に音楽が根付いていることを実感させる。
ロックに夢をかける少女と、2人の男の子が、インドネシア第3の都市バンドンで、バンドを結成する。
タイトルの「ガレージ」はロックバンド名であり、又、ロックの練習場を指す。ロックにより成長する若者達のハナシで、そこに、メジャーへ向い売り出す歌手に私生児問題がおき、現代インドネシアの意識状況が挟み込まれる。
この、不倫による私生児問題、上映後のティーチインで、日本人女性の「たかが不倫を何故騒ぐのか」との勇ましい質問に対し、インドネシアには古い考え方が根強いと、監督は答えた。
ティーチイン後、主役の3人の生演奏が披露された。元々、音楽の素養のある若手をオーディションで選んだだけあり、パンチが効き、ノリの良さで場内を沸かせた。
「福岡アジアフォーカス映画祭2007」でも、青春音楽作品「いきなり、ダンドゥット」が上映された。現在のインドネシア映画の国内製作本数、約70本の内、その半数が青春音楽モノであり、この種の作品が現在、同国ではメイン潮流となっていることが理解できる。
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「雨の味」
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マレーシアからは「雨の味」が出品された。青春モノであるが、台湾のツァイ・ミンリャン風の実験的作風である。
詩的な映像で全篇が進行し、台詞が極めて少ない。中国語作品で、登場人物は若い男2人と、マレー人の容貌を持つ若い女性の3人。
主人公の青年は、雨の降る前に棄てられた幼児体験が忘れられず、雨の匂いを感じる度に苦い気持ちが蘇る。その彼、もう1人の青年とひっそり暮らす。そこへ、少女が入り込むが、青年の気持ちは盛り上らない。
洒落ていえば、アンニュイ、直接的にいえば、モノトーンな作風だが、この種の作品、若いシネフィルには受けるのではなかろうか。
好みは分かれるであろうが、自分のスタイルを持つ作品といえる。
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「1735」
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このフェスティバルでは、ヴェトナム作品を積極的に採り上げてきた。今年も「1735km」が出品された。扱う素材が現代的で、そこが従来のヴェトナム映画とタイプを異にしている。
「1735km」とは、ハノイとホーチミン(旧サイゴン)の距離である。若い男女が、列車でホーチミンへ向かうロードムービで、現代のヴェトナムの一端を描いている。その道中に見える、ヴェトナムの美しい景色や遺跡の映像が目に快い。
従来の国土復興、農村生活などのテーマから離れたところに新味がある。美しきヴェトナムの中に生れつつある新世代を照射し、そこが作品を輝かせている。
共同製作作品が1本だけとは、諸般の事情とはいえ、ちと寂しい。昨年の「甘い泥」、そして、今年の「予感」と見応え充分である。楽園の仮面を被ったキブツの実像に迫った「甘い泥」は、一般公開されてもおかしくない芯のある作品であるが、配給がつかず、BS上映だけに留まり、何とも惜しい。今年の「予感」は、是非とも一般公開を望みたい。元気の良いインドネシア作品、そして、昨年の東京国際映画祭で特集上映され、その後注目されたマレーシア作品と、異なるタイプの作品が登場し、楽しめたNHKアジア・フィルム・フェスティバルであった。観客も、実際に見た範囲では昨年より確実に増えている。
(文中敬称略)
映像新聞 2007年12月3日掲載
《了》
中川洋吉・映画評論家
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